十話

 村人達が武器と松明を手に、村を歩哨している。

 皆、神経が立っており、まるで暴動が起こる直前のようだ。

 リョホウだけが妙に冷静にその中を歩いている姿を、警戒に混じっていたホウロが見つけ、彼の元へ駆け寄った。

「リョホウ。カイウは大丈夫だったのか?」

 その質問は他の村人にも聞こえ、当然注意を引いた。村人は全員が仲間であり、家族同然だ。

「大丈夫、かすり傷だったよ」

 その言葉に全員が安堵した。

 これ以上犠牲者が出て欲しくない。

 あの兵士のおかげだと、体を張って止めたという兵士を賞賛する声も上がる。

「やっぱり道士様に来てもらって正解だったな。くそ、ゴウリュウのやつが止めてなけりゃもっと被害は少なかったかもしれないのに」

 朝廷道士へ妖魔討伐の嘆願書を出す話は、冬が始まる以前、被害がまだ少なかった頃からあった。

 しかしゴウリュウが癒着している官吏に話をつけて阻止していた。

 あの強欲な男からすれば、村に問題が出るのは、儲けに影響が出るという理由からだろう。

 そんなことで何人もの村人が妖魔の餌食になってしまった。

 さすがに十人超えたところで、ゴウリュウ本人から嘆願書を届けたようだが、それも村から搾取する対象が少なくなっては困るという考えに違いない。

 富を手に入れたのなら、都へ行って二度と戻ってこなければいいのだ。

 馴染みの村にとどまり続けるのは、富める自分の姿を貧しい者に見せつけ、虚栄心を満足させたいためだろう。

 それだけならまだしも、迷惑までかかっている。

「まあ、いい。それより、これから家に戻るのか」

「うん。メイリンを残しているしね」

 村から少し離れた場所に位置する家は、その分危険が高い。

 ユイハがリョホウとメイリンに、妖魔の事件が終わるまで、比較的安全な宿に泊まらないかと誘ったが、リョホウは仕事があるからと断り、メイリンも夫に付き従った。

 リョホウがメイリンだけでもユイハに任せようとしていたが、メイリンはリョホウと一緒にいると言ってきかなかった。

 時々メイリンは頑固なところを見せる。

 だが、こういった事態になると、やはりユイハの所へ行くべきだと、ホウロは思う。

「今からでも遅くはないだろう。ユイハの宿で世話になったほうがいい。今は、本当に危険だ」

 ホウロは改めてリョホウに勧めた。

「とにかく、一旦家に戻ってから警備に入るよ」

「俺も一緒に行こう」

 ホウロは同行しようとする。

「でも」

「いいから。一人は危険だ。それに、お前のところも一応見て回ったほうがいいだろ」

「うん、ありがとう」

 気遣うホウロに感謝を告げて、リョホウは家路に着いた。

 家が村から離れているといっても、たいした距離ではなく、十五分ほど歩けば到着する。しかしここでなにかが起きても、村からはわからないという危険もあるというのも事実だ。

 それを二人は思い知らされることになる。



 リョホウの家の入り口の扉が開いていた。

 出かける時に戸締りをしっかりするように言っておいたはずなのだが。

 夫の帰り察した妻が戸口を開けたのかと思ったが、彼女の姿は見えない。

 そして奇妙に静かだ。

 嫌な予感がした。

 家の外側に、扉を固定する閂の棒が転がっていた。

 なにかの拍子に外れたのだとしても普通は家の中にある。

 なにか強引に進入したものがいれば話は別だ。

 そして妖魔が目撃された直後。

「まさか?!」

「メイリン!」

 リョホウは妻の名を叫んで室内に入る。

 メイリンが床に転がっていた。

 手足を縛られ、口を布で塞がれ、そして衣類が乱れていた。

 その目は涙を含み、怯えているが、同時に夫になにかを必死に伝えようとしていた。

 どのような状況にあるのかまったくわからないが、リョホウは助けるため駆け寄ろうとした。

 その時、背後に気配を感じた。

 戸口のすぐ隣の闇になにかが潜んでいる。

「リョホウ!」

 ホウロの危険を知らせる声と同時に、リョホウは身をひねった。

 そして一瞬前までいた位置に、木の棒が振り下ろされた。

 もし気配を感じていなかったら、そしてホウロが注意を呼びかけていなければ、確実に頭を叩かれていた。

 木の棒を持っているのは人の形をしていた。少なくとも奇怪な怪物の姿ではない。

 リョホウはそれに力任せに体当たりをし、勢いで攻撃を加えた誰かを外へはじき飛ばした。

 ホウロの前の地面に転がったそれを見て驚愕した。

 妖魔ではない。

「ゴウエン!」

 なぜゴウエンがこんなところに。

「ちっ」

 驚愕するホウロを、ゴウエンは立ち上がりざま突き飛ばして逃げ出した。

「あ、待て!」

 咄嗟にホウロが追いかける。

 リョホウはメイリンを束縛する縄と布を解いて自由にすると、妻は夫にすがるように抱きついた。

「メイリン、なにがあったんだ!?」

「あいつが、あの男が、ついさっき、突然やって来て……」

 よほど恐ろしかったのだろう、涙声はほとんど言葉にならない。だがゴウエンがメイリンになにをしようとしたのかは明白だ。

「でも、大丈夫。あなたが、早く帰ってきてくれたから、まだ、なにもされずに……」

 だが遅かったらどうなったか。

 兵士や襲われた村人の怪我が酷くて治療に手間がかかっていたら。

 恐怖で言葉を失うメイリンを安心させるため、リョホウは優しく抱きしめた。

 安堵感と一緒に。

「ごめん。一人にして」

「いいの。でも、今は離れないで。側にいて。……離さないで」

 懇願されなくとも、夫は妻の側を離れたりはしなかっただろう。

 メイリンは夫にしがみついたまま、いつまでも震え続けていた。

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