第8話

「ただいま、帰りました」

「どれだけダンジョンに潜っていれば気が済むんですか?」


ギルドに入ってルミンさんに声をかけると、呆れながらルミンさんは訊いてきた。


「え?もしかして、2日くらい入ってましたか?」

「いえ、4日です」

「よ、4日も入ってたんですか…」


ルミンさんの言葉に俺は驚く。


「一体、どうやって4日もダンジョンで生活してたんですか?食料も必要ですし、睡眠も大切ですよね?でも、どこからモンスターが襲ってくるかも分からないから、ゆっくりはできないはずです」

「食料は必要ないです。まあ一生、必要ではないという事ではないですけど、俺は気を吸収して、それを体力に変換する事ができるんです」

「気、ですか?」

「はい。自然エネルギーのようなものです。太陽の光や熱、それに風はエネルギーになります。そういったものを吸収していました。ダンジョンの中なら、ダンジョンが発しているエネルギーですね。それにモンスターからも生命エネルギーを吸収していました」

「そんな事ができるんですか」

「はい。それから睡眠はきちんととっていましたよ?俺はモンスターや悪意のある人が近づくと強制的に目覚めるようになっているので、安心して寝る事ができるんです」

「…本当にすごいです。それなら超人と呼ばれた理由も分かりますね…そういえば、衣服があまり汚れていないのはどうしてですか?」


俺の衣服が汚れていない事を気にしたルミンさんが訊いてくる。


「帰る前に3階層にある泉で衣服を洗っているからです。ついでに体も洗っています」

「それで汚れていないんですね。ちなみに、今回は何階層まで行ったんですか?」

「90階層です」


そう言ってギルドカードを見せる。


「た、確かに90階層まで行けてますね!それにレベルが80!?」


ルミンさんが驚きながら言った言葉に、他の受付の人、それにギルド内にいた冒険者達が驚きの眼差しで俺を見る。


「ダンジョン攻略階層の更新じゃないですか!」

「そういう事になりますね」

「本当にすごいです…それで、90階層には、どんなモンスターがいましたか?」


そう訊かれた俺はルミンさんに、ダンジョンで遭遇したモンスターの特徴を伝える。ルミンさんは、その内容をメモしていた。


「そのメモって意味があるんですか?」


メモを書き終えたルミンさんに疑問に思った事を訊く。


「はい。このメモを元にして、モンスターの情報が載っている図鑑に記載するんです。その図鑑がこれから挑戦する冒険者の助けになってほしいんです。タロウさんにも、図鑑の事は話しましたよね?」

「そういえば聞いた覚えがありますね」

「見てないんですか?」

「事前の情報は欲しくないんです。初対面で戦って、相手の癖や弱点を見つけながら勝ちたいんです」

「そんな事をしていたら、死んでしまいます。危険ですよ。これからは図鑑を見てください…なんて強制はできないですけど…無事に帰ってきてほしいんです」

「…善処します」


こんな事を言われたら今までの他人から見たら無謀な戦法も変えないといけないと思ってしまうな。


「それから命石を換金してください」

「はい。素材はどうしますか?」

「素材は荷物になるので取っていません」

「ダンジョン90階層まで行って、モンスターの素材を取っていないんですか!?きっと高額になりますよ?」

「袋は有限だから、大きな物を入れたくなかったんです。その点、命石ならそこまで大きくはないですからね」

「確かにそうですけど。マジックバッグを持っていたら良いんですけどね」

「何ですか?それは」

「容量が無制限のバッグです。魔法で異次元空間に収納されるんですよ。勿論、入れた本人しか出せないので安心です」

「そんな便利なアイテムがあるんですね!いくらくらいなんですか?」

「貴族が買えるくらいの値段なので、私たち庶民は当然無理ですし、冒険者でも持っているのはゼルスさんとか、ランクが高くて稼ぎが良い人たちばかりなので、タロウさんではまだ買えないと思います」

