魔天楼
くまみつ
柿を食うカラスにさえも
面接に遅れそうになったもので、慌てて飛び乗った古ぼけたバスは目的地とはまったく反対方向に向かうもので。土地勘もないものだからどんどん目的地から離れているということに気付くのに随分と時間がかかってしまった。
青い空にしっかりした存在感のある、丸々太った白い雲が浮かんでいるのを見上げながら、どうやらこのバスに乗っていても永遠に目的地にはたどり着きそうにないということに確信を持つにいたってからも、さあ降りようと決意するまでに停留所を3つもやり過ごしてしまった。
バスの代金を支払い地面に降り立ち。ドアが閉まる音とバスの走り去る音を背中で聞きながら、僕は目の前の知らない人の家の柿の木に、オレンジ色になったたくさんの柿の実を見上げて。ああ、カラスがきっと柿を食う。
そうしてまばたきを4回、ぱちぱち、ぱちぱち。それから息を吸って目を閉じ「良い天気だな」って思って。
行きたい訳ではない。行きたい訳がない。
落とされるために行くような面接だから。
僕が見せることができるのは、このカバンの中に入ってるガラクタみたいなものだけで、こんなものに興味を持ってもらえる訳がないのだ。
僕は、実際のところカバンの中身がどれだけ選りすぐられたガラクタかを確認したくなって、パチンと留め金を外してカバンを開いて中身を見てみた。
お風呂に浮かべるビニールのアヒル。動いてる亀。縄跳びのひも。
水道工事のマグネット。それから何かタイマーのようなもの。黄色いレゴブロック。
僕はカバンを閉めて留め金をまた留めた。パチン。うん。
こんなものを見せに行ってどうしようって言うんだ。柿の木の向こうには遠くの工場のような建物が見える。早くも太陽は夕方のような光をこの地球にまんべんなく放ちはじめている。
僕は足元にカバンを置いて半ば無意識に携帯を取り出し、とにかく先方に電話をしなければ。携帯の時計によると面談の予定時間からすでに5分が過ぎている。きっと面談の担当者の時計も同じように予定時間から5分が過ぎているだろう。
「もしもしすみません。あの、本日、14時に面談のご約束をさせていただきました。松岡です。あの、大変申し訳ありません、、あの」
そこまで話して、道端に落ちている甲虫の死骸が目に止まった。6本の針金みたいな足を「く」の字の形にしてゴミのように転がっている。死んだ虫なんかゴミだ。
面接に遅刻したからなんだと言うのだ。世界で消費される小麦の量には1ミリの影響もない。誰が困る訳でもない。むしろ担当者の仕事が減ってよろこぶ。
カラカラに乾燥した甲虫の死骸は、軽く踏み潰すだけで粉々になるだろう。踏み潰す前は甲虫の死骸だったものは一瞬で粗挽きの黒胡椒の小さい山になるんじゃないかな。全然食欲も湧かない。少し汗をかいてきた。頭の中が汗で蒸れる。
「とても、」とても、到着が遅くなりそうで。(自分がどこにいるのかもわからないので)待っていただくのも、申し訳、なく、差し支えなければ、今回の面接は、
口を開くたびに、喉の奥から今朝食べた銀色のメガネケースがそのまま出てきそうで舌を緊張させながらゆっくり言葉を絞り出す。今朝、メガネケースなんか食べたっけ?
魔天楼 くまみつ @sa129mo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます