序章編

第一章


 それは、武蔵が”変わった”日のことだ。

 春先。

 極東の上。未明の薄暗い空を行く武蔵の上。更にそれを見渡す武蔵野の艦橋上で、一つの影が動いた。


「――――」


 手元に出す表示枠にあるのは『武蔵総艦長:自動人形:”武蔵”』という名前と、そこからの権限で各所に出す指示の群だ。

 彼女、”武蔵”は、武蔵全艦に視線を回し、呟いた。今、目覚めつつある未明の都市艦を見据えて、口を開き、


「――三河争乱から始まり、各国を経てヴェストファーレンで集い、そして二つの月の片方を破壊して終わった”末世事変”。

 あれから世界は整調化していくかと思いましたが、そうも行かないようで。結局はまた、世界に関わりつつ、再び皆様の力を借りることになりそうですね。――以上」


 自動人形。手元に新しく出す表示枠には、文字がある。


「”情報体化”執行。――作業を完遂しなさい。――以上」


 それは、見た目や、感覚的には小さな変化だった。

 気付く者は気付き、確認を取り、気付かない者は気付かない。気付いても、未明のことだ。


「何かイベントが始まりましたかねえ」


 誰も応える者はない。隣で寝てる馬鹿も現状1/4で、昨夜は遊びすぎた。ともあれ、


「ま、明日、朝にでも解りますか」


 寝直しだ。


 夜に一つ寝てみれば、都市艦の朝は早い。まずは先夜から続いていた配送業の成果として、各地の倉庫や市場が艦ごとに卸し市場を展開する。

 それがまた小さな単位の市場や店に持ち込まれ、各艦の朝の準備が始まるのだ。


「はいはいはい、魔女の配送”黒金屋”、――香辛料セットで持ってきたわよ」


 配送屋が動き出す。しかし各家庭の朝は、それより少し遅くなる。それぞれの家が朝食を作るよりも、街で働く人々のために軽食屋が店を開ける方が早いのだ。ゆえに未明の早起きは外食。朝日が出てからは家庭の朝食と、そんな流れが生まれる。


「では点蔵様、昼の用意も持ちましたし、教導院に行きましょうか」


 そして出勤や登校。そういったいつものルーチンワークを経て、当然起きるのが渋滞だ。艦間の太縄通路などは毎度の混み具合を見せつけていく。そんな中、


「――何? 今日ちょっと、変に混雑多くない?」


「飛んでいくか? 面倒だから」


 と言ったトラブルや疑問もあったが、概ね八時には解消。

 朝八時半には、武蔵八艦の内、中央後艦の奥多摩艦尾にて、鐘が鳴った。

 教導院が授業を始める。

 この時間は、武蔵の各企業組合なども始業とする頃合いだ。

 つまり武蔵全体が動き出す。そのための時報が、艦上と艦内全域に響き渡った。


 始業の時報を得てからしばらくの後。

 八艦からなる武蔵の中央前艦・武蔵野、表層部の町にて、賑やかな声が聞こえる。

 艦尾側にある小等部の校舎から、応答の声が響いているのだ。

 一階。低学年の教室には、臨時の講師がいる。彼女は、




■浅間・豊

■呼名:アサマホ

■役職など:浅間神社代表 巫女


・未来から来た浅間とトーリの娘。元羽柴勢で武蔵と敵対していたが、合流後は浅間神社代表として活動中。元の襲名は平野・長泰。目下の推しは両親と本舗組。推しがイチャついたりするとかなり盛り上がって変になるが通常運行。浅間が増えた。浅間をトーリで表現、などと言われる。戦闘では剣を用いることが多いが、それを発射する剣状矢システムなども使う。



「――さて、武蔵は今、そういうことで極東を回って、各国への挨拶や諸問題の解決に当たっています。皆さんの御家族も関わった人が多いと思うんですけど、末世が解決されてから、各国、やることが一気に増えてトラブル続出しているんですね」


「先生――」


「んー? 何かな? うちの父さんや母さんや、ホ母様のことなら何だって答えられちゃいますよ?」


「……今、先生の、何か変なの出た」


「…………」


「……………………」


「……変?」


 どういうことだろう。

 自分は正常な方だと思う。父や母達、つまり推しの観察をしているときにギアが上がる時があるが、基本は正常。セーフ。そのつもり。だが、


「変って、どんな感じでしたか……?」


 聞いてみる、すると子供達が頷き応じた。


「先生の、何か、詳しいこと……?」


「詳しい……、こと?」


 即座に思った。その思いを、自分は授業で使っていた書道のセットで二文字にして書いた。





 達筆。そう思う。しかし、


「いやいやいやいや、先生、流出はしてないですよ? たまに鼻から血とか、メンタルから何か嬉しい汁が流出するときありますけど」

 