「そんなに高いんですね」


貴族が買うくらいだから、相当高いんだろうな。いつかは俺も欲しいけど、今はこの鞄で我慢だな。


その後、俺は命石を換金したが、その金額は結構なものになった。それでもマジックバッグは買えないとルミンさんに言われてしまった。


「それじゃあ、俺はダンジョンに行ってきます」

「ま、待ってください!とりあえず今日は休んでください!」

「でも時間が勿体無いので」

「ゼルスさんとの闘いのためですか?」

「それもあります。ただ、それよりも一刻も早くレベルを上げていきたいんです」

「そうですか…でもタロウさんの担当として言います。今日は休んでください」

「その言葉に強制力は?」

「ありません」


ルミンさんは少し悲しそうな表情で言う。


「…分かりました。今日は休みます」


俺がそう言うと、ルミンさんは喜んだ。

おかしいな。俺って女に弱かったかな?今までの俺なら誰に何を言われても自分を通してきたんだけど。


「そう言えば、宿はどこにありますか?」


この世界に来てから俺は宿に泊まった記憶がない。夜はダンジョンで過ごしてきたからだ。

というか、そもそも今のお金で宿に泊まれるんだろうか。その事を聞いたところ、ルミンさんは大丈夫だと言ってくれた。

そしてルミンさんは宿の場所を教えてくれる。


「ありがとうございます。それじゃあ、宿に行ってきます」

「はい」


俺が素直に宿に行くと言ったからか、ルミンさんは喜んでくれた。


「ここが宿か」


数分後、俺はルミンさんが教えてくれた宿に到着した。宿はギルドが経営しているため、ギルドから近くにあり、宿泊客も冒険者が多いらしい。と言うより、ギルドは冒険者をターゲットにして宿を始めたんだと俺は思う。思ってもルミンさんの前だから言わなかったけどな。


「お邪魔します」

「いらっしゃいませ。宿泊ですか?」


宿に入り、受付の女性に声をかけた。


「はい。ギルドの紹介で来たタロウと言います」

「タロウさんですね。何泊を予定していますか?」

「1泊でお願いします」

「分かりました。料金はこちらになります」


俺は受付の女性に言われた金額を出した。


「それではお部屋に案内します。ついてきてください」


そうして俺は受付の女性に案内されて宿泊する部屋に入った。


「夕食は用意しますが、朝食は自由です。どうされますか?」

「それじゃあ、朝食もお願いします」

「分かりました。ごゆっくりしてください」


そう言って女性は受付に戻って行った。俺の部屋は2階の角部屋で、窓から見える景色は中世ヨーロッパ風の建築物なので、映画の中に入った感じがする。


「休めと言われても、早くダンジョンに行きたい気持ちが強くて休めないな」


ルミンさんに言われたから休むけど、正直、すぐにダンジョンに行きたい。ゲームとかだとキリの良い階層でボス的なモンスターが現れる。今までは出てきていないから、100階層に行けばボス的な存在に遭遇できるだろうと考えている。だから、100階層に行くのが楽しみで仕方がない。


「はぁ、退屈だな」


そう言って俺は部屋にあるベッドに横になった。ベッドに横になるのも久し振りだ。この世界に来たとき以来だな。

その後、女性が夕飯ができた事を報せに来てくれたので、1階の食堂に向かう。そこには数十人の男女がいた。

近くにいた従業員に訊くと、全員が冒険者だと言う。俺は空いている席に座り、夕飯を食べた。


「美味いな」

「そうだろ?この宿の食事は美味いんだ!さすがギルドが紹介するだけあるぜ!」


隣の席に座って食事をしている男性が俺の言葉に返してくる。


「お前、見ない顔だな」

「はい。数日前に冒険者になったタロウと言います。よろしくお願いします」

「俺はテイスだ。1年前から冒険者をしている。よろしくな!そんな先輩からアドバイスだ。その口調は止めておけ。俺たちは冒険者で対等だ。あまり敬語なんて使ってたら敬遠されるぞ」

「…分かった。これで良いか?」

「ああ、良い感じだ!」


テイスと名乗った男は笑う。冒険者同士では先輩後輩に関わらず、敬語はしない方が良いのか。だからゼルスも嫌がったんだな。


「…それにしても新入りの割にレベルが高いな。俺より強いじゃないか」


テイスは俺の手の甲の数字を見て言う。


「でも最低ランクか…面白いな!」


確かに、レベルが高いのに最低ランクというのはおかしな話だ。でもテイスは酔っているからか笑うだけで、あまり気にしていないようだ。

不思議に思われるのは構わないけど、やっぱりランクも上げていかないといけないな。

その後はテイスの知り合いという冒険者とも話し、夕食の時間が終わったので俺は自分の部屋に戻った。


「さて、明日からの為にも早く寝るとするか」


そうして俺はベッドに横になると、すぐに眠った。

翌朝。宿で朝食を食べ終えた俺はギルドに向かった。


「おはようございます、ルミンさん」

「タロウさん、おはようございます。昨日はゆっくりできましたか?」

「はい」

「そうですか。それは良かったです♪今日はこれからダンジョンですか?」

「いえ、依頼をこなしていこうと思います」


そう言うと、ルミンさんは意外そうな表情をした。


「意外ですか?」

「え?あ、はい。タロウさんは依頼に興味が無いと思ってましたから」

「興味はないです。ただ、レベルが上がってきているのに最低ランクだとおかしな気がして」

「確かにそうですね。タロウさんのレベルは80ですから、ランクがEというのは変ですね」

「どうやったらランクを上げれるんですか?」

「ひたすら自分のランクに見合った依頼をこなすしかないですね。十数回クリアすれば、ランクを上げるための試練が行えるようになります。その試練をクリアすればランクが上がります」

