第31話華音は竹刀を振り始めた。

「それで・・・朝の話なのですが」

華音は、少し頭を下げて、塚本主将に話しはじめる。


「実は、中学の時も、剣道部には入っていないんです」

「中学三年生の時に、奈良でついていた師匠が、これも修行のためと申しこんで、奈良県大会からはじまって、都内の全国大会に進んだんです」

「ですから、あくまでも、資格は個人の資格」

「部活としては、文学研究会でした」


塚本主将にとって、それは全く信じられない話。

「師匠は・・・どんな人なの?」


華音の顔が、珍しく厳しい顔となった。

「かつては、春日大社の神職で、柳生に住んでいます」

「名前は・・・柳生霧冬」

「一時、警察庁で指導したとか」

「ただ、剣道界そのものとは、あまり今はお付き合いしていない様子です」


塚本主将には、その名前は、ピンと来ないらしい。

「知らないなあ・・・何歳ぐらいの人?」


華音は、やっと笑った。

「えーっと・・・80を超えたかなあ・・・」

「でも、メチャクチャに強いです」

「今でも、気を抜くと、ボコボコにされてしまいます」



塚本主将は、首を傾げながら、華音に再び尋ねた。

「華音、本当に剣道着をつけないのか?」


華音は、また笑う。

「はい、先生との指導では、つけません」

「そんなものをつけるから、真剣さに欠ける」

「人は常時戦場の心がけが必要と、指導されて」


吉村学園長から、塚本主将と華音に声がかかった。

「華音君は、そのままでいい」

「剣道部の人は、つけたほうがいいかな」


これには、塚本主将が耳を疑った。

「マジ?危険だけど・・・学園長・・・」


しかし、学園長は、少し笑みを浮かべている。

「いったい・・・学園長は、華音の何を知っているのだろうか」

「それとも、それほど自分たちと華音に、実力差があると、わかっているのだろうか」

塚本主将は、少々、ムッとなるけれど、いつまでもこのままではいられない。

後輩を呼び、華音に、竹刀だけを持たせることにした。



さて、華音は、竹刀を受け取り、少し素振り。


「ブン!」「ブン!」「ブン!」・・・・


と言っても、剣道の構えで振っているわけではない。

手に持ったまま、そのまま振っているだけである。


塚本主将は、その音に驚いた。

「マジで、すごい音だ」

「振りが、早く鋭い」

「竹刀の持ち方、握り方?」

「・・・あれが木刀だったら・・・」


塚本主将が。ただ竹刀を振っているだけの華音に驚いていると、華音に別の動きが起こった。


華音が、ゆっくりなめらかに動き、竹刀の先を、ピタリと塚本主将に向けたのである。


「う・・・」

「マジ・・・怖い・・・」

「竹刀の先が・・・大きい・・・」

「どうして?俺、動かされている?」


塚本主将も、いつのまにか、竹刀を構えている。

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