03 あれはペンギンのうしろ姿だった気がしたんだがなあ

「え?」


 ペンギンたちはちょうど落ちた飴玉を囲んで見つめだした。飴玉をじっと見つめ、首をかしげながら、クチバシでつつこうか、それともやめようか、迷っている。


 三羽のペンギンは、わたしの太ももくらいの背の高さで、オレンジのくちばしに、つるんとした白いおなかをしていた。


 こんなに近くでペンギンを見るのは、はじめてかもしれない。


 買い物ぶくろをふたつ下げたおばあちゃんが、わたしたちの横を通り過ぎていった。


 やっぱり、見えてない?


 もし、そうだとすると、ペンギンたちを見つめていたわたしも、はたから見たらひとりで立ち尽くしているように見えている? けれど、それなら、この子たちは触れるんだろうか。


 わたしはいまだ飴玉を見つめているペンギンたちの横にかがんでみた。


 うん。やっぱり三羽とも、そこにいる感じがする。よし。


 わたしは手をばした。三羽のうち、いちばん近い子の頭へ手を近づけて……すんでのところでひっこめてしまった。


 ……つつかれちゃうかな。


 けれど、当のペンギンたちは、飴玉に集中しているのかピクリとも動かなかった。


 それなら勇気を出して――


 わたしはもう一度、手をペンギンの頭のうえまで伸ばすと、慎重に、ゆっくりと、頭を撫でてみた。ペンギンはおとなしく撫でられるままにされた。


 きゃーかわいい。ちょっとごわごわするけど。


 そのまま何度も頭を撫でていると、ペンギンはそれが心地よいのか、しだいに目を閉じた。そのまま脇のあたりをそっと持ち上げて、わたしのひざのうえに乗せてやると、ペンギンはなすがままにされた。


 わたし、いま、ペンギンを抱っこしてる!


 あまりの感動に、ちょっとだけ泣いちゃった。


 そういえば、この子たちはどこから来たんだろう。動物園どうぶつえんから抜け出してきたんだろうか。だとしたら、近所にある円山動物園? けど、種類がちがう。円山動物園にいるのはフンボルトペンギンだけど、この子たちはアデリーペンギンに近い気がする。目のうえの毛が白いから、ジェンツーペンギン? だったら、旭山あさひやま動物園? 旭川あさひかわから歩いてきたの? 旭川から札幌って、一〇〇キロ以上の距離だよね?


 突然、抱っこをしていない一羽がぶるんと身体を震わせると、我に返ったようにあたりを見まわした。その子は、行き先を思い出したのか、ひたひたと歩きはじめた。それを見たもう片方と、私のひざから飛び降りたもう一羽が、あとに続いていった。


 目的地でもあるのかな?


 わたしもペンギンたちのあとを追って歩きだした。


 三羽とわたしは、列になって歩道を歩いていく。小学生やおじさんとすれ違うけど、やっぱり彼らには見えていないらしい。



 そのまま五分ほどまっすぐ進んでいくと、歩道の左手に北海道ほっかいどう神宮じんぐう鳥居とりいが見えてきた。お昼の陽射しを受けた、北海道神宮と書かれた石碑せきひと、くすんださび色の鳥居。そのまえで三羽とわたしは、はえーと見上げた。つい一週間まえに、初詣はつもうでのお参りをしてきたのだけれど。


 横にいたはずの三羽は鳥居をくぐって参道さんどうへと入っていった。

 参道の真ん中は神様の通り道なのに、そんなこと気にせずに三羽はヒタヒタ歩いていく。わたしは、左端を歩きながらあとを追った。


 三羽は、警備員のおじさんの横を通り抜けて神門しんもんをくぐった。そのまま参拝客さんぱいきゃくの横を歩いていき、拝殿はいでんのまえで立ち止まった。はじめはペンギンたちがお参りにでもきたのかと思ったんだけど、三羽は、参拝客によって絶えず投げつづけられるお賽銭さいせんを、しばらく目で追っていたらしい。けれど、それも飽きたのか、ペンギンたちは回れ右すると、社務所しゃむしょのほうへと歩き出した。


 そのあとを追いかけようとしたところで、参拝客のおばさんに「あら、可愛らしい子だね。お参りしていかないのかい?」と尋ねられた。


 わたしは、突然話しかけられてあわあわしてしまった。おばさんの言うとおり、拝殿まできてお参りしないのはとても変だ。だけど、このままでは、スタスタと歩くペンギンたちを見失ってしまう。結局、おばさんの笑顔に負けて、わたしは神様に今年二度目のご挨拶あいさつをした。


 急がなきゃ。


 すでに見失ってしまったペンギンたちを追うために、財布をしまいながら神門を抜けた。そこで、すれ違ったカップルの一人が「おい千尋ちひろ、いまさっき、あっちにペンギン走っていかなかったか?」と言ったのを耳にした。

 え? わたし以外にあのペンギンたちを見えるひとがいるの?


「……あの、……その、ペンギンたちは……どこに……」


「え?」


 高校生だろうか。いきおいで尋ねてしまったけど、やっぱり怖い。


磯野いその、この子、誤解しちゃったじゃない」


 と、ボーイッシュのきれいなお姉さんが、笑顔で言った。


 磯野? サザエさん?


「けどなあ、あれはペンギンのうしろ姿だった気がしたんだがなあ」


 円山公園のほうを見ていたおにいさんは、わたしに顔をむけてから「ごめんな、やっぱり見間違いかもしれない」と言った。


 そんなことはない、このおにいさんはペンギンたちを見たのだろう。三羽は、円山公園のほうへ歩いて行ったのだ。


 わたしは二人にお辞儀をしてから、公園へと向かっていった。

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