第21話 振り返れば薬剤師≪ヤツ≫がいる

 新たな抗生物質(一日三回毎食後)を処方された私だったが、結局これに効き目はなく、その日、深夜の3時ぐらいに、痛みで目が覚めた。絶望的な気分だった。

 ロキソニンを処方されたとき、薬剤師さんに最悪一日四回までなら飲んでも良い、ただし六時間は間隔をあけるように、と言われていた気がしたので、ひとまず服用する。痛みはすぐには消えないし、気の滅入りや不安もあってなかなか入眠できる気がしなかった。

 気を紛らわせようとするが、ツイッターにアクセスしても深夜だからタイムラインはあまり動いていないし、ぷよぷよクエストを立ち上げても、入眠直前にクエストに挑戦するためのエネルギーみたいなやつを使い切ってしまっていたので、あまり沢山はプレイできない。それでも少しは気が紛れるし、本当に、Amazon版のサービス提供が終わってしまったら私はどうすればいいんだ……と不安感が募る。自分の人生で、まさかこんなにぷよぷよクエストのサービス終了に悲しむ日が来るなんて思いもしなかった。これからはSNSゲームに夢中になっている人を絶対にバカにしたりしないと固く誓った。

 さすがにちょっと痛みが和らいで来ると、少しうとうとし始めた。しかしすぐに朝が来てしまう。睡眠時間が不十分だし、おっぱい痛いし、精神的に疲弊していた。

 しかし仕事が待っている。それに、この状況ではまたいつ仕事に穴を空けてしまうかわからないので、上司に事情を説明しなければならない気がした。

 朝一番に課長を呼び出した。

「足の方はもうなんともないんですが、胸部の疼痛がひどくなってきて、昨日とかほとんど眠れないような状況で……昨日、病院でまた追加の検査して、結果待ちなんですけど、それまで何も出来ないので、また仕事休みがちになってしまうかもしれなくて、もしもの時は業務上のフォローをお願いしたく」

「眠れないのはいけないね」

「はあ、痛くて……」

「何時間ぐらいなら寝れてるの」

 え、それを聞く? と思いながら、昨日は三時間ぐらいは寝れた、と言うと

「それは足りないね! 人間は、五時間ぐらいは最低睡眠時間確保しなきゃいけないんだよ!」

 意味がわからない。眠ってないんじゃなくて不可抗力で眠れないんだって言ってるし、そもそも「眠れないぐらいの痛みがあるから仕事ができないかもしれない」と言っているつもりなのに、どうしてこう会話がかみ合わないんだろう。

 もういいや、とりあえず、わしは、報告義務は果たしたからな、と思って立ち上がろうとすると、

「それで、何の検査をしているの」

 と聞いてくる。

 結節性紅斑の時はあんなに興味がなさそうだったのに、なんでやたら突っ込んでくるんだ、と思った。正直お医者さん方すら手探りでやってる検査の内容なんて、医療の素人に話したってわかるわけが無かろう、と思うし、だいたいそれをあなたが把握する必要なんてないのでは、と思うのだが、煙に巻く気力が無くてそのままの説明をしてしまった。

「昨日は細菌感染がないかの検査をしました。あと、自己免疫疾患の検査もまだ結果待ちの状況です」

「それで、碧さんはどっちだと思うの」

「……いや、知りませんけど、昨日から飲んでる抗生物質が効いてないので、感染ではないのかなとは思ってますけど……」

「じゃあ免疫ってやつか。抗体薬ってやつだね。高いって言うけどね~」

 すげえ知ったかぶりでわけのわからないことを言い出したが、そんなものが処方されるわけがない。

「あの、また進捗あったらご報告しますので、もう良いですか」


 深夜にロキソニンを飲んだので、六時間空けると、朝食後にロキソニンを飲むことができなかった。この日の朝は、ステロイドと抗生物質と胃薬を飲んで出社していた。十時過ぎにロキソニンの薬効の限界が近づいてきたので、飲もうとしたが、ふと、この胃薬は飲んでも大丈夫なのだろうか? と思った。まあ、胃薬はそんなに強力じゃなさそうだから神経質になる必要もないのだろうが、このペースで飲み続けると一日摂取量が多くなりそうである。

