第22話 牙城は不死鳥と時を同じくして崩壊する

「それで? どーすんだコレクベルト。あんたご自慢の《精霊獣》はもう飛べない。戦力半減だが、まだ戦うつもりか?」

 ウーゼニアは勝ち誇った表情で、姿なき敵を挑発する。

 《ポイニクス》は悲痛な叫びを訴えながら、傷だらけの羽をばたつかせている。

 特に胴体や羽の部分の損傷が激しい。爆破のダメージにより陥没していて、もうもうと白煙が吹き出ている。

 これで一気に形勢逆転だ。

 そのはずなのに、傍らで支えているドトリナスの顔が晴れない。深手を負って反撃らしい反撃もできないであろう《ポイニクス》を凝視している。

「フ……ククッ」

 絶望の予兆を感じさせる、コレクベルトの漏れ出た笑い。

 金属をこすり合わせたような《ポイニクス》の絶叫が廃墟に反響すると、周囲に離散していた灰が一点に集合し始める。

 我先にとばかりに、細かな灰が傷口へと侵入していく。欠損している箇所を、灰が完全に包み込むと、あっという間に復元する。まるで映像を逆再生しているかのように、もうどこにも傷跡があったとは思えない。

 他にも穴の開いた箇所があるが、その傷が癒されるのも時間の問題だ。

「《ポイニクス》は、ラクサマラにいる限り何度でも蘇ることができるんですよ」

 コレクベルトの言葉通りのようだ。

 《ポイニクス》は豪快に羽を広げて、その健在さを顕示する。

 確かにこれは骨が折れるどころの話ではない。

 無敵の強さだ。

「こんなの……」

 勝てるわけがない。

 ウーゼニアが一瞬諦観しようとすると、ドトリナスは真横から、

「確かに《ポイニクス》はラクサマラの灰で瞬時に傷を回復することができる。だがなあ、お前が持ってきてくれたこの爆弾のお陰で、一筋の光明が見えた。俺様に作戦がある。《ポイニクス》をどうにか左の建物に誘導できないか」

「左……?」

 ドトリナスの言う方向には、見覚えのある建物がそこにはあった。

 だが、どんな場所なのかはトラウマしか残っていおらず、それ以上思い出すのを脳が拒絶した。

「ああ……なるほどね」

 だが、これから何をすべきかは想像がついた。

 とんでもなく派手な花火を上げるつもりらしい。さっきまで死にかけだったらドトリナスだったが、瞳に光が宿っている。

 とことん諦めが悪いのは、お互い様ってところだ。

「だったら右に回り込みつつ、二人で……ぶっ飛ばす!」

 ウーゼニアは鬨の声を上げながら駆ける。

 《アルラウネ》に命じて作らせた蔓を幾重にも絡ませた弓。それを、ギリギリと張り詰めさせながらも、それを放つことはなく、《ポイニクス》までの距離を強引に詰めていく。

 ブワッ、という音と共に霊長は空を翔ぶ。

 《ポイニクス》の翼による暴風が吹き荒れる。

 まるで風のカーテンのように一定の空間を支配しようとする。ウーゼニアには強烈なステップで動きを静止して、風の動きを見極める。永遠に翼をはためかせることなど、どんな《精霊獣》であってもできることじゃない。

 ほんの少しだけ、一瞬だが、暴風が止む瞬間が確かに存在するはず。汗を流しながら、風の波状攻撃のせいでジリジリと後退してしまう。追い込むはずだったのに、このままでは逆に、こちらが建物の壁に追い込まれてしまう。

 どうする。

 もう、射ってしまおうか。

 そんな疑念が生じるが、今は忍耐の時。建物すら抉れる風の猛攻を紙一重で受け切りながら、ただ真っ直ぐ《ポイニクス》を見据える。

 絶対に来る。

 それだけを信じた。

 ここで破れかぶれになってしまったら、それこそ全てが破綻する。ドトリナスが信じて作戦を伝えてくれたのだ。それをおしゃかにしてしまったら申し訳ない。

 独りきりだったならば、焦れて射ることもあった。

 だが、今はドトリナスがいる。

 絶対に失敗することはできない。

 そして――攻撃の間隙を見極めた。

「うおおおおおおおおおおおお!!」

 ウーゼニアは大声を上げながら、矢を射出する。

 防護壁の如き風が形成される直前、矢が残像を残しながら爆発的に加速する。

 それもそのはずで、矢尻に絡めていた爆弾が本当に爆発したからだ。虚をつかれた《ポイニクス》に、加速した矢が突き刺さる。

 《ポイニクス》を穿つ矢から伸びた蔦は、生物のように蠢いて肉体を絡め取る。完全に動きを封じることはできなかったが、これで鈍重になった。倒すことが困難ならば、まずは相手に枷をつく。一気に倒せなくとも、ジワリジワリと弱らせれていけばいい。

 曲がりなりにも狩人として経験値を積んできた。

 自分よりも格上への詰めより方は心得えている。

 追い討ちをかけるように、流れる動作で爆弾を搭載している矢を放つ。手から離れた弓矢はしっかりと警戒している《ポイニクス》の風によって阻まれる。だが、爆破した爆弾を煙幕替わりに、少しばかり遅れて放っていたもう一つの矢がポイニクスへと迫る。

 二本の矢による時間差攻撃。

 今まで単調なリズムで放っていただけに、この緩急にはついてこれなかった。これでもまた枷が増え、身動きを少しでも封じることができた。

 また仕掛けを施した弓矢を放つが、先程までの《ポイニクス》とは違って、チラリと瞳に逡巡が孕んでいるようだった。どうやら、思い通りに攻撃が通らなかったことに戸惑っているらしい。

 今まで完封してきた経験しかなかったのだろうか。だからこそ隙が生じた。このまま推し進められると確信した――が――

「焼き尽くしなさいっ! 《ポイニクス》っ!!」

 コレクベルトの指示を受けて、《ポイニクス》の逡巡は吹き飛ぶ。

 一瞬で全てを灰に帰す炎が、蔓で構成させる矢を

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る