軍師編 アナザーエピソード1 悪党の休日
息子の力を借りてロッシ・チームは壊滅させた。いよいよバートの家族の仇を打つ時が来たのだ。
アンチェロッティファミリーとグラゾフスキーファミリー、二つの巨大マフィアを共食いさせる計画を始める前に、私は休暇を取る事にした。地球からこの星に来て以来、休みらしい休みを取っていなかったからだ。官僚時代の私は仕事しか考えていない人間だったが、今の私は違う。大切な家族がいる。そして円満家族を維持する為にも、家族サービスは大事だ。
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神難近郊の
甲田、乙村、丙丸の三人は覇人なので温泉宿の楽しみ方はよく知っている。不慣れだったのはバートとアイリ、だがアイリは子供特有の順応の早さですぐに温泉宿の楽しみ方をマスターしたようだ。
「ぷはっ!お父さん、冷たいコーヒー牛乳って最高だね!」
誰にも言われずとも、風呂上りにコーヒー牛乳を腰に手をあてながら一気飲みする愛らしい姿、私の娘だけあって温泉宿マスターの素質があるようだな。
「うむ、風呂上りにはコーヒー牛乳に限るな。」
「アイリはコーヒー牛乳でいいとして、大人の我々はビールでよさそうなものですが……」
XLサイズの浴衣を探してもらったものの、
「やれやれ、これだから温泉宿ビギナーは困るんだ。なにもわかっちゃいない。」
「わかっちゃいない~♪」
「あなた、アイリ、おふざけはほどほどにね?」
なにを言う。おふざけはこれからだ。
「では、家族チームVSセクションDチーム対抗、温泉卓球大会を始めるぞ!」
マッサージ椅子で体をほぐしつつ、型遅れの扇風機で涼んでいた甲乙丙が立ち上がる。
「ボス、温泉卓球とはいえ手は抜きませんよ? 勝負事で負けるのは大嫌いなんです。」
そう言った負けず嫌いの甲田君はウォーミングアップを始め、用意周到さが取り柄の乙村君はスリッパラケットマッチに備え、下駄箱から手に馴染むスリッパを物色し始める。丙丸君は、さりげなく扇風機の角度を変えたか。私の死角で細工を施すあたり、なかなか抜け目がないが、残念だったな。窓ガラスに細工する姿が映っていなければ、扇風機の風力を利用したカーブボールでひと泡吹かせられただろうに……
(アイリ、試合が始まったら扇風機のスイッチを切るんだ。丙丸君は…)
(扇風機サーブを狙ってるんだね!スイッチを切るんじゃなくて、向きを変えた方がよくない?)
扇風機サーブを知っているのか!……なぜアイリは温泉卓球の奥義を知っているのだ?……そうか、アイリのパパ、ヘンリー・オハラは日本通で権藤の友人。温泉文化に親しんでいても不思議はない!
(うむ。丙丸君のコートに向けて角度を変えてくれ。お父さんが温泉卓球の神髄を見せてあげよう。)
テレパス通信は本当に便利だな。内緒話には最高だ。
(温泉卓球の神髄!なにそれなにそれ!)
(フフッ、温泉卓球究極奥義、それは分身扇風機魔球だ!)
お父さんとして、パパには負けられん!ぶっつけ本番だが、分身魔球に扇風機サーブを加える超絶難度の荒技をやってみせよう!
