花火

伴美砂都

花火

 二階のベランダから見る景色は背の低い工場と空き地で、夜は暗い。

 ずっと遠くの川向こうの小さな小さな灯、空は夏の赤っぽい夜空の色、そこに花火が上がる。

 「今日は花火大会があるらしいよ」と、情報を仕入れてくるのはいつも母だ。


 妹と二人でベランダに出て、花火が始まるのを今か今かと待つ。

 やがて夜空に大輪の花。遠くから見るぶん迫力は半減するが、私たちは歓声を上げてその光の花を見る。母は少しだけ一緒に眺めるだけで、西瓜を切ると言って階下へ降りて行く。

 いつもは夕食後ずっと自室で過ごす父も、珍しくベランダに出てくる。「今日は父さんの会社がキョーサンした花火が上がるぞ、ほらきっとあれだ、スターマイン」協賛、の意味がわからない子供だった。でも、ほろ酔いの父はどこか誇らしげだ。



 はっ、と、目覚める。6時45分、飛び起きる。寝坊しそうになるときはいつも、幼き日の故郷の夢だ。

 今、ふるさとを遠く遠く離れた。花火は、二度見た。でも、いつも夢に見るのは、ギシギシの実家のベランダから見た、あそこの花火。


 私が眠るとき、もう一人の私は過去を生きているのかもしれない。それほどの鮮明さと、もう届かないものの恋しさ、愛おしさが喉もとを震わせ、やがて去って行く。

 瞼の裏に向う岸の花火を焼き付けて、今日を生きる覚悟を、毎朝する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

花火 伴美砂都 @misatovan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る