第397話合同イベント「万葉集 笠女郎の恋」(2)
華音と教師たちによる笠女郎の歌は、第二首目になった。
「陸奥の 真野の草原 遠けども 面影にして 見ゆといふものを」
これも、伊集院洋子が詠唱すると、萩原美香が現代語訳。
「あの遠い陸奥の真野の草原でさえ、遠くても面影で見えると人は言うのに」
解説を田中蘭。
「陸奥の真野の草原は、今の福島県南相馬郡あたり。深く思っていれば、当時の社会では、どれほど遠くても面影には見えると言われていたのでしょう」
華音が続く。
「つまり、本当の意味、気持ちは、その次に隠されています」
「家持様、貴方と私の家はすごく近いのです。でも、これほど近いのに、貴方は面影さえにも立ってくれませんと、家持を柔らかに責めます」
大塚由美が、哀しそうな顔。
「おそらく、この歌の時点で、笠女郎と家持はすでに愛を語り合い共寝をしています」
「しかし、その後の訪れがない、相手にもされていません」
「しかし、その辛い思いは、直接には歌に詠んでいない、送った歌から、家持様、私の思いをわかってくださいと、柔らかに訴えるような感じなのです」
「もしかして、遊ばれただけかも、と思っているけれど、この時点では、まだ少し希望を残しているような、不安なような」
聴衆はこの時点で、笠女郎の失恋を予感したのか、「はぁ・・・」とため息をつく人が多くなっている。
華音が第三首目を、その甘い声で詠唱。
「奥山の 岩本菅を 根深めて 結びし心 忘れかねつも」
萩原美香が、現代語訳。
「奥山の岩の下の菅の根が深く伸びるように、貴方のことを深く慕って結婚の約束をした、契りを結んだ心を忘れることは、私にはできないのです」
解説を伊集院洋子。
「奥山の岩本菅は、人里離れた人のあまり足を踏み入れたことのない深い山にひっそりと生えている菅、つまり笠女郎の恋は身分違いもあって、世間には秘密にしなければならない」
「しかし、その根は深い、思う心も深いのです」
田中蘭が続く。
「結びし心、深い心で結び合ったはずの心、もちろん身体もあると思います」
「家持様、貴方はどう思っても、私は忘れることなど、貴方から身を引くことなどできないと、ここでも訴えるのです」
大塚由美がまとめに入る。
「家持様、私とあの時、しっかり契ったでしょ、私は忘れることは無理です」
「だから、あなたも忘れないでね」
「訪れがなくなった家持への不安と不信を払い除きたいと、歌を贈り確認を求めている」
「一見、強い気持ちを贈りながら、格下の女としては、不安と不信に揺れているのです」
ますます聴衆が笠女郎の恋歌の世界に取り込まれる中、河合学園長と吉村学園長は、驚いている。
河合学園長
「ここまで教師が仕事以外で、真剣になるとは」
吉村学園長
「笠女郎の歌、そのものが千三百年を超えて、特に女性の共感を呼ぶのでしょうか」
河合学園長
「華音君が提案した笠女郎、それに引き込まれましたね」
吉村学園長は少し笑う。
「そうですね、何につけ、人を引き付ける力が強いのかな」
さて、舞台裏で華音と教師たちのスピーチを聞いている女子生徒たちは、緊張が高まっている。
「やばい・・・華音君と教師たち、説得力がある」
「うーん・・・私たちは私たちなりに」
「出来ることしか出来ないって」
「足が震えて来た」
「一首ごとの拍手が大きすぎる」
「もう三首目が終わりそう・・・」
「わーー・・・ドキドキして来る」
華音と教師たちによる三首の紹介が終わった。
地鳴りのような、ものすごい拍手が、大講堂に湧き起こっている。
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