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釣り堀に向かうクルーザーの船上で、私は昨夜の激闘に思いを馳せる。甲乙丙は温泉卓球に精通した強者達で、財務省最強の温泉卓球の名手と呼ばれた私をおおいに苦しめてくれた。なにせ相棒のバートがまるで頼りにならないのだから苦戦はやむなし、だが、甲乙丙にも誤算があった。妻の風美代が私に勝るとも劣らない温泉卓球の名手であると知らなかったのだ。最初は猫をかぶって、偶然に見せかけながらポイントを重ね、本性を悟られたとみるや、エグい技で決めにかかった風美代の前に甲乙丙は敗れ去った。そう、私と妻は最強の温泉卓球ダブルスなのだ。
フフッ、風美代が妊娠するまでは、よく二人で温泉地を旅行したものだな。今の私はかつての自分が、何故に権力の階段を昇る事に取り憑かれてしまったのか、本当にわからん。一つしかない事務次官の椅子なんぞより、家族や仲間と座る温泉宿のマッサージ椅子のがよほど座り心地がいいというのに……
「お父さん、アイリね!もっと背が伸びたら、お兄ちゃんと温泉卓球をやるんだ~♪」
娘と一緒の船旅で、頬に感じる潮風か。これぞ父親の醍醐味だな。
「……そうか。カナタに温泉卓球を教えてやってくれ。」
「うん♪ はやくおっきくなりたいな~♪」
「その為にはちゃんとピーマンも食べないとな?」
「えっ!?」
「アイリがピーマンが苦手な事ぐらい、お父さんにはお見通しだ。アイリは上手く口実をつけて、風美代がピーマンを使う料理を作らないように仕向けている。地球にいた頃、スーパーに食材を買いに行った時にもピーマン棚の前から私達を遠ざけていた。」
「……マ、ママには内緒だよ?」
「ああ。お父さんとアイリの秘密だ。」
娘の頭を撫でてやりながら、近付いてくる第二ラウンドの舞台、海上釣り堀の風景を眺める。今日も楽しい一日になりそうだ。
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海上釣り堀も今日は貸し切りにしてある。地位があれば金はついてくる。そして金は使うべき時に使う。私達家族とチームの安全の為に金を惜しむ理由はない。息子の伝手のお陰で、この世界でも地位を得た。地球とは違って社会的地位ではなく、黒幕的地位だが。……もう窮屈な社会的地位など私には無用。私はこの歪んだ世界の闇に生きる黒幕、そして日の当たる世界で英雄となる息子の黒子なのだから。
「温泉卓球では不覚を取りましたが、釣り勝負では負けません!なんたって私は漁師の娘なんですから!」
甲田君の負けず嫌いは今日も健在だな。甲田君のご両親が漁師なのは知っている。だが、自然界が相手の漁師と釣り堀の釣り師は勝手が違うという事を教えてあげよう。
「では今日も家族チームとセクションDチームでの勝負だ。匹数ではなく重量の勝負、一番の大物を釣った人間には大物賞も用意してあるから張り切ってくれたまえ。」
おおっ!と元気よく応えた家族チームとセクションDチーム。さぁ、勝負開始だ!
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海上釣り堀は朝一が勝負だ。理由はわからないが、朝一には魚の活性が上がり、連続ヒットが見込める。ここでまとまった釣果を上げなくては敗北は必定、この勝負のクライマックスはド頭にあるのだ。
フフフ、少年時代に親父と一緒に鍛えた腕前を見せてやるぞ!
私は次々と鯛を釣り上げ、桟橋から海中に垂らされた網カゴに放り込んでゆく。私の隣ではバートが良型の鯛をこなれた手捌きで釣り上げている。……ほう、温泉卓球では戦力外だったバートも、釣りでは戦力になってくれるようだな!
「バート!飲み込まれた針は切れ!針外しに時間を掛けるより、新しい仕掛けに切り替える方が早い!余った木椅子に仕掛けを刺してあるだろう!」
「了解!釣り堀ってこんなに釣れるものなんですね!」
「30分ほどだけだ!すぐに活性は止まる!それまでに数を上げておくんだ!」
海上釣り堀の怖いところはそこだ。朝一の活性を逃せばボウズだってあり得る。釣れなくても鯛を三匹、土産に持たせてくれるがな。だが、土産にもらった鯛には有難味がない。釣り堀だろうと、いや、有料釣り堀だからこそ釣ってナンボだ。
手早く釣果を稼ぎながら、二人で一つの竿を担当する妻子の様子を確認する。風美代とアイリはやはり戦力外か……
漁師の娘とはいえ、甲田君が釣りの達人だったのは誤算だったな。
「やるな、甲田君!女一人と男二人、戦力は釣り合っていると思っていたぞ、釣りだけにな!」
「ボス、そのシャレはちっとも面白くありません!」
わかってるさ。セクションDチームを脱力させるのが目的のダジャレだ。カナタのお仲間にもそんな坊主がいたはずだ。釣りにボウズは験が悪いな、ボウズだけに……いかん、私が脱力しそうだ。
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釣り始めてから30分が経過、アタリが止まったな。ラッシュアワーはここまで。ここからは持久戦だ。
練り餌だけでなく着色したササミや、風美代が悲鳴をあげた虫餌など、手を変え品を変えてかなりの釣果を稼いだが、3対2では分が悪い。……私も甘いな。まさか甲田君が釣り名人だとは思わなかった……
休憩がてら、缶ビールを片手に両チームの網カゴをチェックする。私に網カゴを覗かれた甲田君はニヤリと笑った。優位を確信しているのだ。
ひーふーみー……やはり我が家族チームは劣勢か。私の釣果に大鯛が混じってくれたお陰で、匹数差ほどの重量差はないが、劣勢は間違いない。挽回するには鯛ではダメだ。ツバス、いや、ツバスでは……カンパチ、ハマチ、ブリといった大物の青物が要る。
「バート、賭けに出よう。この小アジを使うんだ。」
私は仕掛けから練り餌を外し、小アジに切り替えた。
「コウメイ、狙いは分かります。ですが小アジを使えば数を見込める鯛が掛からなくなって……」
練り餌は万能で鯛も青物も掛かる。だが青物を狙うなら練り餌より小アジのがいい。
「ああ。鯛は小アジを食べない。だが小アジを使えば、ヒット=青物確定、逆転の為には……」
「……そうですね。賭けに出ましょう。それしかなさそうだ。」
賭けに出た元官僚と現役殺し屋の様子を窺っていたセクションDの面々は、ヒソヒソと相談を始めた。
出た結論は練り餌を継続。鯛を釣って差を広げつつ、ラッキーヒットの青物が掛かればそれで良し、か。合理的な戦法だな。
……きたっ!青物だ!
