クローン兵士の日常 外伝&設定資料

仮名絵 螢蝶

軍師編 犯罪者の食卓



私とバートの共同生活、家事は分担制だ。家電用品は地球より進んでいるから楽なものだが。


ルンバより数段賢いお掃除ドローン、汚れ物を放り込んでスイッチを入れればいいだけの洗濯機、ネコ型ロボットのポケットから出て来たようなアイテムがこの世界では実用化されている。


さて、今日の朝食当番は私だ。フランスパン、いや、フラムパンをトースターに入れて、ベーコンエッグを作る。サラダはスライストマトとコールスローでいいだろう。


仕上がった品をテーブルに並べ、コーヒーを淹れる。仕上げにワグナーの音楽をかけた時に、バートが寝室から現れた。


「いいタイミングだったみたいですね。おはよう、コウメイ。」


「おはよう。昼食のオーダーがあったら今のうちに聞いておこうか。」


食材に限らず、買い物に行くのはバートの仕事なのだが。私の顔は有名兵士と瓜二つ、外出は極力控えた方がいいという結論になったからだ。


「昼には、コウメイの言っていた鉄板焼きナポリタンとやらに挑戦してみましょうか。さほど難しくはない料理の様ですし。」


「それはいいな。風美代がこの世界に来るまではお預けかと思っていたのだが、自分で作ればいいだけの話だった。」


それに風美代とアイリは、この世界に来ずに済むなら、それに越した事はない。


「パスタと卵はまだあったはずですね。後の材料はグリーンピースとタマネギとマッシュルームにウィンナーでしたか。」


パンにバターを塗りながら、バートは買い物リストを確認してくる。


私はベーコンエッグに塩コショウを振りながら答えた。塩コショウは下味だから控え目でいいだろう。


「マッシュルームは普通のではなく、缶詰のだぞ?」


「普通のが美味しくありませんか?」


「他の料理にならそうだが、鉄板焼きナポリタンにだけは缶詰じゃないとダメだ。これは非常に大事な事なんだ。」


「……そのこだわりはイマイチ理解出来ません。」


「それからウィンナーは安物をチョイスしてくれ。これも大事な事だ。」


「………」


コーヒーを啜ってから閉口するバート。鉄板焼きナポリタンを知らないのだから無理もないが、事の重要性が理解出来ないらしい。これは念を押しておく必要があるな。


「安物で不自然に赤~いウィンナーだ。間違えないでくれよ?」


「……人工着色料がバリバリのアレですか?」


「そう、人工着色料がバリバリのアレだ。」


「……あまり食欲がそそられませんよ、アレは。」


「バート、茹でソーセージにマスタードを付けてビールを飲もうというなら、腸詰めの天然品がいいに決まっている。だが、鉄板焼きナポリタンなんだぞ?」


「……握り拳で力説するほどの事なんですか?」


「バートは温泉宿の宴会にネクタイを締めて出席するのか? 温泉宿の宴会には浴衣を羽織って出るだろう?」


「覇人、いえ、日本人でしたね。日本人特有の習慣を例えに出されても、私にわかる訳がないでしょう。付け加えれば私は温泉宿に宿泊した事もありません。」


……幸の薄い男だ。温泉宿の良さを知らずに生きてきたとは……


「可哀想な話だな。温泉宿は至高の癒しを与えてくれる場だというのに……」


「心底可哀想な目で見ないでください!言っておきますが温泉は日本や覇国の専売特許ではありません!スパ併設の高級ホテルになら行った事はありますよ!」


「スパ併設のホテルには卓球台はあるのか?」


「……ビリヤード台ならあります。」


「……フッ。」


「なんですか!その勝ち誇った笑いは!」


「バート、まず温泉に浸かってだ。風呂上りによく冷えたコーヒー牛乳を腰に手をあてて一気飲みし、おもむろに温泉卓球に勤しむ。この一連の流れこそが様式美であり、至高の癒しなんだよ。スパ併設の高級ホテルにそんな癒しがあるのか? ちゃんちゃら可笑しいな。」


