5.モンスター
30分くらい歩いただろうか。いくらか丘を越えたため、ベースキャンプは見えなくなった。今のところモンスターには遭遇していない。
「おい! 時間制限があるんだからな! しっかりとモンスターを探せよ!!」
おれが探すのかよ……、索敵するような技能は持ってないってのに。
───、いや、あれは?
「居る。」
おれは一言だけ発した。視線の先10mほどの距離、薄汚れた灰色の物体がごそごそと動いている。
「ソルディーラット、巨大なネズミのモンスターだ。あれはかなり大き目の個体だ。図鑑では50cmくらいと書かれていたが、あれは1m近くある。」
さすが優等生レイヴ、聞いてないのにモンスターの解説までしてくれた。
何かを食べているのか、こちらに尻を向けてもぞもぞと何かをしている。
「盾、行け。」
マグダイムは後方から指示を出す。引っ掛かりを覚える部分が無いではないが、ここは堪えて、ゆっくりとソルディーラットに近づく。近づくにつれその姿がよく見えるようになってきた。
灰色の体表はよく見ると毛皮ではなく、硬質な外骨格のような雰囲気だ。表面は波紋のようなスジ模様が不規則に付いている。
更に近づき、距離が5mを切ったあたりでソルディーラットの動きが止まった。
ソルディーラットが顔を上げ、こちらを振り向く。
顔も硬質化した外殻に覆われているが、表面の波紋はまるで形相に歪んだの表情のようだ。
両目と思われる部位は白濁し見えているとは思えない。話で聞いた以上に気味の悪い見た目だ。
顔の下、食べていたものも見えた。あれは、ソルディーラット!? 同種を捕食していたのか?
「キシャァァァァァァ!!」
ソルディーラットが耳障りな叫び声をあげながらこちらに突進してくる。
「くるぞ!! 時間を稼げよ!!」
そう言うと、マグダイムは魔力凝縮を始める。
一撃目を、受けられるか!?
おれはソルディーラットの動きに集中する。手前1m位の位置でソルディーラットは跳躍、頭のサイズからは考えられないほどの大きさに顎を開き、おれに向かって飛びかかってくる!!
盾の防御障壁を展開! それにより盾表面にはうっすらと薄膜のような障壁が展開される。
不気味に巨大化した前歯を湛える巨大な口腔が間近まで迫る!
やや斜めに盾を構え、衝突の瞬間にソルディーラットの頭部を横へ弾き飛ばす。
力の方向を逸らされたソルディーラットは突進の角度がずれ、地面に衝突、横倒しになった。
「や、やった」
「ゲギャガァァ!!」
怒声を上げながらソルディーラットが体をねじり起こす。
「刺すっしょ!!」
スピネルが槍を突出し、ソルディーラットの左肩に突き刺すと、すぐに引いておれの後ろに下がる。
「キッシャァァァ!」
ソルディーラットは異常に発達した前足を振りかぶり、おれに向けて振り下ろしてくる。もう一度だ!
