4.地竜

「偵察なら、私も行けます。」

 パワードアーマーを装着し、甲板上から地上を見下ろしている俺の背後、レインは気遣わしげに声をかける。


 レインも既に武装している。俺がμファージで構築した黒いドレスアーマーを着用し、開閉式のフルフェイスを身に着けている。

 今はフェイスカバーを展開しているため、顔が見えている。


「いや、俺の方が速度が出るし、レインは船でゆっくりしていてくれ。」

 レインも両足にフィールド発生器が内蔵されているのだが、俺は更に両手にもある。そのため、飛行速度で言えば俺の方が速い。思念力ウィラクトの出力では負けるけど……。


「しばらく偵察して何もなかったら、今度は交代してもらうから。」

 不満げなレインを鑑みて交代案を提示する。レインは渋々了承したようだ。



「目撃報告のあった地点まで、あと10分程度です。」

 水兵の一人が告げる。

 まだ魔導船に乗って20分くらいだ。地上を行軍すると2,3日の工程らしいので驚くべき速さだな。


「わかった。進行方向を中心に哨戒してくる。」

「気をつけて……。」

 フルフェイスを閉じ、両足のフィールド発生器を起動、甲板から浮き上がる。

 両足のフィールドが空を捉え、両手のフィールド発生器からの出力を推進力として前進。まるで空中を波乗りするように滑り出す。


 レインと水兵に見送られ、俺は空中でエッジを効かせながら魔導船を後にした。





「あれか……。」

 俺は高度60mあたりから下を見下ろす。

 崖のような斜面が入り組んだ海岸線、たしかリアス式海岸と言ったかな。その近くにターゲットがお昼寝中だ。


 体長15mはありそうな、まさに"肉食恐竜"と呼ぶべきフォルム。見た目はまさしく恐竜だが、全身は黒くて堅そうな外殻に覆われており、まさしくモンスターの風体だ。


 今回のターゲットは"ドラゴン"であると聞いたとき、レインの記憶にあったというドラゴンを想像し、もしかして記憶を取り戻す手がかりになるかと一瞬期待した。

 だが、詳しく特徴を聞くと、今回のドラゴンは全くの別物であることが分かった。


 眼下に寝そべる"恐竜"は、翼も無いし、空を飛びそうにもない。レインの記憶にあるドラゴンは、空を飛んできたようだし、別人もとい別竜だな。



 いかん、思考が逸れたな。偵察をしなければ。


 前情報の通り、周囲には同じデザインのまま縮小したような中型モンスターが10、11、……、14匹か。多いな。

 いずれも飛行能力は無さそうだ。近くに他種のモンスターは居ないようだし、あの集団だけの群れのようだ。


 観察していると、急に大型恐竜が顔を起こし、目があった……、気がする。

 まだ対象までは100m近い距離があるが、もしかして気づかれた?


 大型恐竜が口を開き──、

【Willact Field Detected ...】


「!!」

 俺は即座に足のフィールドを切り、自由落下する。

 ゴウゥっという衝撃が頭上を通過する。

「遠距離攻撃か!?」

 どうやら思念力ウィラクトによる遠距離射撃を行ってきたようだ。いや、この場合は物理魔法と言うべきか。

 大型の動きに気が付いた中型14体が騒ぎ始める……、が、どうやら中型は遠距離攻撃ができないらしい。


 大型恐竜は連続で遠距離攻撃を加えてくる。容赦ないな。

 俺は上下左右に回避機動をとりつつ空を滑るように移動する。


 敵の居場所はわかったし、このまま適当に回避しつつ一旦引くか──、

【Thought transmission Detected ...】


『──、追いついたわ。まさか既に交戦中とはね。』

 お? これは思念波を使った通信? 遠距離連絡の魔法か? たぶん幻想魔法の一種かな。

 俺も情報端末メディアで思念波の発生源を辿り、返信する。

『おかげさまでね。ご覧のとおり、敵を確認したので一旦引くところだ。』

『あら、伝心ディチーテを使えたの?』

 意外そうな言い方だな。ただ送信源を逆探知しただけなんだが……。

 そういえば、『伝心ディチーテ』なんて魔法は聞いたことが無かったな。もしかして軍事機密的な技能だったのか?


『まあ、今更驚くことでも無いわね。それより、このまま部隊を展開するから、もうしばらく敵の気を引いておいて。』

『えっ。』

 顔のすぐ横を思念力ウィラクトが通過する。


「これじゃ偵察じゃなくて囮じゃないか!!」

 俺の愚痴も空しく、休む間もなく対空の思念力ウィラクトが殺到する。


「くっそ、こっちからもしかけてやる!!」

 敵の攻撃を回避しつつ、遠距離攻撃の束撃弾スラストを連続で撃ち出す。

 大型恐竜に命中するも、特に効き目がないようだ。


「自信なくすなぁ!!」

 高度を落とし、中型恐竜相手に束撃弾スラストを撃ちこむ。中型で、やっと少し効果がある。


「ギャオォギャオォォ」

「ギャオォォ」

 高度を10m位まで落としたお陰で、中型恐竜が騒いでいる声が聞こえる。上から一方的に攻撃されて怒っているようだ。でも降りて戦うなんてしないからな。


「グギャオォォォ」

「な!?」

 中型恐竜がジャンプしてきた。驚きのジャンプ力! 高度10mの俺に届きそう。体長の2倍くらい飛んでるぞ!?