「結構大変ですね。じゃあ、この魔物討伐の依頼を受けます」

「かしこまりました。タロウさんの強さなら簡単かもしれないですけど、油断せずに無事に帰ってきてくださいね?」

「はい。行ってきます」


それから数十分歩いて、俺は街の外にある森に到着した。この森にゴブリンの群れが潜んでいるらしい。実際に行商人が被害に遭っており、早急に討伐しなければいけない。討伐数は決まっていないが、倒した数によって報酬が上下する。


「ゴブリンか。ダンジョンで遭遇してるから倒してるから、そこまで脅威ではないな」


「あれか」


探す事、数分。15匹の標的を見つけた俺は、標的に向かって恐怖の波動を放ち、その上で幻痛を放った。その結果、15匹のモンスターは絶命し、命石と素材を残して消えた。さて、素材は要らないし、命石だけ拾っていくか。

どうして闘わずに倒したのかと言うと、敵が弱いからだ。時間の無駄になるから、弱者との戦闘はなるべく避けたい。

それからもゴブリンを倒し続け、やがて倒したゴブリンは80匹になった。


「こんなにいるとはな。探せばもっといるんだろうけど、とりあえずこの辺りでやめておくか」


あまり、倒し過ぎても目立ってしまうかもしれないからな。目立つのは好きだが、それはもっとランクを上げてからだ。

そうして俺はギルドに戻った。


「おかえりなさい。どうでしたか?」


受付に行くとルミンさんが笑顔で出迎えてくれる。


「80匹、倒してきました。これが証拠です」


そう言ってギルドカードを表示させる。そこには受けている依頼内容と、討伐したゴブリンの数が表示されている。それに加えて、命石も出した。ルミンさんはすぐに命石の数を数え始める。


「…確かに。この短時間で80匹も倒してくるなんてすごいですね!」


80匹でもすごいのか。


「まあ、レベルも80ですからね。この程度の魔物には負けませんよ」

「そうですね!でも油断は禁物ですよ?」

「はい!」


その後も俺は討伐系の依頼を受けて成功し、3日後にはランクを上げるための試練を受けられるようになった。当然かもしれないけど、レベルは全く上がらなかった。


「おはようございます。試練を受けに来ました」


朝、ギルドにいるルミンさんに挨拶をした。


「おはようございます。早いですね」

「はい。早くランクを上げたいんです。どんな試練ですか?」

「俺と闘うんだ…」


俺の横に来た男性が言った。


「誰だ?」

「ランクFのギイテだ」

「試練の内容は自分の1つ上のランクの冒険者と試合をする事です」

「勝たなければいけないんですか?」

「いえ、勝つ必要はありません。ギルド職員である試験官が、この冒険者はランクを上げても大丈夫だと判断するような闘い方をすれば良いんです。まあ1番手っ取り早いのは勝つ事ですけどね」

「なるほど。じゃあ、胸を借りるつもりで本気で闘えば良いんですね」

「だから嫌なんだ。タロウ、お前はランクが低い割に強いって評判だ。そいつと闘う事になった俺はどうなるってんだ…」


そう言ってギイテは落ち込む仕草をする。俺を油断させようとしているのか?ギイテは態度こそ落ち込んでいるけど、闘志は死んでいない。


「では、すぐに試練を行いますか?」

「俺は大丈夫です」

「俺も大丈夫だ」

「分かりました。それでは、これよりタロウさんのランク昇格をかけた試練を行います。闘技場について来て下さい」


そう言われて俺達は闘技場に向かう。そして闘技場に着くと、俺とギイテは対峙した。


「それでは試合、始め!」


さて、どう闘うかな。ギイテの武器は剣…これは騙しではないな。筋肉のつき方も剣士向きだ。普通なら武器破壊に徹するところだけど、これは俺の試練だからな。そこまでするのは悪い気がする。武器破壊をせずに勝つか。

そう決めて俺はギイテとの距離を一気に詰めると、ギイテの腹を殴った。レベル80になった俺の動きは速くなっており、ギイテに動きは捉えられなかったようで、拳は腹に直撃した。ギイテは呻くと、その場に倒れる。気絶していた。


「そこまで!勝者はタロウ!よって、タロウのランクDを認める」

「ありがとうございます」


実況のギルド職員が俺をランクDだと認めてくれた。

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