第317話卑劣なボクシングの若者たち

「マジか・・・」

井岡スタッフが顔をしかめた。

華音も嫌そうな顔になる。

「ボクシングの人たち、集団で太極拳のリーダー格の人を襲っている」

松田明美は怒っている。

「あれは卑怯、勝てばいいと思っているだけ、単なる武術の立ち合いではない」


他の太極拳を練習していた人は、ボクシングの若者たちを止めようとするけれど、やはり動きに差があるようで、近づくたびに弾き飛ばされ、手をこまねいている。


井岡スタッフはも、松田明美と一緒に歩き出した。

今西圭子が、それを見て、ホッとした顔。

「井岡さんだって、世界ランクに入った猛者、顔を見せれば状況が変わる」

華音も歩き出そうとするけれど、シルビアと春香が、ガッチリと左右を固めているので、なかなか難しい様子。


「おい!お前ら!いい加減にしろ!」

井岡スタッフが、揉め合うボクシングの若者と太極拳のリーダー格に声をかけると、ボクシングの若者が数人、井岡スタッフに振り向く。


「あれ・・・どこかで見たことある」

「オリンピックに出て・・・一時プロになって世界ランクに」

「井岡って人・・・でもチャンプになる前に、やめた、無敗のはず」

どうやら、井岡スタッフも、ある程度は知られているらしい。


井岡スタッフは語気を強めた。

「お前ら、ボクシングを私闘に使うんじゃない」

「拳はリングで交えろ」

「それに何だ!ボクシングは一対一、集団で一人を襲うものではない」

「一対一では勝負が出来ないのか!」

「お前ら、それでも男か!腰抜けか!」


その井岡スタッフに、ボクシングの若者たちが抗弁を始めた。

「井岡って人ですよね、世界チャンプになれなかった人ですよね」

その抗弁の最初から、言葉に毒が混じる。


「・・・るせえ・・・ですよ」

「他人事でしょ?世界チャンプになれなかった弱虫が、他人様に口出ししていいんですか?」

「何を偉そうに言うんですか?」

「腰抜けだの何だのって・・・」

「あんたのほうが、ボクシングを途中でやめた腰抜けでしょ」

「いいですか?何を言っても、これは正当防衛」

「俺らの練習を邪魔した上に、俺らに因縁をつけてきたから、仕方なくなんです」


まさに呆れる論理展開となるけれど、華音は抗弁をする若者以外に注目している。

「何か武器を持っているかも」

「あのポケットのふくらみ方から見ると、チェーン」

「あの人は、ハンティングナイフ」

「メリケンサックをはめている人もいる」

「少し危険」


それでも井岡スタッフの言葉が聞いたのか、太極拳のリーダー格は、ボクシングの若者たちの隙を見つけて、身を逃れることが出来た。

今西圭子は、そのリーダー格を観察する。

「かなり殴られている、顔が腫れて出血もある」

「おそらくメリケンサックだね」


井岡スタッフの隣に立った松田明美が、抗弁をするボクシングの若者たちを手で制した。


「警察だよ、ずっと見ていた」

「全て最初から録画してある」

「どう見ても、あんたたちのほうが、悪い」

「もうすぐ、警察車両も来るよ、あの音、聞こえる?」


ようやく顔を蒼ざめたボクシングの若者たちを見ることもなく、華音は太極拳のグループに向かって歩いていく。


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