中学生編
第1話 告白は体育館裏から!
ここは体育館裏。
体育館という遮蔽物があるせいか、身を切るような風が、下からホップするように巻き上がる。もしも僕が今スカートを穿いていると仮定したら、恐らくは捲れあがっていただろう強風だ。
僕にとっては短かった秋も終わりを告げ、とうとう冬の足音が近づいてきた。
頭上に腰を落ち着けている、鈍重そうな灰色の雲は真下に昏い影を落とし、僕を陰鬱な気持ちにさせる。
霜の張っている地面。
歩くたびに独特の感触が足に伝わり、少しの希望を抱かせる。
植物は死に絶え、動物は惰眠を貪る。
そんな季節にも何かいいことがある――そんな気にさせる。
「……きて、くれたんですね」
顔を綻ばしたスラリと足の長い男は、僕をここまで呼び出した張本人だ。
目鼻立ちが整っていて、纏っているリア充特有のオーラに気圧され、一瞬蹈鞴を踏んでしまう。
僕と彼は全くの初対面というわけではないけれど、ほとんど会話を交わしていないことも一因なのだろう。
コミュ力のない僕にとって、リア充の代表である彼と邂逅するのは、正直言ってあまり気分の乗らなかったお誘いだった。けれど、聞かなかったふりをしてすっぽかすわけにもいかない。
「うん……えっと、神谷くん……だったよね?」
「は、はい! 秋月さんに自分のことを憶えてもらっていて光栄ですっ!」
神谷くん。
女子の間では評判の高い元サッカー部のエース。僕と同じく、卒業を間近にした彼は、とっくの昔に部活動を引退した。それでも、少しでも体を動かさないと落ち着かないのか、体育会系の部活動生のほとんどが部活を続けていると聞いている。
彼もまたその一人。
サッカーボールを追いかける姿をわざわざ観戦に来ている女子たちを、彼は素人目からでも分かる卓越したプレーで湧かせている。黄色い声援を送っている彼女達は学年の垣根を越えていて、彼の長所は見た目だけじゃないことを証明している。
僕はそんな神谷くんを、毎日羨ましげに横目にしながら、とぼとぼと帰路に就いている。
実は僕も神谷くんと同様に、僕も運動系の部活に所属していていた。だけど引退を迎える前に、家庭の事情があり、どうしても続けることができなくなってしまい、なくなく退部届を提出した。
情熱を燃やしていた部活動に未練がないといえば嘘になるが、僕は青春を犠牲にした対価として、そこそこの学力を得た。スポーツで燃え尽きることもできず、手持無沙汰になって暇を持て余した僕は、その情熱を勉強へと向けた。
勉強は好きでも嫌いでもなかったけれど、何もやらないで腐っているよりは遥かに有意義だ。暇つぶし程度にやり始めたのだが、どうやら僕は寡黙に地道な作業をこなせるタイプの人間だったらしい。
受験間近になって焦り出した他の学生よりも、時間という多大なアドバンテージを持っていたお蔭で、僕の学力は上から数えた方が遥かに早いぐらいには飛躍した。
志望校の高校の模擬テストでA判定をもらった時は、喜色満面で唯一の友達に報告したものだ。
そういえば神谷くんも、どこの高校に通うかは決まっていたような気がする。
「神谷くんって、確か推薦決まってたよね?」
「……は、はい!」
緊張のせいか、神谷くんの声が裏返っているのが微笑ましい。
ちょっと……可愛いな。
神谷くんが女子にモテる理由が、また一つ分かった気がする。
僕が思わず笑ってしまうと、神谷くんはボッと顔が炎のように赤くなる。
「自分、サッカーで内定もらいました! それが……その……県外なんです! 秋月さんの志望校は聞いています。……このままじゃ、自分、後悔すると思うんです! ……でも、だから、自分は秋月さんに……」
体育会系らしいストレートで、回りくどくない言い方は潔い。
だけど、余計なのがその音量。
怒号のように張り上げられた大音声に、思わず両手で耳を塞ぎたい衝動に駆られるが、神谷くんの手前失礼だと配慮し、顔を渋面にするだけに抑える。
それにしても、神谷くんのこの物言い。
一抹の不安がもたげる。
この決められたような一連の流れは、今まで幾度なく嫌になるぐらい経験してきた。
「じ、自分は秋月さんのことが――」
その切り出し方に、僕は脳裏を過った懸念が確実に真実ではないかと確証を得る。
僕は慌てて神谷くんの言葉を妨げる。
「ごめん! ちょっと待って。なんとなく、なんとなくだけど、キミが言いたいことが分かった気がするよ。……ねえ、もしかして僕をここに呼んだのも……?」
