02 ええー

 わたしは顔を洗って歯みがきをしてから、朝ごはんを食べた。


 お母さんにもゼニガメと白猫のことを話したけど、信じてくれたかどうかはわからない。居間では、お父さんご自慢じまんのレコードプレーヤーから「ラプソディ・イン・ブルー」《(1)》が流れてきた。


 部屋に戻ったわたしは、ゼニガメ救出のための準備じゅんびを整える。


 あの白猫を探すなら、あったかい格好のほうがいいだろう。パンツのなかにちゃんとタイツを履いておかないと絶対に凍えてしまう。あ、お気に入りのスキニーデニムは洗濯せんたくにだしたんだった。うーん、ほかに好きなボトムスないんだよなあ。仕方ない、スカートに……どうなんだろう。


 結局、ブラウスに厚手あつでのカーディガン、チェックの入ったブレザースカートという、学校に行くのとあまり変わらない格好になってしまった。けど、この組み合わせがお気に入りなのだから仕方ない。タイツも厚めだからおそらく寒くはないはず。それに、ダッフルコートだって羽織はおるし。あとは、魔法瓶まほうびんにお茶とおやつをつめれば大丈夫かな。あとは……札幌の地図。これだけのものをリュックに詰めて鏡の前に立つ。やっぱり学校に行くのと変わらない。


 玄関でブーツを履きながら、身につけた白の腕時計を確認する。午前十一時過ぎ。日が暮れるまでにはまだまだ時間はある。マフラーを巻いて、さあ、出発だ。



 外に出てみる。


 うん、寒くない。青空で陽があるから、思ったよりも気温が高いのかもしれない。


 そういえば、あの白猫の足あとは歩道に残っているかな? あー、雪を踏みしめられたアイスバー(2)だから、足あとなんて見つけられないや。うーん、まずはうちの近くを歩き回ってみよう。円山まるやま公園こうえんからかな?


 雪の積もった円山公園は、雪がかかれていないところが多くて足を踏み込めない場所も多かった。通れそうな道を見つけては公園内をめぐっていく。


 家にこもってばかりで過ごしてきた冬休みに、ひさびさにこうやって歩いてまわるのは楽しい。これならふだんからもっと外に出てもよかったのだけれど……。そっか、毎日雪かきしていたら疲れて外に出るのも億劫おっくうになっちゃうんだ。だから、家にこもっちゃうのか。



 円山公園とその周辺を一時間くらい歩き回ったけれど、犬の散歩とすれ違うくらいで、手がかりになりそうなものは見つけられなかった。


 ただ歩いているだけじゃダメなのかなあ。聞き込みとかしたほうがいいのかなあ。話すの得意じゃないしなあ。それでも、ゼニガメを救い出さなきゃいけないんだ。すこしは頑張らないと。けど、どうやって尋ねよう?


 あの、頭にカメを載せた白猫見かけませんでした? ふふっ、言葉にしてみたらなんだか可笑おかしい。笑っちゃったけど、その通りなんだよな。とはいえ、これじゃあ人にはけない。二本足で歩く白猫を見かけませんでした? これも変だ。普通、いるはずがない。まるでサーカスにでも出てきそう。あれ? あの白猫は、サーカスで訓練を受けたからあんなことができたんだろうか。サーカスに入れば、猫は言葉を喋る? 二本足で歩くくらいならできそうだとは思うけど……。


 ここは一度、糖分とうぶん補給ほきゅうして脳に栄養えいようを与えてあげないといけない。これもお父さんの口ぐせだった。言うとおりにお菓子を食べると、頭のなかがすこしスッとするのだ。


 わたしはリュックのなかから飴玉あめだまのふくろを取り出した。いちご味の飴。それを何個かつかんで、コートのポケットに入れようとした。そのとき、道路をはさんだ反対側の歩道に、ふだん見かけないものが飛び込んできた。

 ペンギンが歩いていたのだ。


 しかも、三羽いた。


「ええー」


 三羽のペンギンが列を作ってひたひた歩くすがたを目で追っていると、先頭のペンギンが横断歩道のまえで立ち止まった。うしろの二羽もそれにならう。信号が青になると、三羽は右を向いて左を向いてもう一度右を見なおして、横断歩道を渡りだした。


 横断歩道をぺたぺたと歩く三羽の横を、小学生の男の子たちが駆け抜けていく。


 あの子たちには見えていない?


 ペンギンたちは、わたしのいる側の歩道へとたどり着いた。三羽は左右をもう一度確認している。そのうちの一羽がこちらへ振り向いたとき、なんと、わたしと目が合ってしまった。残りの二羽もつづいてこちらを見て止まった。


 ……あわわ……どうしよう。――あ。


 右手にあった飴玉が、一粒、指のすきまから、地面へころげ落ちた。小さな袋に入っているので中身は無事なのだけれど。


 ペンギンたちの瞳が、きらりとした。すぐさま、わたしめがけて三羽が走り寄ってくる。


「えええ……」


 腰が引けて、思わず逃げたしそうになったが、ペンギンたちは、わたしの間近まぢかで立ち止まった。




(1)ジョージ・ガーシュウィンが1924年に作曲。アメリカの代表的なシンフォニック・ジャズ楽曲。

(2)路面凍結。氷点下の気温の地域で、道路上にて積雪や降雨による水分が凍りつくこと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る