6.目覚め

 暗転する視界。

 暗闇の中、スライドショーのように景色が流れていく。




 白い部屋だ。




「私が担当の────、──です。」

 白い服、黒い髪を肩でそろえた女性だ。なぜか見ているとホッとする。




 これが走馬灯? 見たことのない景色だけど、走馬灯ってこういうものだっけ?




「使用─に──ないなら、───お願いします。」


 俺の声?




「全身─────になれば、俺でも──────。」





 ごめん───。






 なんだこれ? よくわからん。

 ぐるぐると黒い空間が渦巻いている。

 俺は渦に巻き込まれ、どこかに吸い込まれた。








 えーっと、どうなったんだっけ?

 まあ、落ち着け俺。ちょっと記憶を整理してみよう。



 俺は識名しきな 孝介こうすけ 28歳 独身、彼女いない歴~年(本人の名誉により非表示)。

 趣味はゲーム。特にRPGが好き。休日はもっぱら家で過ごす。


 だんだん思い出してきた。


 そうだ、会社帰りにロールケーキを買いそびれた! いや、じゃなくて、トラックに轢かれ───、なくて、車に轢かれたんだ。




 どぷん。




 何かが落ちたような水音。

 真っ黒な闇の中に、いつの間にか青年と呼ぶには少々若い男が漂っている。


 薄い茶色の髪をしたその男は全身傷だらけ、両腕は肘から先が無く、両足もおかしな方向にねじ曲がっており、見ていて非常に痛々しい。



 誰だ?



 いや、思い出した……、いや、知っている。俺はこの人物をよく知っている。



 ルクト・コープ。



 俺の中に、ルクト・コープとして生きた15年の記憶が湧きあがってきた……。




 とりあえず、俺はルクトであるということらしい。とすると、瀕死のルクトを何とかしないといけない。

 暗闇に漂うルクトを改めて見る。

 両手が無くなっているし、両足も複雑骨折だ。そしてここは危険な敵地のど真ん中……、のはず。


 なんとかなるのか? 義体取り付けるくらいしかないんじゃないのか? この世界に在ればだけど。



 突然メニューが表示された。


 これ情報端末メディアのメニューじゃないか。どこに持ってるかわからないけど、俺情報端末メディア持ってるのか。


 メニューには見慣れないアプリがいくつか増えている。


 【デザインドラフト】

 【EQコンストラクタ】

 ……、


 デザインドラフト? これは──、

 俺の意識に呼び出されたかのように、視界に再びルクトの全身映り込む。


 これって、そうか! CADコンピュータ支援設計の画面だ!


 俺はルクトであることは間違いない。それで視界投影型ディスプレイインサイトビューに自分の身体状態が表示されているのを見ていたんだ。


 その意識に対応し、上下左右にCADコンピュータ支援設計のメニューが表示される。


 とりあえず【ファイル】メニューから【読み込み】を──。

 おおー、すごい。大量の図面データがある。なんでこんなデータが俺の情報端末メディアに入ってるんだろうか。


 ファイルリストをスクロールしていくと……、お、【義体フォルダ】がある。


 いくつか義手のファイルを展開してみる。見た目ですぐに義手とは分からないのがいいかな。

 これ、ルクトの腕として取り付けできたりするだろうか。


 あ、腕は切断された状態のままだ。このままでは義手を取り付けできないな。

 たしか【義体フォルダ】の中に……、あった、【養生ソケット】。養生ソケットを切断部に当てておけば、断面を保護してくれる。



 というか、なんで俺、こんなことに詳しいんだ?



 ……。ま、いっか。



 ルクトの画面に戻り、養生ソケットと義手を呼び出す。ためしに右腕に取り付け──、


 設計しただけじゃ意味ないじゃないかっ!!


 心の叫びに呼応するように、視界に新たなメッセージが表示される。


【構築しますか?(YES/NO)】


  お、これはもしや! YESっと。



【EQコンストラクタ 起動】

【starting construction system...】

【mu phage developers tools startup】

【constructing...】

【completed】


 周囲の黒い何かが養生ソケットと義手を構築していく。

 良く見えないが、3Dプリンタのような何かが動いているのか?


 おおー、すごい。腕ついた。


 あれ、腕動かないぞ?



