第5話.Merry Christmas

 時は必ずしも同じ世界を繋いでいるわけではなかった。

 水面に落ちる雫。水面に落ちた雫は波紋を描き消えていく。

 落ちる雫は我々の思うところの時間という概念だという。

 そして波ゆく波紋こそが存在する世界。

 雫が落ちるたびに、波紋は広がる。雫が落ちるとまた新しい波紋が描かれる。

 常に一つの雫が落ちるたびに新しい世界が広がる。


 僕らの存在する世界はその波紋の一つにしかならないのだと。


 今、ここに、新たな世界が広がっていた。

 消えゆく世界に広がりを見せる世界。

 だがそれはあくまでも水面上でのことだ。

 ではその水面下ではどんな世界が広がっているのだろうか?


 僕らが今いるこの世界はその水面下の世界になる。それは聖なる神秘の世界とでも言うべきだろう。

 まやみはあのペンダントに願いを込めた。その願いは受け入れられ、僕らとは違う世界に彼女は召喚された。

 同じ時の流れとは違う世界。


 そこは人類が創造として語り継がれた世界。

 未来でもあり、僕らの世界とは関係を持ち、されど、違う世界でもある空間。


 メイリア・ディアス。彼女はまやみの陰の分身と言った。

 陰の分身とはどういうことなのだろうか?


 メイリアは、俺をある部屋に案内した。そして指さす方に進みようにうながす。

 重く閉ざされた鋼鉄製の扉。その向こうにまやみがいる。


 その扉を開き俺の目に飛び込んできたのは。

 水晶の塊の中で安らかに眠るまやみの姿だった。

「まやみ」

 やっと出た言葉が、俺の胸を熱くさせた。

 変わり果てたその姿に、何を求めたらいいのかさえ思い浮かばなかった。

「どうして、こんなことに」

 メイリアは静かに俺の横で語り始めた。


「彼女は。まやみさんはあなたに賭けたのよ」

「俺に賭けた? それはどういうことなんだ」

「あなたは実の妹であるまやみさんを愛した。そして、まやみさんもあなたの事を愛した。兄妹という絆を超えて二人は自分たちの純粋な想いを繋いだ。その結果、まやみさんの存在は貴方たちの世界から、消えうせなければいけない運命に向かわなければいけなくなった。


 あの水晶のペンダントを託された人は、この世界に召喚するか、己の世界でその生をたとえ消えうせても、生きていくのか選択をしなければいけない。それは過酷な運命といってもいいのかもしれない。

 サンタクロースは、罪深き人に救いを差し伸べる使者ではないのよ。

 己の生きる道。そして己の想いを決めるのは自分自身だから、私たちはその願いを託された人にすべて決めさせる。


 悔いなくこの世を去れる者。想いを残しこの世を去らなければならない者。そして、限りある時間を愛する人と共に最後まで分かち合う者。

 それを決めるのは本人の意思にゆだねられる。

 ただ、まやみさんの場合は特別だった。あなたに残したあのペンダント。


 実はあれはまやみさんの物でも、そして亡くなられたあなたの母親の物でもなかった。

 あのペンダントを託されたのは、あなた。

 巧なのよ。

 あなたは生まれてすぐに、サンタクロースからあのペンダントを託された。

 その時からあなたの運命は導かれる運命となった。でも……、三年後まやみさんがこの世に生を成した時、いいえ正確にはまやみさんはその時、すでにこの世界から生を失っていた。

 幼かったあなたはその事を知らず、想いのまま手にしていたその水晶のペンダントをまやみさんに握らせた。


 そして水晶は答えた。


 まやみさんがあなたのいる世界で生をなすことが出来るように。

 それからあの水晶のペンダントは、まやみさんが肌身離さず身につけるようになった。

 そう、まやみさんにとって、あなたはサンタクロースなの。自分の命を繋ぎ、生きることを与えてくれたサンタクロースなのよ。

 まやみさんはあなたが彼女を愛する前からずっと愛していた。兄妹という枠を超えた愛を大切に、心の奥深くに沁み込むほどに愛していた。あなた巧を。


 十二月二十四日。それはまやみさんがこの世に生を成した日。そしてこの世を去った日でもあるの。

 そしてあなたが、まやみさんに託した水晶の力が切れる時期が近づいた。


 水晶の力が衰えるにつれ、まやみさんの記憶の中に、自分がこの水晶によって生き返らせていることを知るようになった。そして、このまま力が失われれば、初めに託されたあなたの命が代償として失われる。それと同時にまやみさんの存在自体も、あの世界から消えうせてしまう。本来ならいるはずのない存在なのだから。


 自らをこの世界に召喚させ、己の心をこの水晶の一部となることで、あなたの命をそして想いを守ろうとした。

 私はそのまやみさんの想いが生み出したもう一人のまやみ。


 私があなたを、いいえ、お兄ちゃんを愛する気持ちはいつまでも変わらない。


 私は……もう一人の本当のまやみ。


 あなたのその水晶をこの私の体に埋め込むことで、私は本来の姿に戻れる。


 お兄ちゃんが愛してくれる。私がお兄ちゃんを愛しているまやみに。


 愛しています。


 「巧」



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