「先生、正純先生みたいに壊れてる?」


「…………」


「正純先生、どんな感じで壊れてます?」


「うん。何かいきなり”アー!”とか”くっそー!”とか思い出しシャウトする」


 その頃、講師のバイトではなく、副会長として業務中の正純は、シャウトしていた。


「アー! クッソ! あの馬鹿に津軽の冬景色が綺麗だって言われて武蔵動かしたら、重奏領域で思い切りシビルの極寒地だったの思い出した!」


「武蔵を私的運用すんなや……!」


「あ、副会長、あと何か”武蔵”から呼び出しが来てるので、テキトーなところで出て行って下さい。武蔵野艦首甲板です。残り、とっておきますので」


「オイイイイ! そこは気を利かせて”やっておく”もんだろう!?」


 豊としては、両親の所属する三年生”先輩組”が意味不明なことをしているのは、ある意味、有り難いことだった。


 ……推しが何かやらかしているとか、最高ですよね……。


 ぶっちゃけ、父達が毎度何をやらかすか、期待しているところもある。だが、


「豊! ちょっと呼集が掛かってますの! 連絡来てません?」




■ネイメア・ミトツダイラ

■呼名:ネイ子 タケ子

■役職など:無し


・未来から来たミトツダイラとトーリの娘。元羽柴勢で武蔵と敵対していたが、合流後は狼一家の一員としてキャンキャン忙しい。元の襲名は糟屋・武則。人狼女王家系だけあって、女王としての資格充分。目下、異母姉妹である豊の暴走をフォローしたりツッコんだりで忙しい。戦闘では銀釘と呼ばれる杭打ち可能な打撃武装を用いる。



「…………」


「……あれ?」


「どうしましたの?」


「いえ、今、ネイメアの後ろに、流出が」


「流出……!?」


 ええ、そうです。と、自分は授業で使っていた書道のセットで二文字を書いた。





「え!? まさかそういうことですの!? 私が広い浴場で思い切り水プルプル払ったり、お肉食べまくって口元ソースつけたまま寝てしまうとか、そういう画像が!」


「うわあ、ネイメアと私の想像性の違いに、今少し驚きましたよ私」


「豊――!?」


 ともあれ、と己は相方の両肩に手を置く。


「どういうことなんです?」


「ええ、何か”武蔵”から、ちょっと重大な発表があるというので、主力の面々はちょっと武蔵野の艦首甲板に集合ということですの」


 こっちは授業中だったので緊急通神以外は切っていた。だが、そこに飛び込んでこなかったということは重大発表であっても緊急案件ではないのだろう。

 ただ、それでも相方はこっちに呼びに来てくれた訳だ。


「有り難う御座いますネイメア。私のこと、心配でした?」


「ええ、お父様達のことで一人で盛り上がってメンタル汁出して倒れたら、小等部の子供達の教育に悪いですし、どうしますの、って」


「安定の私ですね……!」


 何か納得した。しかしその一方で、”武蔵”の呼集も気になるところだ。


「……何かやらかしたのがバレたり、ひっかかったりしましたかね……」


「一体いつも何してますの?」


 まあいろいろです、と応じてとりあえず武蔵野艦首甲板までの移動時間を確認。


「ちょっと遅れるかもしれませんが、授業、最後までやってから行きましょうか」


「――でまあ、武蔵野艦首甲板に集合って、どういうことよ?」


 トーリは、ホライゾンと武蔵野艦首甲板に来ていた。

 ”武蔵”からの緊急呼集ということで、代表者とか主力が来いとなれば、


「このホライゾン、参加せねばなりませんな。あ、トーリ様は何故ここに? ああ、ホライゾンのブースター役ですか」


「お、俺の方が偉いんだぞ! そうなんだからな!? ドバドバだぞ!」


 と、己が言ったときだった。不意に大判の表示枠が自分達の周囲に出た。




■葵・トーリ

■呼名:全裸 馬鹿 ウエットマン

■役職など:総長兼生徒会長


・本編主人公。ホライゾンを嫁にしている。また、浅間、ミトツダイラも”面倒見るし、見て”と、家に迎え入れている。基本、よく全裸になる雑音。武蔵勢のリーダーで王様。オスのヒロイン。”失わせない”という矜持を掲げて世界征服実行中。何か加護の設定事故によって196ml出るようになった。現在、極東覇者の松平・元信の二代目襲名者である。


