第238話華音は書庫にこもり、源氏物語研究(1)

エレーナの華音の屋敷同居が決定し、当初から住んでいるシルビア、春香、最近同居を始めた今西圭子、松田明美を含めて、屋敷の中はかなり華やかなものとなった。


ただ、屋敷の雰囲気が華やかになったとしても、華音はそれほどの変化はない。


「奈良から持ってきた書籍をあまり読む時間がない」

「何しろ奈良の書籍と、東京の祖父さんの書籍を加えれば千冊を超える」

「何とか書庫が出来て、分類作業が進んだに過ぎない」

「どこから、何から読むのかも、考えないとなあ」


と、書籍を読まなければならない、というプレッシャーに包まれているような様子で、とても華やかな喜びなどはない。


華音の幼児時代からの「しつけ役」を自任する今西圭子と松田明美は、そんな華音を少し心配する。


今西圭子

「華音ちゃん、出来るだけ手伝うよ、私もその書籍に興味があるから」

松田明美

「あまりがんばってもね、人間の体力と時間には限りがあるの、できる範囲でやろうよ」


ただ、華音はそう言われても、真面目な性格。

「ありがとう、頼む時は頼みます」

「学校の勉強もあるので、無理はしません」

と言いながら、時間がある限り書庫に入って、書籍を読みふけっている。



さて、その華音が、最初に読みだした書籍は、源氏物語関連のものと、日本書紀、古事記、それと日本神話に関係するもの。

心配して華音と一緒に書庫に入った今西圭子と松田明美も、それには興味深そうな様子。


今西圭子

「源氏物語は、いろんな天皇家と貴族の故事をベースに書かれているとか、白楽天の漢詩は深く影響しているのは理解しているけれど、神話ねえ・・・」


松田明美

「確かに紫式部日記では、紫式部が『日本紀の局』と噂されて、気分を害したような部分もあったなあ、ということは紫式部は日本書記には通じていたのかな」


華音も素直に応える。

「もちろん、八百万の神々の日本とか神話の知識は豊富」

「紫式部も時の最高実力者の藤原道長に認められ、中宮彰子に仕える以上、八百万の神々や日本書記の知識は必須」

「その知識をひけらかすとか、その意図はないにしても、自然に源氏物語のストーリーの中で、採り入れられたのだと思う」


今西圭子は、華音が開いている書籍に注目。

「ねえ、華音ちゃん、須磨を読んでいるけれど、そこにも何か?」


華音は、頷いて、源氏物語「須磨」の一部を声を出して読み始める。

「海の面うらうらとなぎわたりて、行く方も知らぬに、来し方行く末思し続けられて『八百よろづの神もあはれと思ふらむ犯せる罪のそれとなければ』とのたまふに、にはかに風吹き出でて、空もかき暮れぬ。御祓もし果てず、立ち騒ぎたり」


その原文に、即反応、松田明美が現代語訳を始める。

「海面はうらうらと一帯に静かで、その先は果てもないようにある中、源氏は過去のこと、将来のことを様々に思い続けられて、『八百万の神々も私を哀れんでくれるだろう。これといって犯した罪もないのだから』とおっしゃると、急に風が吹き出してきて、空も真っ暗になった。御祓も終わらず、人々は立ち騒いでいる」


今西圭子が分析開始。

「そもそも、光源氏は兄朱雀帝の寵后朧月夜との密通発覚で、本来は大罪、それを懸念して、自主的に須磨に退去」

「それなのに、たいした罪ではないと御祓の場で八百万の神に訴える」

「まあ、その不遜な態度が八百万の神々の怒りをもたらしてしまった、ということだけど」


華音は、満足そうに松田明美と今西圭子に頷いている。

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