「……そうです。自分はあなたに――秋月さんと離れる前にお伝えしたいことがあって、お呼びした次第です」
なわなわと震える口元と、力強く握っている拳は、神谷くんが本気だということだ。
厳かな声音。
他の人間の受け売りなんかじゃなく、自分なりの言葉で懸命に思いのたけをぶつけようとしているのだろうけれど、ヒートアップしていく神谷くんとは正反対に、僕の頭は冷静になり、むしろ氷点下へと達する。
……この人も他の人達と同類ってわけだ。
人影のないこの場所に呼び出された時点で、神谷くんの用件はある程度は察しがついていたけど、今回だけは違うと信じたかった。
……まさか。
またもや、この僕が男から想いを告げられるなんて考えたくもなかった。
「申し訳ありません。僕はあなたの気持ちに応えることはできません」
「……どう……して……ですか? なんで告白する前から断るんですか!? 自分なんかじゃ不満ですか? なにか気に入らないところがあれば言ってください!! 秋月さんが指摘してくだされば、どんな欠点だって補ってみせます!! 秋月さんに相応しい男になってみせます!!」
悲壮そうな面持ちを見て多少僕の心が痛んだけれど、被害者はこっちの方で、最初に攻撃してきたのは神谷くんだ。
ここで怯む必要は一切ない。
どうしていつもいつも、僕はこんな目に合わないといけないんだろう。あとどれだけ神様に見放されれば、僕は平穏な日常を手にすることができるのだろう。
不運な運命。
そういう星の下に生まれたからと、他人に諭されたとしても僕は全然納得できない。
嘆息交じりに、仕方なく僕は今まで振ってきた相手と同じ質問をする。
「……なんて、よりによって僕なんですか?」
神谷くんならモテるだろうに。
そうだ、神谷くんだけじゃない。他のみんなもだ。
あああああ、いやになる。
心の中で、髪を掻き毟る。
今月に入って告白されるのは三回目だ。
クラスの三分の一は僕に恋心を抱いている気色の悪い統計なんて、計算しなければよかった。それにしてもなにが面白くて、僕なんかを選ぶのかが解らない。他に綺麗な女子、可愛い女子なら、それこそ星の数ほどいるはずなのに。
「それは、秋月さんが僕の心を鷲掴みにして決して放さないぐらい、可憐で可愛いからです。……いえ、勿論それだけじゃありませんよ。秋月さんは、他の女子とは比べ物にならないぐらい魅力的な所がたくさんありますっ!!」
不快感で反論を挟めないことをいいことに、好き勝手言われる。ぞくぞくっと、足先から頭のてっぺんまで寒気が這うようにして、通り過ぎて行った。
僕のどこが魅力的なのかは知らないけれど、こっちはいい迷惑だ。
確かにほかの女子とは明確な相違はあるだろうけれど、それが魅力に直結にするなんて、当の本人である僕には全く理解できないことだし、したくもないことだ。
……もう、みんな僕のことなんて放っておいてほしい。
僕はこれ以上、男なんかにモテたくない!!
「ちょっと待って下さい、秋月さん!!」
踵を返して歩き出した僕を、神谷くんは必死の声で呼びとめる。
ううう、涙でそうだよ。
僕には何の非もないはずなのに、振った相手が絶望に満ちた顔になってしまうと何故か心苦しい。そして男の人の思いに応えられないと告げるたびに、振った相手に心を寄せていたであろう女性からの、無言のプレッシャーが、僕の体に突き刺さり胃がきりきり痛む。
僕だって好きで告白されているわけじゃないのに……。
人並みの恋愛ぐらいしたいのに、なんで女の子に恨まれないといけないんだろう。
「自分はあなたを愛している!! ……それともやっぱり、あの人のことが好きなんですか?」
「愛華は関係ありませんっ!」
どうしてみんな愛華との関係を勘ぐるのだろう。
それは、確かに愛華は可愛いし、僕とは、短いながらも太い付き合いだといっていいだろう。だけど愛華は、僕のことなんて友達としか思っていない。僕が密かに、それ以上の感情を抱いているのを夢にも思わずに、今日も一緒に下校する約束をしている。
「……だったら、どうして?」
本気で不可解そうな言い方に、さすがの僕も憤慨する。
そっちが、その気なら僕にだって言い分がある。
君の告白を撥ね付けるのに、十二分に正当な意見がっ!!
僕は振り返り、追いかけてきた神谷くんに、毅然とした態度で言い放つ。
「僕は男ですっ!!」
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