■ホライゾン・アリアダスト

■呼名:ホ母様 ホママ

■役職など:フリーダム


・本編ヒロイン。極東覇者である松平・元信の一人娘。十年前の事故で自動人形の身体を得た。そこからが凄い。大罪武装の使い手で男前を地で行く。行きすぎる。たまに奇声をあげる。ギャグに厳しいが情に深い。トーリの嫁大家として、浅間やミトツダイラの想いを理解し嫁店子として共同生活に組み込んだ。すると何と生活が楽に……! 末世事変中から、両腕が分離して男前な行動をとるようになった。



 え? と思った瞬間。しかしそれは消える。後には何も残らない。だが、気付いた周囲の視線の前、自分は首を傾げ、


「…………」


「……今、何か出なかった?」


「何ですか、また調子に乗って196mlがこんなところで出たとか、ちょっと甲板の子供を作ろうとか、なかなか最先端ですな」


「しませえ――ん! そんなことしませえ――ん! あと何か最近、俺の術式がパワーアップしているのと比例して流出量増えてる気がするんですけどどういうこと!?」


「あれ何となく人類の総出量を前借りしてる気がするんですが、そうだとするとかなりヤバいですよねえ」


 確かにそう思う、と、他と頷いていると、後ろから人影が来た。


「あ、トーリ君! 皆! ちょっと」


 浅間だ。今日は自分達の住み処である本舗の裏、東照宮の設定をやっていたと思ったが、




■浅間・智

■呼名:アサマチ 智母様 トモママ

■役職など:東照宮代表 全方位巫女


・武蔵内の浅間神社と東照宮代表。巨乳と言ったら浅間。巫女で射撃能力抜群。トーリの嫁店子であり、幼馴染み。たまに深夜の行きすぎ傾向。浅間神社の祭神であるサクヤとはツーカー状態で、術式、加護、通神などを一手に引き受ける実力者。喜美、ミトツダイラと、バンド”きみとあさまで”を活動中。戦闘では主に浅間神社由来の大弓梅椿を使用し、補佐として走狗ハナミを連れている。


■ネイト・ミトツダイラ

■呼名:ミトっつあん ネ母様 ネイママ

■役職など:武蔵総長連合第五特務 全方位騎士


・六護式仏蘭西出身で人狼家系。種族特性である剛力と、憶えた瞬発加速で武蔵のアタッカーとして戦績を重ねる。騎士として、トーリを王として古くから仕え、今は嫁店子の一人。使用する武器はフレキシブルアームである銀鎖と、祖母由来となる銀剣。喜美、浅間と、バンド”きみとあさまで”を活動する。ケルベロスの走狗トロコを現在育成中。



「…………」


「え? あ、あれ? 今のは……」


「……何か今、個人情報がモロに出ましたね」


「というか私、まだ顔出してないのに、勝手に情報出ましたわよ!? ――って、総長連合第五特務、ネイト・ミトツダイラ、参上ですの!」


「おお、ネイトも来たか。姉ちゃんもいるし、他も大体揃ったけど――」




■本多・正純

■呼名:セージュン

■役職など:副会長


・三河出身の貧乳政治家。交渉能力に長けているが、なぜか会議が終わると戦争になっていることが多い。言いたいことをハッキリ言うのと、発想が新鮮なのか、思った以上に権力者連中から好まれるタイプ。補佐の走狗はオオアリクイのツキノワ。溺愛している。



「……? 何だこの画像。さっきから各所で出ているな」


 何ですの一体、とミトツダイラは思った。


「自己紹介が勝手に始まってますの? というか、何故?」


「ククク、何か解らないけど露出いいじゃない! スポ──ン! って感じで素敵!

 あ、私、トーリの姉で葵・喜美よ! 浅間とミトツダイラの煽り役で賢姉様──!」


 これは”出る”。そんな感覚で、自分達は喜美の紹介を待った。だが、


「…………」


「…………」


「…………」


「……喜美の場合、出ませんね」


 どういう事ですの、と疑問したときだ。馬鹿姉が笑った。


「フフ、多分こういうことよ。――先に情報出しておけばバラす必要が無いと判断されるのよ! さあ、そこのオマエもそこのアンタも! 隠していることを全部吐くといいわ! ほらアデーレ!」


「え!? あ、べ、別に隠し事とか、無いですよ! 従士アデーレ! 何も無いです!」




■アデーレ・バルフェット

■呼名:無し

■役職など:近接従士


・ないわー。



 やりましたわね、と、ちょっと思った。


「悪意! 悪意がありましたよね今!? ありましたよね!? というか無いなら無いでいいんですよ!」


「ま、まあ、そういうものだと思って先に行きませんの?」


 と、言ってる間に、また何人かがやってくる。


「――呼集? 私達後輩組もいいのかしら」


「んー、ママ達も向こう来てるから、大丈夫じゃない……、って? え?」




■加藤・嘉明

■呼名:キメちゃん

■役職など:白魔女ヴァイスヘクセン


・未来からやってきたナイトとナルゼの娘。元羽柴勢で武蔵勢と敵対していたが、合流後は親をママ呼びするギャップ。六枚翼。金髪。機殻箒”白姫”を使う。冷静巨乳。


■脇坂・安治

■呼名:アンジー

■役職など:黒魔女


・未来からやってきたナイトとナルゼの娘。元羽柴勢で武蔵勢と敵対していたが、合流後は親をママ呼びするギャップ。六枚翼。黒髪。機殻箒”黒姫”を使う。アバウト系貧乳。



「おおう? 何か面白いことになってるっぽい?」


「うちの子達の自己紹介をランドマークに降りていく、ってのも、ちょっと新しいわねえ」




■マルゴット・ナイト

■呼名:ナイちゃん ゴっちゃん

■役職など:武蔵総長連合第三特務 遠隔黒魔女


・金髪で巨乳で六枚翼。機殻箒”黒嬢”を使う。配送屋”黒金屋”をナルゼと営み、二人のバンド”愛繕”を活動。結構テキトーな性格に見えて、かなり思慮が深い。


■マルガ・ナルゼ

■呼名:ガっちゃん

■役職など:武蔵総長連合第三特務 遠隔白魔女


・黒髪貧乳の六枚翼。機殻箒”白嬢”を使う。配送屋”黒金屋”をナルゼと営み、二人のバンド”愛繕”を活動。同人作家で、かなりの大手。よく武蔵のメンバーを題材にした同人誌を描いて評価を得ている。



「点蔵様、さっきから何か、私達のも出たり消えたりしてますね」




■メアリ・スチュアート

■呼名:メーやん 傷有り

■役職など:英国王女 全方位精霊剣士


・現在武蔵に亡命中。金髪巨乳と言ったらメアリ。王賜剣一型の使い手で点蔵の嫁。よくできた娘さん。よく衣装を取り替えていて、喜美と同じくファッションリーダーの一人である。妹は英国女王エリザベス。


■点蔵・クロスユナイト

■呼名:テンゾー

■役職など:武蔵総長連合第一特務 近接忍者


・金髪巨乳スキー。常に顔を隠している。メアリと違ってこっちはファッションセンスが死んでる。でもメアリを射止めて今は嫉妬勢の通神帯におけるネタキャラ。忍者としての実力は高いが、やはりルックスがな……。



「ふむ……。武蔵の連中の紹介は一度消えたら二度と出ぬようで御座るが、メアリ殿のものが幾度か出て、自分のも引っ張られているということは、コレ、怪異ではなく、武蔵住人であることを判定して起きている何か不具合で御座るか?」


「でも、コレ、収拾つきますの?」


 と、自分が首を傾げたときだ。階段を上がって、今回の話題の主が来た。

 ”武蔵”だ。


 浅間は、”武蔵”の到着と同時に、今回の件の詳報を表示枠で得ていた。




《詳報》


 ――以後、このように適時解説のような形で解説など差し込まれる事になると思います。宜しく御願いいたします。――以上。



「おお、意外と細かいところまで補足が出る……」


「というか、どういうことですのコレ。智?」


 ええと、と言葉を作っていると、”武蔵”が軽く手を上げた。自分で解説をすると、そういうことだろう。

 応じて皆が静まるあたり、いつもは馬鹿やっていても締めるところは締める、という感覚だ。そして”武蔵”が、台詞を告げた。


「はい。そのあたりでひとまずお静かに。

 では皆様、武蔵総艦長の私、”武蔵”から今回の件について解説があります」


 しかし、と彼女が言葉を間に挟んだ。


「ですが皆様、その前に、よくない話と、悪い話があります。

 どちらが先がいいですか。──以上」


「ダブルで」


「せ、攻めますわねホライゾン!」


「では手早く言いますと、末世を解決した以後、この極東全体の地脈に負荷が掛かりまして、流体としての情報量に乱れが生じました。

 浅間様、浅間神社と東照宮からの説明を。──以上」


 来ましたね、と自分は思った。

 今日、東照宮の方の調整を行っていたのは、コレだ。いや、何が始まったのかは何となくしか解っていなかったが、地脈からくる武蔵の流体関係にこのところで乱れが発生していて、その調整を行っていたのだ。

 神道の大本、IZUMOと連携し、情報を送って精査。その戻りは、以下の結論だった。


「要するに末世解決で世界の地脈が変動してるんです。で、末世解決の中、歴史再現など派手にやらかしたもので、そういうのが伝説や寓話、歴史として各地に定着するための容量をオーバーしてる?

 そんな感じっぽいんですね」


「定着の容量オーバーとは、どういうことですか?」


「――Jud.、詳しい原因は不明だろう? でも聞いたところだと、一言で言えば、この世界の記録がオーバーフローして、溢れた分が、たとえば怪異や顕在化してる、ということかな?」


「…………」


「……ガっちゃん、今の、一言じゃなかったよ……」


「シッ、言うと構って欲しくてこっちに絡んでくるわよ」


「でも、オーバーフロー? ──それが何か問題あるの?」


「ええ。やはり、溢れたり弾かれた歴史や寓話の情報が地脈の乱れと合致して怪異になったり、下手をすると消えてしまう、というのが問題です。

 各国、既に気付いていてどーしたもんかと、そんな感じなんですね」


「どーしたもんか、って言われても、どーにか出来るもんなんですか?

 だって、怪異と言ってもベースは”情報”。実体化しないと、手が出せないですよね」


 Jud.、と”武蔵”が頷いた。


「――そのあたり、ご安心下さい。武蔵は強力な結界を全方位持っていますので、武蔵全域と住人を情報体と化して、そういった”情報”にアプローチすることが可能です。

 皆様、如何でしょう。──以上」


「情報体化っていうと、どういうことになりますの? 三成や大谷みたいな事になりますの?」


「いえ、情報化と言っても、完全変換ではなく、皆様および武蔵、そして武蔵内の空間全域に”情報”との共通性を与える加護を付加することとなります。

 たとえば、で言うなら”常に水の中で呼吸が出来るようになった”という、その程度の事です。無論、情報世界とも言うべきものに入った場合、情報化していない人々からは知覚外となってしまいますが。――以上」


「つまり属性が増える、という感じかな?」


「まあそういうことです。内外共にいろいろな可能性があります。そんな訳で、情報体化、如何でしょうか」


「うーん、各国が困っていて、こっちはそれを解決できるなら、世界に対して武蔵の価値を提示出来るだろう。そしてまた、他にない経済活動が出来るなら、考慮すべきだとも思う」


 浅間の視界の中、じゃあ、と正純が言った。


「私としては異論ないな。──いつ行うんだ? その処理」


「Jud.、昨夜、皆様が寝ている間に、早速。

 三秒ほどで済みましたので、自動人形総出で形式的に三本締めで収めました。──以上」


「…………」


「…………」


「……あ、正純、言いたいことが有りましたらどうぞ」


「おイイイイイイイイイイイイイイ! 術式レンジでチンするみたいに、勝手に武蔵住人十万人と艦体の情報的書き換えを行うなよ!」


「いえ、許可はとりましたが何か? そちら、トーリ様に。──以上」


「え? ……あ──。昨夜、ホライゾンと一緒にクリア急いでたエロゲのために表示枠連打してたんだけど、そこに混ざった? みたいな?」


「我が王……。智が本舗内結界で我が王の分身を扱えるようにしたのは、エロゲ攻略のためではありませんのよ?」


「……リアルエロゲのためかな」


「私の同人誌にネタを提供するためよね……」


「まあ馬鹿は放置として、つまりこれから武蔵と私達で世界各地の記録や寓話などの乱れを直していったり、武蔵上で情報体化を利用して、いろいろな企画をやっていけということか」


