あるあるその10 失敗しろと言い過ぎ

 よく「成功したければ失敗を恐れるな」と言いますが、失敗は失敗であってダメージであり損失なんです。

 失敗が続けばくじけてやる気も無くなりますしお金や信用も失います。

 失敗はダメージであって損失であり、それ以外の何物でもありません。

 「失敗はつきものだ」と言いますが、失敗なんて無い方がいいに決まってます。何の苦労もせずにとんとん拍子に成功した方が良いに決まってます。


 その証拠に昨今のライトノベルは失敗や挫折の無い、常に成功し続ける主人公像が求められています。これは読者の声もそうですが、とあるコンテストの募集要項の中に入っていたので出版社側も成功し続ける主人公が欲しいと直訴しています。

 それくらい失敗というのは無い方がいいに決まっています。




 それに「失敗しろ」と言ってる金持ちは失敗した時の対策をきちんと整えたうえで失敗しています。

 例えば「失敗したら専業主夫になって妻に稼いでもらおう」とか「失敗したら友人の部下になって仕事すればいいや」とか、そういう対策をした上で失敗しているから大丈夫なんですよ。


 それは「しゃべってもつまらない」と思われるから言わないのか、単純に卑怯なのかは分かりませんが、金持ちというのは失敗した時の事を考えて失敗しても「ただの失敗」にならないようにしています。


 その裏事情を知らずに「失敗しろ」という無責任な発言を真に受けて失敗すると、最悪再起不能になるまでの致命傷を負う危険もあります。




 普通の人間にとっての失敗というのは「負債」です。急性か慢性かはわかりませんが、とにかく「負債」です。


 FXや仮想通貨で100万が一晩で消えた。とかいう「急性」もあるでしょうし、色んなことにチャレンジしてすべて失敗して「俺は何をやってもダメなクズなんだ」と思うようになって「どうせ俺なんて」と自暴自棄になる「慢性」もあるでしょう。


 とにかく失敗というのは「負債」であり「マイナス」であり「損失」でしかありません。

「99%の凡人、あるいは並の人間」にはそれをプラスに換えるパワーや発想というのは、残念ながらありません。

 失敗したら周りにいる人の99%以上から笑いものにされて、もう恥ずかしくて恥ずかしくて死んだほうがマシだという地獄を見ます。


 だからこそ失敗をばねにできる人間はそれだけで成功できるのです。彼らは家庭事情で幼少のころから特殊な訓練を受けているか、生まれついた才能を持っているかのどちらかです。

 成功者と一般人をドラゴンボールで例えるなら孫悟空とヤムチャ、ひいき目に見てもベジータとクリリン位の差はあるでしょう。




 「成功するまであきらめるな。失敗とは成功する前に諦めることだ」と言いますが、成功したけど費用がかかり過ぎて損か得かの境目(難しい言葉で言えば「損益分岐点」と言う)を超えているのならそれは100%失敗プロジェクトなわけです。


 もっとわかりやすい例では、100円を手に入れるのに300円分の労力をかけたら失敗プロジェクトなんです。

 例えプロジェクトを途中まであきらめずに最後までやり抜いても100円を手に入れるのに300円かかるようなら100%確実に失敗プロジェクトです。それ以外の何物でもありません。

 100円を手に入れるのに50円分の労力で手に入れなくては成功プロジェクトとは言えないのです。




 この「成功するまであきらめるな。失敗とは成功する前に諦めることだ」なんて鼻息荒く言ってる人もいますが、じゃあお前が言うには一般的には大失敗プロジェクトの代名詞と言えるコンコルドは100%手放しで喜べる大成功プロジェクトなんだね? と言いたくなります。

 だって「超音速旅客機」という2つとない大成功事例なんですから。


 ちなみにコンコルドの失敗例もビジネス書は大好きでよく挙げられるのですが、あなたたちこの辺の矛盾を分かって書いているのか? と疑問に思うのですが、どうなんでしょうか。

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