リバイバーの復讐

渡 信也

第1話 真夜中のコール


 その日は夏の寝苦しい夜であった。涼太が寝込んで間もなくスマホの呼び出し音が鳴り響いた。半ば寝ぼけ顔でスマホを覗くと非通知の呼び出しである。

「もしもし・・」

 と応答するも相手は無言である。暫らくそのままのあと、再び「もしもし」と応答するが、相手は此方の様子を窺うように無言が続いている。スマホを耳に当てると微かな息使いが感じれ「いたずら電話か?」と涼太は舌打ちをして通話を終え、何事も無かったように寝入ってしまった。


 牧野涼太は大学の法学部に通う二年生である、父親はIT企業の社長を務めているが、現在は癌の手術と治療のため入院中で、涼太は家に継母と二人だけである。

 涼太の実の母親は、涼太が小学4年生のとき病気で死亡し、現在の母親は、実の母親が死後三年目に父が再婚した女性である。涼太は新しい母親由美を「おかあさん」と呼ぶことはなかったが、特別に仲が悪いわけではない、むしろ継母との関係は上手くいっている家庭だと自分では思っている。


 翌日の夜涼太が寝入った時刻、再びスマホの呼び出しコールが鳴り響いた。不愉快な気持ちで時計に目をやると、昨晩と同じ1時である。非通知の呼び出し音を暫らく聞いてから、

「もしもし・・・」

 と小声で応答するが、相手の声は聞こえてこない。涼太は昨夜の無言電話を思い出し、急に腹立たしい気持ちが湧き出てきてきた。

「誰だ!悪戯か?時間を考えろ!」

 と大声で怒鳴り返したが、相手は相変わらず無言のまま時は過ぎていく。暫らくして涼太は再び低い声で言った。

「お前は何者だ!俺に何の用事だ?」

 すると相手は初めて声を出して、

「お前はリョウか?・・・・体調は大丈夫か?」と小さな声で言い返してきた。男か女か判らない作られた不気味な声色である。

「お前は誰だ?名乗れ!何故俺を知っているのだ!」

 と涼太が言い返すと、電話の相手は、

「俺は一度死んで、生き返った人間リバイバーだ・・・・また電話する」

 と言って電話は一方的に切られた。真夜中の不気味な電話に、涼太は不安を覚えながら寝付かれない朝を迎えていた。


 翌朝母親の由美は、普段と変わらない段取りで涼太に朝食の支度をしながら、

「今日はお父さんの見舞いに病院に行くけれど、伝えることはない?」

 と聞かれ、涼太は黙って首を振った後大学に向かった。会話が少ないのは普段と同じ状況であるが、父が入院してからは会話も特に少なくなっている。その日の涼太は大学の講義中でも昨晩の電話内容が気掛かりで、落ち着かない一日を過ごしていた。


 翌日の夜涼太は寝付く前から不気味な不安に襲われ、寝付けずにいる夜中1時に、再びスマホのコール音がした。やはり非通知のサインが表示されている。

「もしもし・・昨晩と同じリバイバーの悪戯電話か?」

 と涼太の応答に相手は無言である。涼太の心は不安と怒りで震えながら、

「この通話を警察に届け出て、お前が誰かを調べてもらうぞ!」

 と言うと、それでも暫らくの時間が過ぎた後、電話の相手は、

「私を誰か知りたいのか?6年前を調べてみろ!」

 と言って再び黙り込んだ。涼太も相手が悪戯だとは思えずに言った。

「6年前だと?俺が中学生の時だ、何があるのだ?先にお前の名前を名乗れ!」

 相手は相変わらず沈黙の後に低い声で、

「俺はリバイバーだ、ミーを調べろ!1週間後にコールする!」

 と言って通話は切られた。


 通話が終ると、涼太は6年前の出来事に思い巡らせていた。思い当たるのは、涼太が中学生の時期であり、父が現在の母親と再婚して間もなく、両親の間に美里が生れた時期であった、と思い出していた。その時期、涼太が学校で虐めを受けていたとかの記憶もない。ミーを調べろとは誰だろうか?由美か?美里か?父の再婚に隠れた秘密があったのか?と当時を思い返していた。

 その日から数日後の午後、涼太は父親を見舞いに病室を訪ねた。

 父親の経営する会社には、従業員も30名ほどが在籍していて、社員も時折見舞いに訪れているが、疑問を感じる人物の姿を見たこともない。

 父が緊急入院したのは、会社に出勤後突然心筋梗塞に見舞われ、救急車による緊急の入院であった。心筋梗塞は間もなく回復したが、その後の精密検査で腎臓機能の低下が見つかり、更に肝臓がんも発見され一部は切除手術をしたが、腎臓機能の病状は予断を許さない、との説明を受けていた。


