3.魔道船

 改めて周囲を見渡しても、丘陵地が続くだけで民家どころか畑もない。遥か彼方、山麓に広がる王都が微かに望めるくらいだ。


「見事に何もないですね。」

 俺は呆れ混じりにエリーゼへ問いかけた。


「そうね。ここは一応兵団組織の建物だから、中には機密事項に当たる物もあるし、これで丁度いいのよ。」

 あえてこんな郊外、というか荒野のど真ん中に建物を造っているってことなのかねぇ。


 建屋には巨大な門戸もあったが、その脇にある人間サイズの扉へと向かう。たぶんあの巨大門戸はマグナ用だろう。

 二人組の見張りがエリーゼの顔を見て扉を開く。エリーゼとアルバートが先に中へと入っていく。見張りに促され、俺たちも中へと入る。


「こ、これは……、」

「おおー」

 この建物は巨大なハンガーだった。中には全長30m以上はあろうかと言う木造船が鎮座している。

 だが、ここは完全な内陸。当然ハンガー内にも水はない。更に木造船の両舷には直径5mはある巨大な樽状の物体が取り付けられている。

 割と無感動気味なレインも、さすがに感嘆の声を挙げている。



「内陸部に船……、まさか飛行船?」

 俺のつぶやきにエリーゼがニヤリと笑みを浮かべる。


「気が付いたんだ。さすがね。これは"魔道船バジス"、この船で"ノヴマ"へ向かうわ!」

 両手を腰にあて、エリーゼは誇るように俺の前に立ちはだかる。"魔導船"を自慢したかったんだな。


「お疲れ様です!!」

 エリーゼの背後、セーラー服を身に着けた水兵(でいいのか?)が美しい敬礼で立っていた。


「ちょうどいいわ、彼らを船室へ案内してあげて。」

「了解っ!! どうぞこちらへ!」

 水兵はキビキビという音が聞こえてきそうな程、切れの良い動きで俺たちを先導する。


「荷物を置いたらブリッジに上がってね。作戦会議するから。」

 離陸準備に向けて忙しなく多数の水兵が行き交う中、俺たちは"魔導船"へと乗り込む。





「エンジン始動!」

 船体後方、船尾楼の上に立つ船長らしき男から号令が飛ぶ。号令に合わせて水兵たちが慌しく船上を走る。

 船尾楼のすぐ下、俺とレインは船室の入り口横で小さくなっていた。

 どこに居れば邪魔にならないのか分からず、レインと二人で身を小さくし、魔道船の離陸を待っていた。


 両舷の樽型エンジンが唸りを挙げて稼動を始める。


「エンジン始動ヨーシ!」

「エンジン始動ヨーシ!」


「ハンガー展開!」

「ハンガー展開ぃぃ!!」

 続いての号令は、今度は船外に向けて伝達される。


 地響きを立てながら、建屋の屋根が展開し、格納庫自体も左右へと開いてゆく。


「おぉ……、まるで秘密基地からの出撃みたいだ!」

 なんだか少年心をくすぐられる。年甲斐もなくワクワクしてきた。


「アンカー解除!」

 魔道船を大地へと縛り付けていた最後の鎖が解かれ、フワリと船体が浮遊を始める。



「微速! 上昇!」

「微速、上昇」

 船長号令を復唱し、船尾楼上の操舵士が舵を操る。

 ゆっくりと上昇した魔道船は建屋から完全に露出、それでも上昇を続ける。


「微速、前進!」

「微速、前進。」


 上昇だけを続けていた船体が、徐々に前方へと移動を始める。




「本当によかったの?」

 離陸作業で忙しなく動き回る水兵たちに邪魔にならないよう、甲板の隅で眺めていた俺に、エリーゼが話しかけてきた。

「よかったとは?」

「監視を受けるとはいえ、概ね普通に生活することはできた、なのに私のスカウトを受けた。」

 ずいぶん、今更なことを聞いてくるんだな……、ほぼ強制だったと思うが。

「私の噂は聞いたんでしょ? 一人を残して全滅する部隊、通称"死神部隊"。」

「……。」

 エリーゼは現国王の子女だが、"ヴェタスマグナを使える戦力"と認識されている節があるようだ。その上、継承順位は4位。その順位の低さもあり、無茶な作戦にも投入されることがある。彼女の優秀さ故に生き残るが、他の隊員はそうもいかない。

 過去に2度、彼女を残して部隊が全滅したことがあるらしい。


「……、今更だな。俺たちは死なない。一度死んでるからな。」

「え?」

 アレは、死んだというのかな、良くわからないが。だが、易々とは落されないだろう。

「俺たちは生き残る、心配しなくていい。」

 エリーゼは口に端をわずかに震わせた。が、すぐに口角を上げ不敵な表情を浮かべる。


「ふふん、大した自信ね。」

 エリーゼは背を向け、船尾楼の船室入り口を開ける。


「さぁ、作戦会議を始めるわよ。」

「了解。」

 さて、しっかり生き残らないとな、エリーゼを悲しませないためにも。





 船尾楼内、室内は豪華な調度品と共に、王都周辺地図が卓上に広げられ、方位磁針などの測量機器類が置かれている。まさにブリーフィングルームといった風情だ。


 室内にはエリーゼとアルバート、それに30代くらいの男と20代の女が一人ずつ。


「まずは紹介するわね、私とアルバートはいいとして、こちらの二人は小隊長で、」

「第13独立部隊1小隊 隊長のマリーノ・トーシンです。」

 エリーゼに促され、女の小隊長が自己紹介をする。続けて男の小隊長が、

「2小隊、ウェモンノ・トゥキデーグッチだ。」


「ルクト・コープです。今回はエリーゼにスカウトされて参加します。」

「──、ん、レインです。」

 応じるように、俺たちも自己紹介をする。

 俺が"エリーゼ"と呼んだら二人とも怪訝な表情になった。なんだよ、本人に呼ぶことを強いられているんだよ!

 そんな俺の内心は知らないエリーゼは満足げに頷くと表情を引き締め、部隊長の顔になる。


「今回はマグナ2機と二個小隊の編成で作戦を行います。」

 エリーゼはいつもとは違う神妙な面持ちで語りつつ、地図が広げられている卓の引き出しから駒を取り出す。

 なかなか駒の細工が細かい。こんなところまで金がかかってそうだ。特に魔道船バジスをかたどったであろう駒の再現度がすごい。


「敵、大型モンスターは、取り巻きとして多数の中型を従えているとの報告が来ています。」

 大きな異形の駒を"ノヴマ"と書かれた場所に置き、その周りに少し小さな駒を多数配置する。


「大型モンスター発見次第、二個小隊はそれぞれ左右に展開し、中型を引き付けてもらいます。」

 異形駒群の左右に兵士を象った駒が置かれる。兵士駒に小さい異形駒が集まるように移動させられる。


「その後、マグナ2機で大型を叩き──、」

 中央の大きな異形駒の前に機兵駒が置かれる。これも"レミエル"そっくりだ。さっきのバジスといい、特注品だな。


「大型討伐後、マグナはそれぞれの小隊を援護に向かい、挟撃の形で中型を殲滅します。」

 大きな異形駒は"レミエル"に蹴り倒され、"レミエル"ともう一機のマグナが左右の小さい異形駒群へと移動する。



「それで、俺とレインは何を?」

 エリーゼは俺の言葉にニヤリと笑う。


「お二人は飛行できるので、基本は上空でバジスの護衛を。上から戦場の状況を適宜確認し、その機動力を生かして形勢不利と見られる場所の応援をしてください。いわゆる遊撃兵ですね。」

 エリーゼは笑顔だ。つまりあちこち飛び回り、便利屋として働けということか。

 たぶん俺は顔が引きつっているのだろう。マリーノ隊長とウェモンノ隊長が疑わしげな眼を向けてきている。


「わかった。飛び回ってあちこちを支援しよう。」

「それと──、」

「って、まだあんのかよ。」

 勢いでツッコミを入れてしまった。アルバートの表情が凄い。味方に向ける顔じゃないな、あれは。


「ノヴマに近づいたら、索敵と斥候をよろしくね。」

「えぇぇぇぇぇぇ……、」

「貴様っ、黙って聞いていれば!!」

 俺の露骨な難色に、ついにアルバートがキレた。


「助かるわぁ、これまで飛べる人なんて居なかったから、索敵は遠眼鏡で地道に確認してたのよねー。」

 エリーゼはアルバートを片手で静止しつつ、いつも以上に柔らかな雰囲気でそう語る。


 いかん、少々大人げなかった。反省。

 確かに飛行船は機動力があるけど、飛行戦力が無いと偵察や斥候が出せないというデメリットもあるんだな。

 せっかくの飛行戦力なら活用したいだろうし、軍事行軍であるなら斥候や偵察は重要なのだろう。

「失敬した。後ほど、ノヴマに向けて偵察に出よう。」

 俺は素直に頭を下げておく。俺がこんなに素直に折れるとは思わなかったのか、アルバートは露骨に意外そうな顔をしている。うむ、こいつの方が失礼じゃないか?



「敵襲!!」

 その時、甲高い鐘の音がかき鳴らされる。

 室内の全員が一斉に部屋から飛び出す。


 甲板上から見た空、そこに翼の付いた蛇が3匹飛び回っている。

「フジェレアングィスだ!」

「撃ち方用意!」


「撃ち方用意っ!」

「撃ち方用意!」

 船長の号令で、両舷に取り付けられている銃架に水兵が取りつく。

 テキパキと銃架を動かし、後装式の銃に弾薬を詰め、敵に照準している。おや、あの銃は──、


「1番! ってぇ!!」

 連続で響く爆音! 2丁の銃が火を噴く。

「キシャァァァ」

 空飛ぶ蛇の1匹は翼を撃ち抜かれ、悲鳴を上げながら落下していく。もう1匹は空中で爆散した。


「2番! ってぇ!!」

 さらに別の2丁の銃が火を噴く。残り1匹も空中で粉々に四散した。


「あれって、多段式魔導加速銃スコルペンドラ……?」

「とある事情により試作したと言ったろう。」

 いつの間にか横に居たアルバートが俺の独白に答える。

 つまり魔導船に搭載するために開発したのか。


「魔導船のエンジンから供給される大量の魔力を使って発射するから、誰でも撃てる。あれのお陰で、魔導船の火力は並の水上戦艦とは比較にならない。ただ、連射はできないのだけどね。」

 エリーゼはいつも通りの仁王立ちポーズで自慢げだ。


 あれなら多少の空飛ぶモンスターなんて相手にならないのでは……、俺たち飛行戦力は本当に必要ですか?



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スペックシート:魔導船バジス


名称:魔導船バジス

重量:290t

全長:35m

最大高:15m

船体幅:25m(船体本体15m、両舷推進器が各直径5m)

最大乗員:60名

推進器:(4基搭載)

 単体性能 推力:1200kN 

      内部にPEバッテリー搭載 容量:10000kWh、最大出力:1500kW、最大蓄積能力:300kW(×8)

武装:

 30mm多段式魔導加速銃×8

 (両舷2基、船首から前方へ2基、船尾から後方へ2基、可動式の銃架で取り付けされている。)


備考:

エリーゼ・ナトリー率いる近衛兵団第13独立部隊が保有している移動基地。

3機のマグナを搭載でき、整備なども可能。


船体両側にマグナ発着艦するためのハッチがある。そのため、帆船の形状はしているが水には入れない。

(ハッチから浸水してしまうため)

エンジンは旧文明の遺産。普通の海上輸送船にエンジンを取り付けし、飛行船へと改造した。

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