「みんな竿を上げてくれ!青物は横走りする!」
これが青物狙いのもう一つの狙いだ。青物を賭けた釣り人がいた場合は、同じ生け簀の釣り人は竿を上げての待機がマナー。釣果を稼ぎつつ、足止めも可能なのだ。
この手応えはブリではない。カンパチかハマチ、だが青物釣りにはもう一つ特徴がある。……掛けたカンパチの姿が見えた。案の定、走るカンパチの後ろを青物の群れが追走している。青物はなぜだか掛かった魚の後ろを追走する癖があるのだ!
「バート、私の掛けた青物の後ろに…」
「ボス、青物を上げるまで仕掛けを入れるのはナシです。それがマナー、でしょう?」
クッ!丙丸君には見透かされていたか!掛けた青物の後ろを走る青物をバートに釣らせる算段だったのに!
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カンパチ一匹では起死回生とはならない。そして青物はそうそう掛かるものではない。幸い、セクションDチームのアタリも止まってはいるが、残り時間は僅か。敗色は濃厚だ。
「……コウメイ、釣り堀に河豚っていないんですか?」
すっかり諦めモードになったバートが葉巻を燻らせながら、愚にもつかない事を訊いてきた。
「いる訳ないだろう。素人が調理出来ない魚を釣らせてどうするんだ?」
「鯛やカンパチも美味しいですが、やっぱり河豚がいいですよ。」
……バートの河豚好きはもう病気だな。
「わっ!掛かったよ、お父さん!」
叫ぶ娘の持った竿は大きくしなっている!これは大物だぞ!
「待ってろ、アイリ!すぐに行く!」
娘と一緒に竿を持ったが、なんだ、この手応えは!引くというより重い!細かな振動がなければ根がかりだと勘違いしただろう。
「これってヒラメさんじゃないよね? アイリね、ヒラメさんが好きだから、タナを深くして根魚を狙ってみたんだ~♪」
ナイスだ、娘よ!ヒラメではなさそうだが、大物には違いない!
悪戦苦闘の末、姿を見せた魚影を、長い手でタモを持ったバートが掬い取る。……こ、これは、まさか!
「すっごくおっきいね~。こんなお魚、アイリは見たことないよ。お父さん、このお魚はなんてお名前?」
「……クエだ。……信じられない……」
海上釣り堀にはヒラメやシマアジといった高級魚も放してある。この釣り堀には超目玉としてクエも放してあったのだろう。おそらく生け簀に一匹しかいないクエを釣りあげるとは……大した娘だ!
あんぐり口のセクションDチームに向かってVサインする娘を私は抱き上げて、頬ずりする。そしてタイムアップの鐘が鳴った。
地団太を踏む負けず嫌いの甲田君の肩を乙村君がポンポンと叩き、サバを釣った訳ではないが、サバサバした表情の丙丸君が呟いた。
「ボス、今夜はクエ鍋ですね。」
そう、今夜は温泉宿でクエ鍋パーティーだ。
「風美代、捌けそうか?」
「クエを捌くには本職の使うような調理道具がないと無理ね。宿の板長に頼みましょう。」
勝利した家族チームでハイタッチをしてから、皆で撤収の準備を始める。まずはクルーザーのクーラーボックスに、娘と一緒にクエを積み込んで、と。
このサイズなら7人前の鍋に天ぷらを作っても余りある。タラではないがタラ腹クエそうだな、クエだけに……
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