再び盾を斜めに構え、衝突の瞬間に押して右前足の振り下ろしをずらす。
「『
すかさずレイヴが物理魔法でソルディーラットの左前足を浮かせると、支えを失って前のめりに地に伏す。
「ごおぅ!!!」
メイベルの棍棒とレイヴの剣が両サイドからソルディーラットのボディに振り下ろされる。
「どけ!!」
後方のマグダイムが号令する。
おれを含め、全員がソルディーラットから飛び退く。
「『
輝く光球となった炎の玉がマグダイムの前方からソルディーラットに向けて打ち出される。
顕現魔法であるため、幻想魔法とは異なり光球の進む射線上の草が燃え、軌跡が残る。
ソルディーラットに命中した光球は炸裂、炎上し、炎の竜巻を生み出す。
「ゴブグガァァァァァ」
灼熱に焼かれ、ソルディーラットは糸の切れた人形のように地に倒れた。
炎が収まると、黒焦げのモンスターの跡が残った。
「そういや、全部焼いちまったけど、どうやってモンスター狩ったって証明するんだ?」
マグダイムがレイヴに向けて今更な質問をする。レイヴはやれやれといった仕草で答える。
「呆れたな。ちゃんと学科を聞いていないのか? もう少し見ていればわかる。」
ソルディーラットの遺骸が崩れ、ジュクジュクと泡を立てながら溶けていく。黒い粘性の高い水たまりになったかと思えば、その液体が寄り集まり、黒い粘土のような塊が残った。
「モンスターを討伐すると、体内に巣食う瘴気が凝縮されて魔核を残す。これがその魔核だ。」
レイヴは説明を挟みつつ、黒い粘土、もとい魔核を拾い上げた。
大きさは直径2cmほどだろうか、指で摘み上げる程度のサイズだ。
「これが今回の考査での討伐証明になる。これをあと2つ手に入れれば僕らのチームは合格点になる。」
そう言いつつ、レイヴは魔核をマグダイムへ投げ渡した。
落としそうになりながらもマグダイムは魔核を受け取り、腰のポーチへ仕舞った。
「よっしゃ、そんじゃこの調子で行こうぜ! ほら盾、さっさと進め。」
その後数分で同じくソルディーラッドをもう1体、問題なく討伐し魔核2つ目を入手した。
「らくしょー過ぎて、歯ごたえが無いな。」
2度とも魔法一発で止めを刺したマグダイムはかなりの上機嫌だ。
おれは2度ともギリギリだ。2度目の戦闘では障壁が破られ、盾の表面にモンスターの爪痕が残った。タイミングを少しでも外すと危険だ。
「おい盾、3体目はそこの雑木林で探そうぜ。」
今歩いている丘から少し下った先、ちょっとした窪地になっている場所が雑木林になっている。
マグダイムはそこへ行けと言うが、見るからに薄暗く不気味な雰囲気が漂う。
「あと1体だし、無理をすべきじゃないと思う。」
おれはマグダイムに反論した。今より強力なモンスター相手では盾が持たないと感じたからだ。
「んだと? お前、俺の魔法の威力が信用ならないってのか!?」
「ちがう。無謀は勇気じゃない。」
「てめぇっ!」
マグダイムがおれの襟首を掴んで持ち上げる。魔法職のくせにおれより身長が高くガタイがいい。おれは持ち上げられて爪先立ちになった。
「僕もルクト君の意見に同意だ。見えている危険は避けるべきだ。」
レイヴがおれに同意を示す。
「へぇへぇ、さすが優等生様は言うことが違いますねぇ~。だがよぉ、兵団に入ったら、危険だからやりませんなんて言えねぇぜ? 『ぼくきけんだからたたかえませーん』ってか?」
マグダイムの煽りにスピネルが下品に笑っている。さすがにレイヴも頭にきたのか、表情がひきつっている。
「どうせ教官が付いて来てるんだし、余裕っしょ?」
「キリっっとして『僕らが全力を尽くすことに変わりは無い』とか言ってたよなぁ。」
マグダイムとスピネルは趣味の悪い笑いを上げながら、なおもレイヴを煽る。
メイベルは干し肉をかじっている。本当にいつも何か食べてるな……。
「っつーことで、おら、行って来い!」
「なっ!」
自分の体が宙を舞う。マグダイムに放り投げられ丘を転げ落ちる。
頭を庇いながら転がり、雑木林の中に入り込んだところで止まった。
おれはすぐに頭を起こし、林の中を伺う───、今は何も近くに居ないようだ。なんて奴だ、無茶苦茶しやがる。
体中に付いた枝や葉っぱを払いながら立ち上がる、大きな怪我はないが、擦り傷や打ち身になった場所がある。
「くそっ」
おれは小声で悪態をつきつつ、林から出ようと───、
「おら、いくぜ。」
出口を塞ぐようにマグダイムが林の中へと入ってくる。後には取り巻き2名にレイヴも付いてきている。
レイヴは憮然としつつも着いて来るあたり、どうやら折れたらしい。
「さっさといけよっ!」
肩を小突かれ、おれはしぶしぶ林の奥を向く。
昼間なのにかなり薄暗い。当然人が入り込むような場所ではないため、足元も非常に悪い。こんな場所で戦闘できるのか?
