14.スカウト
『彼らを次の任務にスカウトするわ。』
微妙な沈黙が当たりを包む──。
「あ、それじゃ俺らはこの辺で失礼します。」
何か聞こえたような気がするが、たぶん空耳だろう。
俺は何も気づかなかったことにして、レインを伴い2機のマグナに背を向けて飛び立とうとする。
『ちょぉぉぉーっとぉ、まったぁぁぁぁっ!!』
豪奢なマグナは意外な機敏さを見せ、俺の前に回り込んできた。ぬぅ、速い……!
「いやー、顔も見えない相手の話は信用できないですし。」
とりあえず、マグナから降りてくるか試してみよう。降りたらさっきのようには回り込めないだろうし。
『それもそうね!』
『エリーゼ様っ!?』
苦労人風の男が投げかける抗議の呼びかけを完全に無視し、豪奢なマグナは胴体上部のハッチを解放した。
内部の座席がスライドして地面近くまで下りてくる。
艶のある黒髪をしっかりとまとめ上げた女性が、軽やかに地面に舞い降りた。
「私はエリーゼ・ナトリー、近衛兵団第13独立部隊隊長を拝命している。後ろのマグナは私の愛機で『レミエル』。よろしくね。」
先ほどレミエルが取った姿勢そっくりの仁王立ち姿勢での自己紹介だ。
身長は160cmほどだろうか。マグナの搭乗員が着用する全身スーツを着用している。マグナでの戦闘時にキャノピー内に体をぶつけても良いように各部を革で保護した全身スーツだ。
だが、そのスーツは彼女の持つ"女性的特徴部位"の主張をより引き立てるようだ。
というか、「レミエル」と言ったか!? だとしたら相手は
「どうも、ソルドレッドです。では、さよなら──、」
俺はおざなりの自己紹介をしつつ、レインを抱えて緊急離陸する。
「いいの? あなた、バインズさんの下宿に住んでるルクトくんでしょ?」
「っ!!」
俺は空中で静止する。……何……だと……?
「バレたのが意外って雰囲気だけど、バレバレだから。普通に二階からその鎧姿で出入りしてるし、街中でも少し裏路地に入っただけの場所で着替えてるし、半日尾行しただけで正体確定したから。」
指折り数えながら、俺の迂闊さをご丁寧に説明してくれる。連動するようにマグナまでもが器用にも指折り数えている。
一応これでもバレないように隠していたつもりだったのだが……。
「そんなだから、誘拐犯にも素性特定されて彼女誘拐されるんでしょ。正義の味方やるなら、もっと徹底しないと。」
「ぐっ」
「え、コースケ、正義の味方だったのですか?」
「うぐっ」
やめて、レイン、追い打ちするのはやめてっ!!
正義の味方するつもりは無かったのだが──、いや、客観的に見ればそうか……。義手やアーマーのスペックに少々テンションが上がっていたのと、学校でのストレス発散も兼ねて"正義の味方"気分を味わっていた……。
「私の誘いを蹴るというなら、常に監視が付くことを覚悟してもらうことになるわね。こちらとしても、単身でマグナを撃破しうる人間は野放しにできないの。」
どうやら誘拐犯との戦闘を見られていたようだ。やはり戦わずに逃げるべきだったか……。
「それに、監視対象はあなただけじゃないから。」
「え……。」
言葉の裏をなんとなく察し、レインを見る。
「そう、彼女も空を飛んでたでしょ? だからあなた同様に監視対象ね。」
一部始終を見られていたというわけか……。どうあっても逃がすつもりはないらしい。
「はぁ、スカウトじゃなくて強制じゃないか……。俺はそんなに暇じゃないだけど?」
ダメ元で抵抗してみる。事実、俺は学校にバイトに、と忙しい毎日を送っている。
え? ヒーロー紛いのことをしてたろうって? あれは一種の気晴らしで別腹です。
「バイトよりお給料は良いと思うけど?」
エリーゼはニヤニヤとしつつ答える。どうやらルクトの苦学生ぶりも調べはついているらしい。
どの道逃げられないなら、話に乗るしかないか……。
「それで、次の任務ってのは何なんだ?」
「よくぞ聞いてくれました! 獲物は大型モンスターよ!!」
拳を握りしめ、エリーゼは満足げに宣言する。何がそんなに嬉しいんだ?
「えぇー、大型って言ったら、中型より大きいじゃないですか!やだー」
「何を当たり前のこと言ってんの。」
俺の発言に、呆れ顔でエリーゼが答える。
「でも、エリーゼさんは近衛兵団でしょ?」
「エリーゼでいいわよ、私もルクトって呼ぶから。」
「ぇ……、」
「エリーゼ。」
圧がすごい。
「えっと、エリーゼは近衛兵団でしょ?」
「ええ、そうよ。」
俺は折れた。彼女は笑顔で答えた。
「通常、モンスターの討伐を行うのは"討伐兵団"では?」
"討伐兵団"と名付けられているくらいだ、モンスターの
さらに、俺はルクトの記憶を辿る。
モンスターは大きく分けて小型、中型、大型の3分類することができる。
違いは単純に大きさだけなのだが、大きくなるほど二次関数的に強力になる。小型、中型は歩兵が持つ"戦技兵器"や魔法でも倒せるが、大型はそうもいかない。そのため、大型の討伐はマグナを含めた部隊で討伐することになる。
「今回発見された大型は、取り巻きとして多数の中型を従えていることが確認されたの。だから私の"レミエル"にお声がかかったってわけ。」
"ヴェタスマグナ"の"レミエル"。
マグナの始祖とも言うべき"ヴェタスマグナ"。それは古代文明人が作り出した人型機動兵器。現存するマグナアルミスは、全てこの"ヴェタスマグナ"のレプリカだ。その性能はマグナアルミスを「レプリカ」と呼ぶのもおこがましい程らしい。
現在確認されているヴェタスマグナは3機。いずれも各国の王族もしくは皇族が所持している。というよりは、「王族や皇族しか使用できない」と言った方が正しい。
300年前の"聖戦"で"四魔王"を封じた英雄たち。その英雄たちが用いたのが"ヴェタスマグナ"だ。その英雄たちが戦後に国を興し、現在に至る。つまり各国の王族や皇族は英雄たちの子孫にあたる。たぶん"ヴェタスマグナ"には一族しか使えないような制限がかかっているのだろう。
つまり、そんな"ヴェタスマグナ"を操る目の前の女性は……、
「王族?」
瞬間、エリーゼからの視線に凄みが増す。
「そこには触れてほしくないかなぁー。」
「あ、はい。」
顔は笑っているが、目はマジだ。俺は引きつりながら、それ以上触れないことを誓った。自分で"レミエル"ってばらしたくせに……。
エリーゼと呼び捨てを強要してくるし、フランクさの押し売りだ。
「なにか御不満でも?」
「いえ、滅相もない。」
話題を変えよう。
「大型だけじゃないってのはわかったが、それがどうして俺たちをスカウトするって話になるんだ?」
俺の問いに、エリーゼは腕を腰に当てた姿勢から腕組みに変えながら答える。
「話題の怪人ソルドレッドは空を飛ぶ、って聞いてね。うちの隊は少々都合があって飛行戦力がほしかったの。」
また怪人だよ。せめてヒーローに……。飛行戦力がほしいって、伝書鳩でもやらせるつもりですかね。
どうしたもんか、なんとか逃れる手はないものか……、おぉ、エリーゼが腕組みにしたために女性的アレが強調されている。うむ、けしからん。
後頭部をレインに小突かれた。あれ、なぜか気づかれた?
まあ、それはいいとして。
なんにせよ、正体がばれている以上、選択肢はないか……。
「どうやら逃げられないようだし、その誘い、受けるしかないみたいだな。」
「諦めてもらえてよかったわ。」
エリーゼさんよ、いい笑顔で言うセリフじゃないな。
「ただし、条件がある。」
「うん?」
エリーゼは頬に指を当て、小首を傾げている。一見すれば可愛らしい仕草だ。
「レインだけは普通に生活させてやってほしい。」
俺の条件に、エリーゼは少々難しい顔をする。
「んー、彼女も見たところ少々──、」
「戦いたい。」
エリーゼの発言を遮るように、俺の後ろから声が発せられた。
「れ、レイン──、」
「見ているだけ、待っているだけ、守られるだけなのは、もう嫌です……。今度はコースケと一緒に戦いたい……。」
そこまで言ったところで、レインはこめかみを押さえ少しふらつく。俺はレインの体を抱えるように支える。
今、"
「レイン、もしかして記憶が……?」
俺に抱えられながら、レインは首を振る。記憶が戻ったわけではないらしいが……。
「大丈夫……、戦えます。」
レインは色白の肌を更に蒼白なほどに変えながらも、強い意志を感じさせるように力強く告げる。
あまり危ない場所に連れて行きたくない。俺はレインまで失いたくない。
だが、待つ辛さもわかる気がする。自分が居ないところで何かあったら……、
ん? レイン
ん──、だめだ、出てこない。
「彼女はそう言ってるけど、どうする?」
逸れた思考を引き戻すように、エリーゼが俺に問いかけてくる。
改めてレインを見る。彼女は軽く頷く。
どんな場所でも、俺がレインを護る。
「わかった。二人でスカウトに応じる。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます