第6話 日記

四月九日


 目が覚めると、枕元に四葉のクローバーが置かれていた。たぶん昨日遊んだ公園で朱里が見つけたものだろう。キッチンにいる朱里に「ありがとう」と言うと、「しーらない」と言って、逃げるように私の前から去った。あのしてやったりと言わんばかりの笑顔が見れてうれしい。さあ今日も仕事だ。



 四月十三日


 コンビニの仕事が五時に終わったとき、朱里がランドセルを背負って入り口で私を待っていた。好物のポテトを食べたかったのだろう。安売りしていたのを覚えていたらしい。帰り道に朱里が入り口にあった旗には何が書いてあるのかときいてきた。「自給八百円、アルバイト募集って書いてるのよ」「じきゅう?」「一時間働いて、もらえるお金が八百円ってこと」「ふーん」朱里の顔は何かをたくらんでいるようだった。


 六月十日


 朱里が私の部屋にあるお気に入りの時計を壊してしまった。わざとではないのはわかっているが、ちょっとショックだ。その日朱里は私と口をきいてくれなかった。帰りが遅い、何をしているのだろう。




 七月十二日


 朱里が入院してからもう一か月が経つ。目覚めるのはいつだろう。仕事は当分の間休職することにした。最悪の誕生日だ。



 十二月二十四日


 クリスマスを祝う気にはなれなかった。この日は旦那も有休を使ってそばにいてくれた。あのしてやったり顔が、また見たい。






















  六月二日


 あれから二年がたった。医者にもう目覚めないかもしれないといわれた。轢逃げをした犯人への怒りは、最早諦めに代わっていた。




  十二月十一日


 朱里に今日は何を話そうかと思ったが、何もなく、ただ黙って朱里を見ていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。目が覚めると、コンビニのマネージャーの福ちゃんがきていた。コンビニに戻っておいでと言われた。今の自分の状態がよくないのはわかっている。そんな簡単に逃げ出していいのだろうか。レジ袋の中のおにぎりはおいしくて、不思議と涙がこぼれそうになった。髪はいつから切ってなかっただろうか。



 十二月二十日


 久しぶりのコンビニの仕事は、すべてを忘れて自分を殺すにはもってこいの仕事だった。前の店とは違うところだが、なんとかなりそうだ。


 三月三日


 働く店舗をいくつか増やした。旦那には止められたが、知ったことではない。何かをしていなければ、自分が壊れてしまいそうだった。不思議なことに、福ちゃんから誘われた最初の店にいると、心が安らいだ。



 五月八日


 数日同じ値のレジマイナスが出ていることを、生意気なバイトの男の子が言ってきた。幽霊の仕業だと言い出す始末だ。なかなか面白い話だけれど、勘弁してほしい。けれど監視カメラで、一部の時間帯だけにノイズが走るのは不気味だ。万引きがこの時間帯に発生したらどうしようか


 五月二十日


 バイトの子が例の件は解決したと言ってきた。それならそれに越したことはないが、なぜこの時間帯だけ映らないのだろう。修理を業者に頼んだが、原因はわからなかった。


 六月十三日


 商品の陳列が最近きれいだ。バイトの子は仕事が雑なのがキズだったのに、珍しい。


 六月二十日


 バイトの子が店舗を変えたいと言ってきた。理由ははぐらかされた。とりあえず明日には山西店の小西に言っておこう。断る理由もないはずだ。


 六月二十一日


 強盗が店に押し入った。監視カメラは起動していたが、その光景は無残極まりなく、見ているだけでつらかった。バイトの子はあれを見越していたのだろうか。


 六月二十九日


 バイトの子のお見舞いに行く。ぐっすり寝ていた。腕の包帯が痛々しい。とりあえずおにぎりをいくつか置いておいた。強盗の事件から、カメラの異常はなくなった。その代り、店に漂っていた奇妙な居心地の良さが薄らいだ気がした。

 そしてまさか娘の部屋の向かいに入院するなんて皮肉な話だ。娘はいつものように、今日も目覚めない。


 

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