 こういうとき、隣の席に薬剤師さんがいると、つい甘えてしまうものである。隣のデスクの同僚は、調剤薬局の勤務経験もある、薬剤師だった。ちなみに、私よりも後に中途入社した、八人中まだ病に倒れていない二人の内の一人である。もしかしたら今頃倒れているかもしれない。ついでに言うと、無事なもう一人は今年度の新入社員であり、全員が病に倒れるのが時間の問題であることは明らかだ。

「○○さん……このレバミピドってやつって、一日に四回とか飲んでも大丈夫なやつですかね?」

「あー。これは、全然……全然って言ったらあれですけど、刺激の強くないもんだから、気にしなくて大丈夫ですよ」

「良かったー。なんか、ロキソニンの方は六時間空けろとか四回までとか結構色々言われたから、心配になっちゃって」

「あー、ロキソニンですねー」

 薬剤師氏は苦笑する。

「僕も薬局にいたときはそういう風に必ず説明してたんですけど、ぶっちゃけ、そんなに厳密に気にしなくても大丈夫なんですよ、稀に胃とかが弱いとちょっと大変なことになっちゃうんですけど。あまりに痛みとかひどい患者さんとかだと、一回に二錠とか飲むこともあるし……」

「え、そうなんですか」

「まあまあ、本当に副作用出ちゃう人もいるから、大きな声では言えないんですけど。……それ、結構頻繁に飲んでる、感じなんですか?」

「そうですね、一日三回の処方で、夕べ夜も飲んじゃったんで……」

「うーん」

 これが薬局のカウンターでの薬剤師さんと患者の会話だったら何か言いたくなる流れなのだろうが、あくまで同僚との世間話なので突っ込まないでおこう、と思ったのか、そこで彼は口をつぐんだ。

 とりあえず、ロキソニンの「六時間間隔」にはさほどこだわらなくて良いことが判明して、少し気が楽になった。我慢せずに、痛くなったら飲むことが出来る。

 私は小さい頃から腹はよく下すが、胃が弱いという気はあんまりしないので、そういう点ではラッキーだった。今回の病で、細々した小さな「ラッキー」の積み重ねが結構あるな、と思った。

 とはいえ飲み過ぎはよくないだろうから、できるだけ一日四回以内で、できるだけ効き目が途切れないように、と計算をして服用を試みた。

 火曜夜は、寝る直前にロキソニンを服用することで、早朝まで覚醒することなく寝続けることが出来た。多少の痛みはなくもないが、とりあえず動ける、と思って仕事をし、帰宅し、同じリズムで行けば金曜日までは生き延びられるかもしれない、と思っていたが、木曜の朝は痛みと共に起床、しかも熱を測ったら37℃前後の微熱があった。

 金曜日は元々通院のための有給を取得している。その翌週の月、火曜日は、どうしても他人に任せられない業務があって、そのための準備をしておきたかった。

 ロキソニンを急いで服用し、なんとか動けるようになるまで待って、出勤し、必死に最低限の仕事をし、「微熱があるので大事をとって早退させてください」と午後で帰宅した。

 帰宅してから熱を測ったら、熱は平熱まで下がっていたので、有給がほぼなくなっている状況もあって、「帰る必要なかったかな」と思いつつ、いや、でも、念のためにできるだけ身体を休ませるのも重要……などと思いながら、その日は早めに就寝した。痛みも熱もあまりなく、明日病院で何かわかるといいな、という多少のるんるん気分でベッドに入った。


 悲劇はその翌朝に起きた。


 午前四時頃だったと思う。

 目が覚めると同時に、私は身動きが取れなくなっていた。

 猛烈な悪寒に襲われ、身体が激しく震えていた。

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