 ですね、と思っていると、点蔵が手を上げた。


「──質問に御座る。いいで御座るか?」


 点蔵は、疑問を問うた。


「自分らが今、情報体になっているとして、そうであるならばバックアップも取ることが可能な筈。そのあたり、どうなので御座るか?」


 Jud.、と”武蔵”が頷いた。


「皆様の情報も、昨夜の段階で確保していますので、緊急時にはバックアップからの復帰が可能となります。――以上」


「それは不死化で御座るか?」


「いえ、違います。致命が必要と加護が判断した瞬間、情報回収を行います。が、無論、それが間に合わねば死亡してしまうので、頼らぬようには御願いします。――以上」


「ええと、情報体も破損すればバックアップからの復帰に時間掛かりますし、下手をすると破損箇所の完全修復出来ない場合もありますよね……」


「致命傷即退場、って感じか? まあ、失われないように、ってことで、”武蔵”からのヘルプがついたんだとしたら、有り難えことだわな」


 馬鹿なりに考えて御座るな、ということで、ちょっと安心。

 ならばこちらが問うのは、任務にも関わる一つのことだ。


「自分達がするのは、各国の歴史の異変や怪異を鎮め、改めて”記録化”し、存在を確定すること。これが流体や地脈の乱れなどに対する武蔵の関わり方に御座るな?」


「Jud.、この”記録化”は、今までも議事録などアナログ的にやってきたことと思われますが、今後は任務完了の意味を持つ、ということです。

 そしてこれは怪異や地脈の乱れに限らず、たとえば武蔵上での情報体化を利用した事業などでも有効です」


「何かすごい話になってきたなあ……」


「まだ途中で一段落入れている、本土の諸国行脚事業も、そういった”完了”が可能ですのよね? 当地の地脈などに、私達が”記録”を残すことで」


「あの、……今の話ですと、武蔵の中の記録も、同じように散逸しているのでは?

 どうなんでしょう、そのあたり」


「Jud.、隠していても仕方ありませんが、実は最大の被害を受けているのは、各国を回って皆様がノリノリであった武蔵です。おかげで武蔵と皆様の記録は散逸状態で。

 それもあって有無を言わせず情報体化をしました。たとえば――」


 と”武蔵”が言って、歩いた。

 何ごとかと追うこちらの視線の先、彼女は艦尾側に身を置く。そして、


「皆様、気付いておられませんか? それとも、情報体としての視覚や知覚にまだ慣れていないのでしょうか? ご覧下さい」


 言われて見た武蔵全艦。そこに、戦場が広がっていた。


「……え?」


 戦場だ。

 あり得ない、というのが第一の感想だ。何しろ、ここは武蔵上なのだ。しかし、 ミトツダイラは、それを憶えている。左舷一番艦・浅草。その上に揺らぐようにして存在している巨大な石壁の連なりは、


「ネルトリンゲンの市壁ですのよ……?」


 馬鹿な、とは思う。

 何しろサイズが違う。ネルトリンゲンは円形の都市で、それが前後に長い武蔵に収まる筈もない。もしも表層部に入り切るならば、横幅に合わせた小型サイズになっているだろう。

 だが違う。


「……どうして、街が違和無く重なっているんですよう?」




■島・左近

■呼名:サコーン

■役職など:近接武術士(侍)


・身長三メートルで二十歳のJC。元羽柴勢で、武蔵と敵対していた。合流後も三成の護衛役である。M.H.R.R.皇帝の血族として強化人類であり、再生力が高く基本的に不死+剛力。ただ痛みはあるのでかなりアイタタ。ノンビリ派で、機動殻の鬼武丸と共に戦う。



 そうだ。大きさがこれだけ違うものが重なっていて、違和を感じない。これは、 


「矛盾許容ですわね? 理屈的におかしいと思っていても、実際の事象としては許容されてしまっていますの」


「Jud.、おかしな話ね。――ほら、奥多摩の向こうには、夜が広がっていて、アルマダ海戦の砲火が飛んでるように見えるわ」


 それだけではない。

 飛ばす視線の先、武蔵各艦をベースに、夕刻の光や夜の闇が幾つも広がっている。

 その中からは、砲音や地響き、怒号や叫びが聞こえ、


「……備中高松城の、武神団の音が聞こえる」


「武蔵だけじゃなく、羽柴勢の持つ記録まで混じってる?」


「Jud.、合流時に記録は統合されました。そういうこともまた、乱れの原因となっているのでしょう。――現状、武蔵はそれらの記録が移ろい、何度も再生され、飽和状態にあります。――以上」


