二十四話

 リョホウはゴウリュウの牢屋の一室に閉じ込めることにした。

 妻が妖魔になっていたのだ。

 夫が妖魔でない保証はないとして、フェイアが指示したのだが、リョホウが妖魔であるとは本気で考えていない。

 寧ろリョホウを守るための処置だ。

 そのことは捕らえられた本人にもわかっているようだ。

 メイリンが妖魔だという話は、一刻もしないうちに村中に広がった。

 その真偽を確かめるために村人たちが押し寄せ、中にはリョホウも妖魔に違いないと断定して、殺せと主張する者もいた。

 村人たちを収めたのは村長のウクバだった。

「安易に決め付けて恩人を殺すつもりか。頭を冷やして考えるのだ」

 暴徒と化す寸前の彼らを纏め上げ、冷静にさせたのはさすがに村長としての貫禄と威厳か。

 少なくとも信頼をなくしつつあったフェイアには不可能だっただろう。

 村人が去った後、残ったウクバとホウロが、フェイアに尋ねる。

「リョホウは大丈夫なのでしょうか?」

 村長の質問がどのような意味なのかわからないが、フェイアは断言した。

「妖魔ではありません。しかし、しばらく隔離しておいたほうがよいでしょう。正直、今は村人のほうが危険だ」

 質問の答えにはなったのか、村長はそれで納得したらしく、それ以上追及してこなかった。

「話は聞けるんですか?」

 どこか血走った目で訊ねるホウロは、リョホウが妖魔だとまだ考えているのかと思ったが、少し違っていた。

「リョホウは、メイリンのことをどれだけ知っていたんです?」

 リョホウが知っていて黙っていたのではないかと疑っているのか。

「いえ、妖魔だと知ったのはつい先程です。一番衝撃を受けているのは彼だと思う」

 ホウロは少し考えて、リョホウとの面会を求めた。

「少しだけでもいいんです。話をさせてください」



 リョホウが牢屋の中で、床に座って壁に背を預けていた。

 牢の中には蝋燭が置かれているが、明かりは灯されていない。

 一つだけある窓から月明かりが差し込んでいる。

 そのおかげでぼんやりと姿が見えるが、表情までわかるほどの光量はない。

 少し離れた場所で、ゴウリュウとゴウエンが別々に閉じ込められているはずだが、彼らの声は聞こえない。

「リョホウ」

 ホウロは穏やかに名を呼んだ。

 妖魔と一緒に住んでいた者に対するには不自然ほどに。

「やあ、ホウロ」

 リョホウも同じように穏やかに返事をする。

 置かれた状況や事態から考えれば不自然なほどに。

「大丈夫か?」

 鉄格子越しに聞くホウロの口調は、いつもと変わらず気遣う様子だったが、かすかに警戒感が混じっていた。

「さあ、どうなんだろう?」

 リョホウは曖昧な答え。

 だが、とても疲れているような、気だるい声だった。

「おまえは、違うんだな」

 人間だ。

 ホウロは明確な根拠ではないが、確信を持った。

 リョホウは妖魔ではない。

「あのな、しばらく、ここで休んでいてくれ。あとは俺たちがなんとかする。全部、終わらせる。メイリンの仇も必ず討つ」

「メイリンの?」

 リョホウは怪訝に聞き返した。

「そうだ。メイリンの仇だよ」

 妖魔は人間の記憶を喰らい、その人間に成りすまし、人間の中に紛れ込む。

 説明されなかったのかと怪訝に思ったが、しかし村で最も博識なリョホウが知らないはずがない。

「違う」

 リョホウがなにを否定したのか、ホウロはわからなかった。

「メイリンは、始めから妖魔だったんだ」

「それ、どういう意味だ?」

「そのままの意味だよ。そんな気がするんだ。初めて会った時から、メイリンは妖魔だったんだよ、きっと」

 ホウロは慄然とした。

「リョホウ、おまえは知っていたのか。メイリンが、その……」

「いや、知らなかった。知っていたら……」

 最後の言葉は途切れたが、ホウロは納得した。

「そうだよな。知っていたら、知らせたよな。すまない」

 リョホウは返事をしなかった。

 ホウロはそれ以上聞くことも、話すこともせず、沈黙してその場を去った。



 牢屋の中で、リョホウは再び一人になった。

 虫の声がどこからか届く。風が草葉を鳴らす。静寂が満ちる。

「もう、誰もいないよ」

 リョウホウは誰に言ったのか、独り言のような声に、応える者がいた。

「気付いていたの?」

 窓の外にメイリンがいた。ホウロやフェイア道士が来る前からずっと。

 メイリンは鉄格子越しにリョホウを見つめる。

 月明かりに照らされた彼女の姿は、人間の状態だった。

「君が側にいると、いつも君を感じていた。僕の錯覚じゃなかったみたいだね」

「どうして、道士さまに……」

 なぜフェイア道士に伝えなかったのか。

 人間に化ければ彼らは気付かない。

 誰にも気付かれずに、殺すこともできる。

 危険だとは思わなかったのだろうか。

「さあ、どうしてだろう? 君に聞きたいことがあったからかな」

「なに?」

「どうして僕と一緒になったんだい?」

 メイリンは言葉を探した。

 だが伝えるべき言葉がとっさに見つからなかった。

 とても単純で簡単な理由だというのに。

 彼女の葛藤を知ってか知らずか、リョホウは質問を重ねた。

「君は誰かと成り代わったんじゃない。君は初めから、君だったんだろう。どうして僕と一緒になったのかな? 人を安全に食べるため?」

 誰かと成り代わるのではなく、初めから外の人間として紛れ込んで、捕食するために。

「違う。聞いてリョホウ。私じゃないの。今回のことは私じゃないの」

 リョホウは怪訝な表情を見せた。

「どういうこと?」

「私のほかにもう一人見たわね。タカモクというのだけれど、彼も妖魔。でも、違うの。私も彼も、村の人たちを誰も襲ってなんかいないの」

「つまり?」

「私たち二人以外に妖魔がいるの」

 話しても信じてもらえるかどうか。

 ましてや人間の敵である妖魔の言葉を。

 だが、どうしても信じてもらう必要があった。

 自分はリョホウに助けられた時に、人喰いを止めた。

 リョホウと同じ種族を口にすることに抵抗と禁忌を覚えたためだった。

 それは精神の奥底にまで影響し、人を食するというだけで、嫌悪感が湧き上がるほどだった。

 タカモクは妖魔王に真の忠誠を誓い、引いては姫である自分に従っている。

 主君に対して嘘を吐くとは考えられず、もし虚言を使うような時があったとしても、現状でこの嘘は意味がなさすぎる。

 三人目がどこかにいる。

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