【No Power.】


 のーぱわー? あ、電源か。


 再度図面データを漁る。

 【ジェネレータ】かな【バッテリー】かな……。


 お、【PEB】、確かこれがいいはず。なんとか~エナジーバッテリーとかの略だ確か。原理は忘れた。

 これを義手に取り付けて───、


 これ1つで【Material Point】とかいう数字が劇的に減るらしい。これじゃ1つしか作れない。

 しかたない、これ一つで他の義体のエネルギーも供給するか。



 右腕に付けるのは止めて、胴体に移植するか。サイズは2cm程度だし……。

 なんか、カラーなタイマーが付いてる、某光の巨人みたいになっちゃった。

 まあ、仕方ない。



 あとは、左手も装着して、複雑骨折で解放骨折して見るも無残な両足はいっそのこと切除……、資材化でいいのかな、そんで両足を義足で構成して、胸のPEバッテリーからのエネルギーラインを体表に配置して───、



【starting construction system...】

【mu phage developers tools startup】

【constructing...】

【completed】



 胸の埋没物から、薄らと光る幾何学的なラインが四肢に走る。なんとも中二病な見た目になってしまった……。


 大丈夫、服を着ていれば見えない! きっとルクト君も気に居るはず!!


 よし、完成!







 妙なテンションで義体を設計する夢を見た気がする。

 目を開くと、見知らぬ天井に穴が開いてるのが見える。ほぼ暗闇の中、天井の穴から僅かに光が入ってきている。


「あそこから、俺は落ちてきた?」

 いや、それはルクトの記憶だ。車に轢かれたのが俺なはず。

 両手を天井に向けて翳してみる。しっかり両手がある。上腕部に配置されているエネルギーラインがぼんやりと光る。


「あ、これ夢のやつだわ。」

 上体を起こし、改めて自分の体を確かめる。襟元から覗く胸にはPEバッテリーが見える。

 切断された両腕も、複雑骨折した両足も傷一つない状態だ。非常に自然に見えるが、これが義手義足?

 両手を擦ってみたり、つねってみるが、ちゃんと感触もある。完全に普通の手だ。


 ひとしきり両手両足を確かめたところで、ふと穴から落ちてきたときのことを思い出した。

 最後の微かな記憶では、落ちた先には全身が沈むほどの液体があったような気がしたが、今この部屋には数cm程度の液体しかない。勘違いだったか?



 とりあえず立ち上がるために手をついて───、



 ふにゅ



「ふにゅ?」

 右手に暖かで柔らかな感触。



 俺の右側、一糸纏わぬ姿の少女が寝ていた。俺の右手はその少女の柔らかな部分、一般的には触っていると犯罪扱いになりかねない場所に置かれていた。大きすぎず小さすぎず、いいサイズ。


 少女の目が開いた。


「……。」


「いや、これはあの、そういうアレじゃない! 事故というか───、」


「おはよう。」

 俺は焦って後ずさりながら自己弁護を述べていたところへ、少女は一言挨拶を述べて上体を起こした。


 開かれた瞳は血のように真っ赤だった。

『私が担当の────、──です。』

 赤い瞳に見つめられ瞬間、何かが脳裏をかすめた気がした。



 少女は黒い液体で全体が濡れているが、肩ほどの長さの髪は真っ白、肌も透き通るほどに白い。その中で赤い瞳だけが強く自己主張をしているかのようだ。

 年は16,7歳といったところだろうか。スタイルは全体にスリムではあるが、女性として主張する部分は嫌味じゃないほどには主張している……、って、俺は何をしっかり観察してんだ。


「お、おはよう」

 俺はマジマジ観てしまった後ろめたさから顔を逸らしつつ、挨拶を返す。


「き、君は誰?」

 俺は顔をそむけたまま、少女に問う。


「……、私は、,%&#|$'-レイ^n」

「え?」

 何語か分からない、壊れた機械音声のような声色で少女は自己紹介をした。


「私は、,%&#|$'-レイ^n」

 俺が聞き返したためか、少女は再度自己紹介してくれた。辛うじてレイなんとかの部分だけが聞き取れる。

 俺が微妙な表情をしているためか、少女も少し困り顔だ。


「レインと、呼んでいいかな?」

 聞き取れた最後の部分でのあだ名提案に、少女も頷いてくれた。


「と、とりあえず、これ着て。」

 目のやり場に困るので、俺は自分の上着を脱いでレインに渡した。

 俺の方が少し体格が良かったため、上着はレインの重要部位を隠してくれた。隠してくれたが、「彼シャツ」状態になり、これはこれで目の毒だ。


「それで、レインは何故ここに?」

 俺の問いに、レインは少し考えるように小首を傾げ、そして答えた。


「私には使命があります。」

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