第390話華音と教師たちの共同作業

華音の学園とシルビアと春香の学園の笠女郎の現代語訳の共同作業が始まった。

尚、華音と教師たちは、第三巻の連作三首と、第八巻の二首の現代語訳を受け持ち、第四巻の連作二十四首は女子生徒が受け持つことになった。

また教師たちは学生からの質問に即時答える「辞書」としての役目も併せ持つ。


華音が教師たちと作業を開始する。

「とりあえず、今日は第三巻の三首です」

「最初は、託馬野に 生ふる紫草 衣に染め いまだ着ずして 色に出にけり」


すぐに華音の担任萩原美香が現代語訳をする。

「託馬野に生えている紫草で衣を染めたのですが、まだ着てもいないのに、色に出て、人に知られてしまいました」


シルビアと春香の学園の古文教師伊集院洋子が、すぐに解説。

「万葉集の中で、万葉集の編者、大伴家持の名前が出る最初の歌ですね」

「託馬野は、紫草の産地になるだろうけれど、所在は確定されていません」

「おそらくは、現在の滋賀県米原市朝妻筑摩の野とも言われておりますが」


華音の学園の文学研究会顧問田中蘭が続く。

「家持という紫草で笠女郎の心が染まったという意味」

「まだ着てもいないのに色に出たとは、その想いが成就してもいないのに人に知られてしまったということ」

「自分からこんな情熱的な歌を家持に対して贈るんですよね」

「本当に家持が好きでたまらない、この笠女郎という女性は色に出る、人に知られるのも当然なほどに家持への想いを隠しきれない人だった」


シルビアと春香の学園の日本史教師大塚由美は、うっとり。

「そういう歌が詠めたのが万葉時代、その後はここまでははっきり詠みません」

「現代の恋愛ソングでも、ここまではなかなか」


そんな様子を見た吉村学園長と河合学園長は目を細める。

吉村学園長

「実に楽しそうに協力関係が出来ていますね」

河合学園長

「華音君が上手に話を振って、教師たちが乗せられています」

「華音君の話を聴く表情が、周囲の人を本気にさせる」


華音と教師たちは、次の歌に取り組む。

華音

「陸奥の 真野の草原 遠けれど 面影にして 見ゆといふものを」

萩原美香

「陸奥の真野の草原でさえ、遠くても面影に見えるというのに」

伊集院洋子

「陸奥の真野の草原は、遠いものの象徴、その遠い陸奥の真野の草原でさえ、面影で見えるのに、あなたの面影がこんなに近くにいるのに全く見えない」

「それは、あなたの気持ちが、私にないからなのです」

田中蘭

「これは、女性として、泣けます」

「辛いですよね、大伴家持が好きで仕方がなかった笠女郎」

「それなのに、家持は全く姿を見せない、だから、陸奥の真野の草原の話まで持ち出して、訴えかける」

大塚由美

「あなたはこれほど近くにいるのに・・・その辛い思いが時に、ありえないほどの事例を持ち出すんですよね」

「これは女子高生だけでなくて、全ての女性が感じ入る話」


華音は、次の歌を詠む。

「奥山の 岩本菅を 根深めて 結びし心 忘れかねつも」

萩原美香

「奥山の岩の下の菅の葉の根は深いのです、その根と同じように、深く思い合って、契りを結んだ心を忘れることなどはできないのです」

伊集院洋子

「これは心も体も契りを結んだ、しかし・・・」

田中蘭

「家持は、その時限りかな・・・笠女郎は思い続けるけれど」

大塚由美

「それは大伴家の御曹司と、身分違いの女だけど・・・わかっていても辛いよね」

「遊ばれただけかな・・・結局」


華音と教師たちの作業は実に連携が上手に取れ、笠女郎の恋歌の世界に深く入っている。

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