 あ、と皆の中から声があがった。


「今日、……朝の渋滞が、妙に混雑を濃くしていると、そんな話がありましたね」


「Jud.、実際、こっちの方にも、何故か出していない古い作戦がもう一度発令されたとか、そんな妙な話が来てもいたので御座るが……」


 皆が顔を見合わせる。


「つまり、これらの記録が、既に表出して”こっち”の現実に作用している、ということですね?」


 だとすれば、疑問がある。


「これ、放置するとどうなりますの?」


 こちらの視界の中、Jud.、と”武蔵”が応じた。

 Jud.、と”武蔵”が応じた。


「解りやすい流れですと、連続再生される中で、乱れたまま内容を確定した記録は、それが本物となるでしょう。事実や、現在との齟齬については処理がケースバイケースになると思いますが、事実とは別で、過去の記憶の改変が起き、関係が変化するのは確かです。下手をすると、それらが消失し、空白となる可能性もあります。――以上」


「それは困ります……!」




■加藤・清正

■呼名:ジェイミー キヨ殿 キヨキヨ

■役職など:全方位機殻士(剣士)


・未来から来た点蔵とメアリの子。元羽柴勢で武蔵勢と敵対していた。合流後はいい娘だが、点蔵に対してはかつての未来で母に先立ったことからちょっと塩対応。王賜剣三型と、防御系機動殻の扱いに優れる。未来の英国王。何かいろいろあって福島と付き合ってる。



「えっ、な、何です、コレ?」


「ま、まあ気にせず。とりあえず記録の消失は駄目と言うことで」


 その通りだ。ならば、


「では、私達は今回、どうすべきですの?」


「各艦に展開している過去の記録がどのようなものか、大体分別はついております。ですので各員、その過去の中に入り、乱れている部分を補正して下さい。――以上」


「補正? どういう風に?」


「Jud.、各記録は乱れていますが、歴史は人が動かすという通り、大体はそこにいるべき人が欠如し、記録内の関係が壊れているせいです。なので、該当者もしくは該当者の所業を知る人が、そこで代理を行えば、補正が利きます。――以上」


「補正によって、その形に過去が書き換わるということはありますの?」


「まだ、記録の方は、そこまで重篤ではないと判断しています。行為を埋めれば、それで済む、という程度のもので。なので急ぐことが前提でしょう。――以上」


 Jud.、と自分と皆が頷いた。そして王が、軽く手を叩く。


「えーと、じゃあ何だ? 各国とか各地にいろいろ出回る前に、うちの記録というか、歴史の乱れを補正するってか?」


「まずは手元から、ということですね……」


 ただ、自分達もそれなりのことをやってきたのだ。


「随分と、いろいろありますわよ? それに、……各国の記録も、関わってくる部分が多いですわね。そのあたり、他国と折衝とか、どうしますの? 勝手にこっちでやってしまってもいいですけど、各国の歴史に影響を与えるような事があれば――」


 と、そこまで言った時だ。ふと、”武蔵”の背後から声がした。


「その件、武蔵内の歴史補正について多国間協議をどうするかについては、私が聖連から権限を与えられています」


 甲板への階段を上がってきた姿。三征西班牙の制服を着込んだ女性は、


「世話子様……」


「お久しぶりです。――今回は、ある人物の臨時襲名を経て来ました」




■世話子

■呼名:ロドリゴ

■役職など:元審問官


・三征西班牙の元襲名者(東回りの世界一周をしたドン・ロドリゴ)。三河争乱ではホライゾンの世話を担当していて、以降、世話子と呼ばれる。本国の指示でたびたび武蔵に外交役として訪れている。歴史再現で亡くなった姉が、その魂を武蔵勢に救われている。



 襲名者。彼女に預けられた名前は、


「ルイス・フロイス。――戦国時代の極東の記録をまとめ”日本記”として出版した人物です」


 一息。


「――では急ぎ、作戦会議と行きましょう。武蔵がこれまで経て来た事件や戦闘、そういったものを、どう再攻略していくかを、です」

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