8.ヴァルデ砦
無骨な石造りの城塞。その中にあっては少々不釣り合いな調度品が置かれた執務室に、俺たちは居た。
執務室の奥、執務机には白髪の混じる40半ばころの男が掛けていた。
「お久しぶりです。エリザベート様。」
エリーゼの入室をうけ、その男は立ち上がりエリーゼを迎える
「私はエリーゼ・ナトリーです。お間違いなく、バァルヴレス司令。」
「おおっと、そうでしたな。失礼した、エリーゼ殿。」
わざとらしくおどけて見せながら、バァルヴレスと呼ばれた初老の男が訂正する。
緩衝地帯最前線の城塞"ヴァルデ砦"に到着した俺たちは、早速砦司令の執務室へと足を運んだ。そこでこの少々胡散臭い雰囲気漂う男と対面となった。
「本日はアルバート殿がおりませんな。そちらの方々は新しい部下ですかな?」
執務室にはエリーゼとマリーノ小隊長、それと俺とレインが来ている。俺たち武装解除し、エリーゼの後方に控えている。とはいえ、俺の革鎧風の装備はパワードアーマーの擬態だし、レインはリキッドドレスアーマーのままで、目立つ
「アルバートは直前の作戦で負傷しましたのでオーツィウムで下船させています。この者は当部隊の小隊長であるマリーノ。更にこの二人はルクトとレイン。事情があって、うちの部隊で雇っています。」
「ほぅ、傭兵ですか。」
バァルヴレスはチラリとこちらに視線を向けたが、すぐに目を逸らした。その一瞬には侮蔑の視線が含まれていたようにも見えた。
なんだかさっきからチョイチョイ嫌みな発言をする奴だな。
「それで、状況は?」
それほど長い付き合いではないがわかった。あのエリーゼの笑顔は憤りを隠している顔だ。
バァルヴレスが視線を落とし、卓上にある地図を示す。
「昨日、この砦から20km程の距離にある廃墟遺跡周辺にて、異常な大きさのモンスターを確認しました。」
緩衝地帯と記載された領域に駒が置かれる。位置としては、緩衝地帯の割と浅い部分になる。それほど奥ではない。
「マグナ3機の混成小隊を編成し、討伐に向かったのですが……。」
「返り討ちに遭った、と。」
「……そうなりますな。」
一瞬の間をおいて、バァルヴレスは答えた。
「我々、近衛兵団第13独立部隊が出るとして、砦からはどれだけ出せますか?」
「そうですなぁ、既に3機もマグナを失っておりまして、配下の中隊には残り7機しか……、砦の守りもございますからなぁ。」
バァルヴレスは顎に手をやり、考え込むような素振りをする。出したくないという雰囲気を隠す気もないらしい。
「3機。それと歩兵を60、3個小隊出してください。」
「現状は兵の手も足りない状況でして……。」
あの巨人を討伐しなければ、ここも危ない可能性があるのに……! 俺だったら早々にキレてそうだが、エリーゼは冷静に応対を続ける。
「ならば、40。最低でも2個小隊分はいただきたい。」
「むぅ……。まあ、いいでしょう。誰か! ルディル小隊長をここへ。」
こちらは救援の立場なんだが、なんでこんなにエラそうなんだろうか……。エリーゼが耐えているんだ、我慢……。
バァルヴレスの指示を受け、伝令の兵が走る。
しばらくの後、扉からノックの音が鳴る。
「入れ。」
「失礼します! ルディル・サーコウ参りました。」
扉から姿を現したのは、30代半ば程の男だった。濃い茶色の頭髪を短く刈り込んでおり、顔つきからは実直な雰囲気が窺える。
「こちらは近衛兵団第13独立部隊の部隊長 エリーゼ・ナトリー殿だ。例の巨人モンスター討伐に向かってもらうこととなった。」
ルディルと名乗った男の視線がエリーゼを捉える。
「エリーゼ・ナトリーよ、よろしく。」
「ルディル・サーコウです。よろしくお願いします。」
バァルヴレスとは違い、居たって真摯な対応だ。これが普通なのだろうが、バァルヴレスの後で見るととても良い物に見える。
「ルディル隊長、貴官はマグナ3機と歩兵40を連れ、エリーゼ殿に同行せよ。人選は任せる。」
「はっ! 了解しました。」
命令を受け、ルディル・サーコウは退室する。
「我々も出撃の準備がありますので、これで失礼します。」
エリーゼはそう告げて、そそくさと退室する。俺たちも遅れないように部屋を出る。
「なんなのですか、あの態度は! こちらは救援に来たというのにっ!!」
マリーノさんは大層ご立腹だ。俺も同感だが。
「中隊長であり、砦の司令官ともなれば一癖も二癖もあるってことよ……。二人も付き合わせて悪かったわね。」
エリーゼは疲れた顔つきで俺たちに謝辞を述べる。
「いや、問題ないよ。」
エリーゼが堪えて相手しているのに、俺たちが怒るわけにもいかないしな。しかし、エリーゼって王族のはずだよな? その割には扱いが悪い気がするが……。
