第32話華音の剣

塚本主将は、竹刀を構えたまま、うなってしまった。


「・・・動けない」

「どう、動いても・・・あの鋭い振りで打たれる」

「半端な衝撃ではないはず」


しかし、主将たる面目を果たさなければならない。

いかに華音が中学日本一と言っても、自分は高校三年生、都大会3位入賞の実績もある。


塚本は思った。


「まずは、軽く」


そして、竹刀を再び構えなおした瞬間だった。


「カラン・・・」

塚本の竹刀は、その手にない。

自分の足元に、落とされている。


「・・・いつの間に・・・」

他に竹刀を持ち、立っている者は、華音しかいない。

となると、自分の竹刀を打ち落としたのは、華音しかいないことになる。


塚本の脚が震えだした。


「常在戦場・・・」


華音の言葉を思い出し、今度は全身が震えた。


「戦場なら・・・俺は死んでいる・・・殺されている・・・」

そう感じた時点で、塚本は腰に力が入らない。

そのまま、座り込んでしまった。


華音から、声がかかった。

「塚本主将、もう一本、勝負しますか」

相変わらず、やさしい声。


しかし、塚本は、まだ声が出せない。

身体の震えも止まらない。


少しして、ようやく声が出せた。

「華音・・・お前、強い・・・速い・・・」


塚本には、それ以外の言葉が浮かばない。


華音は、やさしい顔で塚本を見ている。



さて、剣道場の両サイドに正座していた剣道部員たちは、あっけに取られている。

そして、ヒソヒソと話をしている。


「華音君・・・速い・・・」

「塚本さん、何も出来ず、立っていただけ」

「完全に呼吸を読まれてた」

「あれが・・・柳生流?」

「真剣だったら・・・」

「うん、塚本さんの手首がない」


華音は、剣道部員たちの顔を見た。

「打ち合います?」

「僕も何か、中途半端で」

少し困ったような顔。


しかし、剣道部員たちは、全員が尻込み。

何と言っても、主将が「手も足も出ず、腰を抜かしている」状態。

誰も竹刀を持って、立ち上がる部員はいない。


そんな、吉村学園長から剣道部員に声がかかった。

「あなたたち、華音君の剣道なんて、なかなか見られないんだから」

「打たれようが何だろうが、お相手してもらったら?」


腰が抜けて立ち上がれない塚本主将からも、声がかかった。

「お前たちも経験してみろ、華音の剣を」


華音は、ニコニコと、剣道部員たちを見つめている。

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