 刹那、中型が横方向へ吹っ飛ぶ。


「コースケはやらせません。」

 レインが多段式魔導加速銃スコルペンドラを撃ちこんだらしい。さすがに中型モンスターだけあって粉々にはならなかった。外殻がすごいことにはなっているが……。


「ギャォォ!!」

 レインに向けて中型恐竜が跳ぶ!


「撃墜します!」

 レインは左手で巨大な金砕棒を振り下ろす。

 宙に跳んでいたはずの中型恐竜は、一瞬の後に地面に突き刺さっていた。


 えーっと、俺要りますかね……?



 レインに遅れること数十秒、マリーノ小隊とウェモンノ小隊のメンバーが追い付いてきた。

 って、空飛ぶバイクみたいのに乗って魔導船から緩やかに降下してくる。あるじゃん飛行戦力!!


 ──、いや、飛んでないわ、あれ。ゆっくり落ちてるだけだ。



「小隊! 続け!!」

 マリーノとウェモンノがそれぞれ15名程度ずつを連れ、中型の群れに向けて降下していく。


 彼らの乗る飛ぶバイクは、地上50cm位で降下を止め、そのまま宙を滑って移動していった。元々ああいった乗り物のようだ。この世界の文明レベルは謎だな。



 急に影が差す。


 俺たちの頭上を飛び越え、数m先に重量物が落着した──、マグナ2機だ。

『囮ご苦労さま。大型はこちらで倒すわ、二人はバジスをお願いね!』

「わかった。」

 エリーゼがスピーカー音声のような声を残し、大型恐竜に向け前進する。

 それにしても、囮って言ったな、あいつ。


「バジスまで下がろう。」

「わかりました。」

 バジスは後方の上空100m位で滞空している。俺とレインは一旦そこまで下がる。


 バジスの周囲には再び羽根つきの蛇が飛び回っていた。前回とは違い10匹近く居る。


「レイン、バジスを援護するぞ!」

「はい。」




 飛行しているバジスは目立つためか、はたまた地上での戦場音が敵を寄せ集めるのか、次々と空飛ぶ蛇が襲い掛かってくる。この辺には飛べるモンスターはコイツしか居ないのだろうか。さっきから襲ってくるのは一種類ばかりだ。

 俺とレインはバジスの周囲を飛び回りつつ、空飛ぶ蛇を叩き落す仕事を続ける。が、さすがに在庫が切れたのか、襲撃が途切れた。


 眼下では未だに恐竜軍団との戦闘が続いている。


「レインは引き続きバジスの護衛をしておいてくれ、俺は少し下を手伝ってくる。」 

「あ……、」

 レインは不安げな声を出す、心配性だなぁ。いや、過保護なのか?


「大丈夫、ちょっと手伝うだけだから。」

 俺は上空のバジスにレインを残し、地表での戦闘に向け降下していく。


 降下してみると、より状況が良くわかる。

 どうやら小隊が中型恐竜群との戦闘に手こずっているのは、多数の小型モンスターが混ざっているためのようだ。


 小型モンスターがチクチクと嫌みに攻撃してくるため、それに都度対処していることで中型へ十分な攻撃ができていないようだ。

 小型モンスターの脅威度は高くないが、無視もできない。なかなか嫌らしい攻め方をしてくるな。


「なら、小型を片っ端から潰せば解決だな。」

 小型なら束撃弾スラスト一撃で倒せる。

 モンスターの群れと小隊が戦闘している上空を飛び回り、小型モンスターをプチプチと撃ち抜いていく。


 プチプチプチプチプチ


 まるで、荷物に入っている緩衝剤のエアキャップを、一つ一つ潰しているような気分だ。

 プチプチ潰しつつ、俺は大型恐竜とマグナ2機の戦いに目をやる。


 既に大型恐竜の外殻には多数の切り傷やヒビが入っている。

 大型恐竜が咆哮とともに、口から思念力ウィラクトを発射する。エリーゼの駆る"レミエル"は、難なく盾でそれを弾く。

『芸がないわね!!』

 レミエルが素早い踏み込みから大剣を振り下ろす。大型恐竜の外殻に大きな裂傷が刻まれる。


 大型恐竜が回転、その大きな尾がレミエルに接近する。が、それをもう一機のマグナが大きな盾で遮る。

『エリーゼ様! 接近しすぎです!!』

 ドMの苦労人、アルバートのマグナだ。ちなみにアルバートはマグナアルミスに搭乗している。レインの試射で凹んだ装甲はちゃんと直したらしい。


『あなたが護ってくれるでしょ!!』

『なっ!!』

 アルバートが言葉を失っている。ドMだからか、こういう甘酸っぱい感じのやり取りに免疫がないらしい。

 その間に、レミエルのボディが薄らと光を放つと急加速した。


 残像が見えるほどの連撃!