 涼太は二晩続いた不審な電話内容を父に説明し、ミーを調べろ、から母の由美を連想して父に聞いた。

「父さんは6年前、どうして再婚したのか教えてくれないか?」

 見舞いに来た涼太の突然の質問に、父親は困惑した表情になり、

「涼太、突然に何があったのだ?由美と揉めたのか?」

 涼太は昨晩の電話の内容を思い出しながら、

「僕はどうして結婚したのか聞いていないからだよ。僕と母は揉めてはいないよ」

 涼太の説明に父は少し安心した表情になり、一息ついて話しはじめた。

「涼太が小学4年生のとき母親が病気で亡くなり、その3年後中学1年になったとき、涼太は高校入試を控えてサポートする人が必要になったからだ」

「僕の為に再婚したのか?」

「そればかりではないよ。母が亡くなった直後に自分が入院している時、親切に面倒を見てくれた担当の看護師が今のお母さんで、この人なら涼太とも上手くやってくれると思ったからだよ」

「俺はその様な話は聞いたことがないが・・、自分勝手な結婚ではないのか?」

 涼太の皮肉をこめた問いかけに父親は答えた。

「その時の状況を涼太に説明しなくて、涼太には苦しい思いをさせていたのか?」

「それは違うよ。父さんは、由美さんのことを良く知っているのか?看護師であったこと以外の、母の兄弟とか親のこと等、母の過去のことを知っているのか?僕は聞いたことがない」

「母さんは過去に未婚のまま子供を生んだが、間もなく病死したと聞いている。その時の状況は判らないが、20年も前の若いときの出来事で、本人もそれ以降の状況は話してくれなかったし、俺も聞かなかった。自分には兄弟もいないと言っていて、病院では一生懸命に俺の体のケアをしてくれているから、信じているよ」

「父さんは彼女の過去を、その程度で再婚したのか?俺に掛かってきた不気味な電話は、6年前を疑っている。電話は母の昔の男からではないのか?と俺は疑ったよ」

「父さんにはそのような素振は感じられないよ、涼太の思い過ごしだ」

「そうかもしれないが、俺が母に疑問を抱いたのはあの電話からだ。父さんが信用していても、俺は母さんの昔は知らないし、僕には亡くなった母の思い出だけだ」

「涼太はそれで良いよ、由美に気を使うな」

 涼太が父親の再婚について聞くのは初めてのことであった。

「俺が電話で言われた6年前に、何が有ったのか教えてくれ、父さんが再婚した後で俺は13歳で中1の時だよ」

 と涼太が問いかけると、父親は暫らく考えてから言った。

「仕事以外で思い出すことは、お母さんと再婚した後に、子供が生まれたことしか思い浮かばないな」

 父親に言われると、涼太にも思い出に残る記憶がある。

「6年前は、妹の美里が生後半年で事故死した事件があった?そのことか?」

 と呟き涼太はその時の状況を、今でもはっきりと覚えている。自分に妹が出来たと喜んでいたその時期、涼太が学校から帰ると、妹の美里がベビーベッドに寝ていた様子を自分の目で確認していた。それから10分程過ぎた頃、突然母親の叫び声が聞こえてきた。

「美里!美里!」の叫び声に涼太が駆けつけると、美里は母の腕の中でぐったりとしていた。間もなく駆けつけた救急車に美里は運ばれていったが、帰らぬ命となっていた。病院の検死では、乳児が自分の吐き戻しを喉につかえさせ、窒息死と判定された。美里をうつ伏せで寝かせ20分程目を離した隙の事故であった、と涼太は覚えている。

「夜中の電話の相手は、美里のことを言ったのか?」

 と父親が問いかけると、涼太は会話を思い出しながら答えた。

「いや・・美里とは言わなかったが、ミーと聞こえたような気がする」

「夜中の電話で、亡くなった人の名を呼ぶのは不思議ではないか?」

 父親が悪戯だという表情をすると、涼太も頷きながら、 

「確かに気持ちの悪い電話だった。最初の日は無言で、次の日は、自分は死んだ人間だと言い、俺をリョウと呼んで体調を心配していた。3度目では6年前を調べろと言っている。悪戯とは思えない」

