第386話考え込む華音 思い出す禅僧の言葉 そして地蔵菩薩の諭し

華音は、座禅を組みながら、考えていた。


「明美さんの言葉がショックで、奈良に帰って修行をし直そうと思った」

「今までのこと、東京に出てきてからのことを、全て否定されたような気がした」

「危険で迷惑な自分だったのか」

「そんな程度の自分だったのか」

「となると、もう一度修行し直しかな」

「それでも、この学期中は東京を去るのも迷惑かな」

「最初に思った通り、言った通り、この学期中は大人しくして、目立たないようにして過ごして」

「新学期から奈良の学園に戻る」

「いや・・・修行不足を考えれば、学園にも戻らず、山に入るかな」

「そして、世間並の人間になるまで修行して」

「何年かかるか・・・一から出直しになると・・・また、暗い山道に入らないとならないのかな」


華音は、様々に思い悩む。


「引き留めてくれるエレーナには泣いてしまった」

「恥ずかしいけれど、今までを全部否定された自分にはうれしかった」

「救いの道かな、光の道が見えた」

「ここで恥ずかしい思いをしながら、我慢して留まるのか」

「それとも、全てを断ち切って暗い山に籠るのか」


「親しくしてくれた先生や学園のみんな」

「官房長官や総理」

「祖父さんの貿易会社の人たち」

「ここで帰ると、約束を破ることになるのかな」

「それも、失礼かな」

「申し訳ないな」



「素直に・・・なりなさい・・・か・・・」

華音は、子供の頃に禅僧に聞いた言葉を思い出した。


「この世は、一寸たりとも止まらない無常の世なのです」

「見える景色も同一のものはなく」

「人は、様々な思いや状況に振り回されて生きるのです」

「でも、それを恥じてはなりません」

「それが当たり前なのです、順調ではないのが当たり前なのです」

「いい時もあれば、苦難に沈む時があって、当たり前なのです」


「驚くこともなく、素直に受け止めたら、どうでしょうか」

「精一杯、素直に生きて、思い残すことなく」

「それで失敗をする、あるいは死んでしまうこともある」

「でも、それでいいんです」

「あるがままに、素直に行きたらいかがでしょうか」



華音は、その時に聞いた禅僧の言葉は、実はよくわからなかった。

しかし、今は「様々な状況に振り回されている時期」と思った。


「そこで、素直に、あるがままに」

「恥を恐れず、精一杯にか」


そして、もう一つ聞いた言葉を思い出した。


「座禅を組んだからと言って、悟りを得るなんて、大間違いです」

「経文を何万遍読んでも、どれだけ修行したからと言っても、悟りなんて得られる保証はありません」

「悟りは心の中のこと」

「座禅にもなく、経文の中にもなく、山にも海にもありません」

「また、どこにもなく、どこにもあります」

「喜びの中にも苦しみの中にも」

「どんな場所にも、あります」

「だから、悟りを得るのに、僧侶になるならないは、全く関係がありません」


華音は、その言葉を「修行は奈良の山中でもなく、どこでもできる」との意味に取った。


「そうなると・・・」

華音が深呼吸をすると、閉じた瞼に地蔵菩薩が立った。

やさしい笑顔で華音を見ている。


地蔵菩薩の口がゆっくりと動いた。

「華音君、大丈夫だよ」

「目の前に開いた明るい道を進みなさい」

「それが御仏がお示しになられた道」


華音は、また泣きだした。

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