「グゴォォォォゥ!!」

 あまりの攻撃に大型恐竜が仰け反る。だが、まだ目は強い光を湛えている。レミエルをかみ砕くべく大顎で襲い掛かる。


 ガチン!!


 盛大に顎がかみ合わされ、しかし何も咀嚼できなかったような乾いた音が響く。

 レミエルは既に中空だ、大型恐竜頭部には大小多数の斬撃跡が刻まれ、外殻が無残にも砕かれる。


『終わりよ。』

 落下に合わせたレミエルの打ち下しの一撃が頭部を両断する。



 大型恐竜の動きが止まる。

「グゴァ……、」

 呻き声を口からもらしつつ大型恐竜が倒れ伏す。


『残敵掃討に移る!』

 エリーゼとアルバートは緊張を解かず、そのまま中型恐竜を挟撃するように襲い掛かった。





 大型恐竜が倒れた後は一方的な展開になった。

 群れのボスであろう個体を失ったモンスターたちは、逃走を図ろうとした。が、それを包囲し殲滅した。まあ、数匹は逃したかもしれないが、ほぼ9割は倒しただろう。


 今はμコロニー、もとい、魔核を拾い集めている。魔核は様々な製品の素材として利用されている。マグナの部品でもある。

 小型モンスターとはいえ、使い道は多種多様な魔核はしっかり集める必要があるのだ。


 俺は雇われ人だし、俺の倒した分は頂戴していくべく拾い集めている。吸収すれば装備生成の材料にできるしね。



 エリーゼとアルバートはマグナに搭乗したまま、周囲の警戒を行っている。廃墟遺跡はいつモンスターが出現するかわからないからだ。


「おっと、小さい魔核発見……、ふぅ。」

 ずっと下を見て探していたので腰が痛くなってきた。少し腰に手を当て体を伸ばす。


「え……?」

 全く想定外の状況に、俺は絶句する。





 巨大な顔だ。



 海岸線の崖上に立つレミエルの背後、そのレミエルよりも巨大な顔がこちらを見ていた。



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スペックシート:レミエル


名称:レミエル

種別:ヴェタスマグナ

搭乗者:エリーゼ・ナトリー

全高:5m

重量:8.2t

装備:

・高周波振動式大剣

 高周波振動により対象を切削する大剣。

・障壁展開式シールド

 思念力障壁ウィラクトシールド搭載のシールド。

・鋼鉄製装甲

 元来はセラミック素材との複合装甲だったが、度重なる破損と修理により現在は鋼鉄製装甲。

・管制システム

 各部機能、各火器の制御システム。機体全体の動作サポートや火器類の出力調整などを行う。

 さらに、機体の破損個所を診断し、自己修復を行う。修復には予備μファージを利用するが、素材が足りない場合

 には優先度の低い部位を解体して補填するなどの処置も行う。

・アクチュエータ

 人工筋繊維と思念力ウィラクトを併用した駆動系を使用。

 操作者が直感的に使用しやすいように骨格構成や動作パターンは人体を模している。

・PEバッテリー

 高性能なエネルギー蓄積装置。装置内部に陽電子化した状態でエネルギーを保持するため、小型で超高容量。

 無線給電によりエネルギー量は自然回復する。

・複合加速式投槍砲

 思念力ウィラクト加速方式と電磁加速方式の複合システムによる投槍砲。

 弾頭にはタングステンなどの高重量高高度材質を用いる。

 両肩に1基ずつマウントされており、内部にタングステン製弾頭が装填されている。現在は使用制限により使用

 できない。

・サテライト

 付属の小型支援機。全12機を展開可能。それぞれにPEバッテリーが搭載されており、思念力ウィラクト

 により飛行が可能。

 思念力ウィラクトによる防御や攻撃支援を行う。現在は使用制限により使用できない。

諸元:

・PEバッテリー

 容量:4800kWh、最大出力:800kW、最大蓄積能力:300kW

・フィールド発生器

 最大出力:260kW(推力:30000N)

技能:

・使用者制限

 DNAにより使用者を判断し、稼働制限を行う。

 現在のエリーゼは"親族判定"であるため、一部機能に制限がかかっている。

・飛刃

 大剣に思念力ウィラクトを纏わせ、斬撃と共に撃ち出す。

・光盾

 盾の思念力障壁ウィラクトシールドにエネルギーを過剰供給し、瞬間的に小爆発を起こす。

 シールドを使った体当たりというわけではないが、シールドバッシュと呼ばれることが多い。


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