「早速、ルディル隊長と打ち合わせしましょう。」
伝令兵に案内され、たどり着いた場所はマグナのハンガーだった。ハンガーにはマグナが7機整列している。
「エリーゼ部隊長、このような場所へご足労いただき申し訳ありません。」
そこにはルディル・サーコウ隊長が待ち構えていた。
「いえ、問題ないわ。先ほど紹介していないわね。彼女はマリーノ小隊長、第13独立部隊の歩兵小隊を指揮するわ。あと向こうの二人は私の雇った助っ人でルクトとレイン、二人ともかなりの戦力よ。」
マリーノさんは敬礼をし、俺とレインは軽く会釈する。俺たちは軍属じゃないしね。
「はっ! よろしくお願いします。」
ルディルさんはずいぶんと礼儀正しい人の様だ。俺たちを"傭兵風情"と蔑む様子も無い。あんな上司で苦労していそうだな。
「それで人選はどう?」
エリーゼは早速本題を振る。
「丁度選定したところです。ナタリア! バスティ! こっちへ!」
それぞれに自身のマグナを整備していたのだろう、作業中だった男女はその手を止め、こちらへと向かってくる。
「ナタリア・ショーナインとバスティ・ホンゴです。我が隊の腕利き2名です。」
「よろしくお願いします!」
二人は揃って敬礼をする。
「私こと、ルディルとナタリア、そしてバスティの3名がマグナに搭乗します。歩兵の2個小隊も選定済みです。」
「ありがとう。それで巨人の動向は監視しているの?」
エリーゼの問いに、ルディルさんの表情は少々暗いものに変わる。
「実は、昨日の戦闘後、廃墟遺跡内で見失ってしまい……。現在も探索中です。」
ルディルさんは申し訳なさと苦々しさが同居するような顔をしている。そうか、同僚のマグナが3機を落した奴は仇ということか。
かたき討ちの是非はあれども、人情としては理解できる。それこそどこぞの司令よりも親近感が湧く。
「そう、なら索敵しつつ、廃墟遺跡に向かうしかないわね……。最短で出撃可能時刻は?」
「明朝
ルディルさんは間髪入れずに即答した。そのあたりも既に調整済みだったようだ。なかなか出来る人だな。
「わかりました。では、明朝
「「了解!」」
エリーゼの指示を受け、その場は解散となった。
「マグナか……。」
ハンガーに並ぶマグナを眺め、ひとりごちる。
俺の心のどこか、ルクトである部分が、ハンガーの空気に興奮を隠しきれないようだ。
「コースケも、自分で作ったら良いのでは?」
レインが背後から声をかけてくる。一目でわかるほどに羨ましそうに見えたらしい。
【EQコンストラクタ】で造れば、もっと操作系統もすっきりとしたマグナが作れるだろう。
「確かに、造れないことも無いけど、材料が足りないなぁ。」
あれだけの構造物を造るとなると、かなりの魔核が必要になる。実際、マグナは軍隊以外ではほとんど保有していないはず……。あ、そういえば不正に保持していた犯人がいたっけ。
「それに、一学生に過ぎないルクトが、いきなりあんなもの造ったらおかしいしねぇ。」
「……それは今更です。」
「うぐっ。」
流石レイン、相変わらず痛いところを突いてくる。
「学生、ということは兵学校ですか?」
ハンガーの端に居る俺たちの元に、2人の男女が近づいてくる。先ほどのブリーフィングで紹介されたナタリアとバスティという人だ。
「ルクト・コープ君と、レインさん、ですね?」
ナタリアさんは俺たちの名前を確かめつつ握手を交わす。
「あなた方のことはルディル隊長から聞いています。エリーゼ様に雇われているそうですが、あなた方もマグナ乗りなのですか?」
「いや、マグナ乗りではないです。」
ナタリアさんは意外そうな顔だ。エリーゼが雇う程だから、マグナ乗りだと思っていたようだ。
「では、魔法使い?」
改めて聞かれると、どういう戦闘スタイルと言えばいいんだろうか。空飛ぶ変身ヒーロー?
「戦技兵と魔法兵の中間みたいな感じですかね。近距離でも遠距離でも戦えます。」
「ほぅ、それはすごい、エリーゼ様に一目置かれるだけありますね。」
遠回しの嫌みか……? いや、この人は本当に関心しているみたいだ。素直な人だな。
「先輩っ、そんな胡散臭い話、真に受けたらダメっすよ。そんな兵種聞いたことないっす。」
横にいたバスティが口を挟む。なんかイラッとする話し方だな、こいつ。
「これまでに無い。だからこそ、エリーゼ様に認められているのでしょう?」
「いや、そうかもしれないっすけど……。」
あっさり言い負かされている。意外とかわいい奴かもしれない。
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