仕方ない、中へ進んでいるようなフリで少しずつ迂回して外に出よう。おれは慎重に中へと進み始めた。
雑木林の中を進むこと数分。足場が悪すぎるため、恐らくほとんど前進していないと思う。
暗く狭い場所はモンスターが潜んでいることが多いとのことだったが、今のところに何者とも遭遇しない。これは、逆に何か怪しくないか?
「居る……?」
暗がりにモンスターのような物が見えた。こちらからはモンスターの背後しか見えず、頭部は木の影に隠れている。
慎重に近づくが動く気配が無い。おれはゆっくりと木の裏へ回り込む。
ウサギか何かのようだが……、頭部が無い。
「食いちぎられてる?」
「ルクト君! 上だっ!!!」
レイヴの声に跳ね上げられるように上を見る。
おれの真上。巨大な黒い猿が居た。
体長は3mはあろうか、全身は黒い外殻に覆われ、その表面は不気味な紋様を描いている。顔面はソルディーラットとは違い、まるで表情の無いノッペリとした仮面のようだ。相変わらず双眸は白濁している。
そんな巨大な猿が、両手両足で木々を掴み、樹上からおれを見下ろしている。
あれは、間違いなく中型モンスターだ。
「げぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ」
不気味な笑いとともに、猿が落下してくる。回避は間に合わない。おれは盾の障壁を展開する。
落下とともに巨大な右腕が振り下ろされる。タイミングを合わせろ! 命中の瞬間、攻撃の軸をずらすために左へ──、
刹那の後、盾とそれを着けた左腕に4本の線が引かれた。
猿の鋭利な爪は、障壁も、盾も、おれの腕も物ともせず、あっさりと5分割してみせた。
「あぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ!!」
無くなった左肘から先、遅れて血が噴き出す。
「げぎゃぎゃ」
猿は間違いなくおれを見ている。膝が震える。気が付かないうちに後ずさったところで、木の根につまずき背後に転んだ。
予想外の浮遊感、転んだ先には地面は無く、おれは3mほど低い位置まで落下した。
「ぐはぁっ」
おかしな体勢で床面に叩きつけられた。衝撃のためか、肺が一気に息を吐き出している。
なんとか寝返りを打ち、仰向けで見えるのはぽっかりと空いた穴。どうやら林の中に穴があり、おれはそこへ落ちたらしい。
「林の中に……、遺跡?」
どうやら人工物の地下空間のようだ。
上に開いた穴に黒い影が差し、何かが降りてくる音がする。
「ぎゃっぎゃっ」
猿がこの地下空間に降りてきた。そうか、ここはこいつのねぐらなのか。
「ルクト君! 逃げろ!!」
穴の上からレイヴの声がする。逃げられるなら逃げたい。
この地下空間は奥にまだ続いているようだ。
おれは急いで立ち上がるが、落下時に右足を折ったようで、まともに走れない。
それでも脚を引きずりながら奥に向かうが、すぐに猿が回り込んでくる。
「げぎゃ」
おれは踵を返す、その瞬間には猿も回り込んでいる───。
「うおぁぁぁぁ!」
おれはやけくそに右手の片手剣で斬りかかる! が、次の瞬間には肘から先が無くなっていた。
べちゃ
遅れて右の暗がりから粘着質な音がした。
右足の支えが効かず、倒れ込む。起き上がれない。ああ、両手が無いからか。
足元からドシンという音がする。猿がおれの左足を潰していた。
「げぎゃっぎゃっぎゃっぎゃ」
嗤ってやがる。
そういえば、レイヴの声もしなくなった。おれを置いて逃げたかな。
死
その一文字が重くのしかかる。
おれはこんなところで終わりなのか。
──死にたくない──
リリア、おれ夢を叶えられなかったよ。
学校でもろくなことがなかったし、
──死にたくない──
こんなことならベネから出て来なければよかった。
──死にたくない──
ちゃんと手紙も書けばよかった。
ごめん───。
這いつくばっている俺の頬に、冷たい感触が広がる。
黒い、粘性のある液体が床の下から染み出してきている。
突然おれが倒れていた床が崩落し、更に地下へと落下する。
ドプン
おれは真っ黒な粘液の中へと沈んだ。
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