「涼太が大学で、苛めとかトラブル等はなかったのか?」

「俺には心当たりはないが、俺の電話番号を知っているのは何故だ?・・・・暫らくの間、様子を見ることにしよう。父さんは早く退院するように頑張ってくれよ」

「いや・・俺が手術前に万一に備えてお前達の血液型を調べてもらったな、あの時から俺は透析を覚悟しているが大丈夫だ」

「弱気なことを言うなよ。輸血のための準備だよ、癌は手術をしたから大丈夫だよ」

「涼太、俺は医師から肝臓と腎臓に問題があって、がん細胞が全身のリンパに転移すれば、全てを取り除く事は不可能だと聞いている」

 と言って父は口をつぐんだ。

「父さん大丈夫だ、癌は必ず治るから信じていることだよ」

 父親の落ち込んだ表情を見ていると、涼太はかける言葉もなくなっていた。

「母さんは、毎日見舞いに来ているのか?」

 と涼太は話題を変えた。

「来ているよ。俺の病状も全て話してあるが、涼太には伝えるなと言ってあるよ」

「弱気なことを言うなよ、俺はまだ大学2年生だぞ、会社でも皆が待っているだろう、頑張ってくれ」

 涼太は父の弱気な表情を見ると、6年前に母と再婚した状況を更に詳しく聞くことは出来なくなっていた。涼太は病室を出るとき父に、

「先日の不気味な電話は、1週間後に再びコールすると言っていた。丁度今日が1週間後だ。悪戯ならいいが、別のトラブルが有るようなら俺が調べてみるよ、父さんは心配しないでくれ」

 と伝えると、父の手を強く握ってから病院を後にした。


 夕刻涼太が家に戻った時「父の見舞いのため病院に行く」と母のメモが残されていた。涼太は用意してあるおにぎりを口にしながら、リビングの椅子に腰をおろし父との話を思い返していた。「6年前とは美里が生れた時か?」と頭に思い浮かべながら、仏壇に手を合わせた。そこには亡き母と美里の位牌が祀られている。久し振りに焼香をして霊前に手を合わせると、涼太は今まで考えなかった不安に襲われてきた。そしてそのまま夜を迎え、時間が夜中の1時を迎えた時、スマホのコールが再び非通知で鳴り響いた。

「お前は誰だ?・・・・またお前か?」 

 電話の相手は暫らくの無言の後に低い声で、

「6年前はどうした?」

 と言ったまま時間は過ぎていく。やがて涼太は不安に駆られて、

「6年前、俺は中1で13歳だぞ、何があったのだ?お前が教えろ!」

「お前がその時期を思い出せ!」

「その前にお前は誰だ?名前を言え!」

「この前と同じだ。一度殺された人間の生き返り、リバイバーだ」

「リバイバーだと?名前を名乗れ!俺に何の用事だ?」

 それから暫らく無言の後電話のリバイバーは低い声で言った。

「いずれ・・お前も父親と同じになる。父親はまだ病院で生きているのか?」

 電話の相手に父親の入院を言われ、電話が悪戯ではないことを涼太は知らされた。

「お前の電話は、俺を脅しているのか?」

「注意しているのだ、お前も父親と同じになりたいのか?」

「俺に何の話だ!父親の病気か?妹の美里が事故死したことか?」

「両方だ、お前にも同じ状況が待っている・・・・周りを見渡してみろ」

「リバイバーは、俺と関係ある人間か?」

「お前とは他人だが・・・・、いずれ死んで後悔するか?行動して感謝するかだ」

「当たり前だ。誰でもいずれ死ぬからな。俺を脅してどうする?」

「いや・・事故は必ず起きるぞ・・・・」

「何故、俺に死を暗示するのだ?俺が怯えるのが面白いのか?」

「それも有るが、お前と父親には生きて欲しいからだ。6年前妹が亡くなった時の状況を思い出してみろ」

「俺が学校から帰った10分後に、美里が窒息による事故死になったことだ」

「お前が帰った時、妹は生きていたのか?」

「何を言うのだ!確認はしていないが母親が近くにいたのだ、死んでいる訳がない」

「お前が学校から帰って間もなくの事故は、不思議ではないか?母親は看護師だろう、乳児が自分で窒息したのか?お前は証人にされたのでは?」

「お前は何故、俺達のことを疑うのだ?この話はもう聞きたくない!」

「俺は生き返ったリバイバーだ!信じなくてもいいが、少しは推理を働かしてみろ!美里の血液型は何型だった?父親は何故急に体調が悪くなった?何かのドリンク剤を飲んでいなかったのか?父親は遺言書を残してはいないのか?」

「それを俺に調べろと言うのか?お前は何故1時に電話をよこすのだ?」

「俺は有る日の1時に死んでから19年、今は1時になると思い出して甦るのだ。また1週間後にコールだ」

 涼太は話に引き込まれていく自分を感じて、黙って電話を終えた。話をしていたのは10分にも満たないが、3時間くらいの時間話をしていた感覚になっていた。

 電話の相手は声を変えているが、間違いなく男で年齢も20歳程度であろうと思われた。今話した内容を頭の中で確認すると、その内容は涼太に幾つかの事実を調査しろと指示をしているように思われた。

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