「まず聞きたいのですが、風呂上りにコーヒー牛乳を飲むのはいいとして、腰に手をあてる必要があるんですか?」


「バートはボクシングの経験があったな。ファイティングポーズも取らずに、ただ殴り合うのがボクシングではあるまい?」


「……わかるようなわからないような……それから温泉卓球とはなんですか? 卓球とどう違うんです?」


「温泉卓球とはピンポンに似てはいるが、別種の競技だ。両手にラケットを持ってもいい。」


「ラケット二刀流!? サーブはどうするんです!」


「卓球台に置いたピンポン玉をラケットで挟んで上に投げる。私のような上級者だと普通にサーブしてから、口に咥えたラケットを構えたりもするがね。」


「……それが上級者のテクニックなんですか?」


「ああそうだ。自慢ではないが私は温泉卓球で負けた事がない。財務省最強の温泉卓球の名手「分身魔球の光平」とは私の事なのだよ。」


熱海や伊豆、果ては箱根にまで雷鳴を轟かせた懐かしい過去を私は思い起こしていた。風美代やアイリがこの星に来たなら、家族で温泉に行こう。


「コウメイ、分身魔球とはなんですか!? まさかピンポン玉が分裂するのですか?」


「いや、ピンポン玉を3つ持ってサーブするだけだ。」


「分身してませんよ!ただの反則サーブじゃないですか!」


「ピンポンとはルールが違うんだよ。分身魔球は温泉卓球では認められている。言っておくが分身魔球には高度な技術が必要なんだぞ? 3つのピンポン玉をちゃんと相手陣に収めるのには修練が必要だ。4つも5つもピンポン玉を握ってサーブする未熟者もいるが、そんな事をしても相手陣に入るのはよくても2つ、悪ければ全滅。長年の研究の結果、分身魔球の理想は3つ、これが私の結論だ。」


「……もう訳が分からない。」


「フフッ、温泉卓球の魅力はこんなものではないのだぞ。変則マッチの多彩さにもあるのだ。」


「例えば?」


馬鹿馬鹿しいと思っているのに、気になってしょうがないようだな。それが温泉卓球の魔力だ。


「……そうだな。例を挙げれば、ラケットではなくスリッパを用いる場合もある。温泉卓球をマスターしたければスリッパ打ちの心得もなければならない。温泉備え付けのスリッパでスマッシュを決めた時の爽快感は、温泉卓球にしかない魅力だ。」


「……お、おかしいですよ!? 馬鹿馬鹿しいと思っているのに、なんだか楽しそうにも思えてきました!!」


フッ、堕ちたな。ここに新たな温泉卓球選手が誕生したようだ。


おっと、朝食をとる手がお留守になっていた。いつものように、まずサラダからだ。


「コウメイはスライストマトは塩で食べるのですね。」


「半分はな。残りの半分は胡麻油で食べる。」


私が卓上の胡麻油に伸ばした手をバートは掴んだ。


「待ってください。トマトを胡麻油で食べるんですか? オリーブオイルではなく?」


「オリーブオイルより胡麻油のが合うよ。間違いない。」


「なにを言っているんですか!オリーブオイルのが合うに決まってます!」


「アイリもそう言っていたが……いや、いくら可愛い娘の言う事でも自分の舌に嘘はつけん!胡麻油のが合うんだ!」


「コウメイの娘さんは事実を指摘していたんです!事実は事実として認めるべきです!オリーブオイルは地方によっては洗礼にも使われるんですよ!」


「バート、君は棄教したんじゃなかったのか!?」


「それぐらい由緒ある調味料だと言いたいんです!」


「胡麻油にだって由緒も伝統もある!ヘルシーだしな!」


「オリーブオイルだってヘルシーですよ!」


そこで私達の議論は止まった。私もバートも、栄養素に関係なくカロリーを摂取出来ればいいバイオメタルだったという事に気付いたからだ。


「冷めないうちに食べましょうか。」


「そうだな。マヨネーズを取ってくれ。」


「トマトにかけるんですか?」


「トマトは塩と胡麻油で食べると言っただろう。目玉焼きにかけるんだよ。」


「はい? 目玉焼きにマヨネーズ? そこはケチャップでしょう!日本人だったら醤油ソイソースでもいいですが!」


「醤油も使うさ。目玉焼きは醤油マヨで食べるのが旨い。」


「醤油マヨ? なんですかそれは!コウメイ、貴方は浴衣の上からズボンを履くんですか?」


「和洋折衷と言うのだよ!あんパンは美味しいだろう!」


「うぐっ!確かにあんパンは美味しいですが、それとこれとは話が別です!」


私とバートの価値観の相違を埋めるのはなかなか大変そうだ。……楽しいからいいがな。




もし、叶うのなら私の家族とバートで食卓を囲んでみたい。騒々しいが賑やかな食卓になるだろう。



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