テンサイ的少女のポートフォリオ

大和麻也

Chapter.1

Episode.01 じょうきょう

I

 電車のドアに寄りかかって、流れていく東京の街並みを眺めながら考えた。

 ぼくが高校受験に失敗した最大の原因は、「天才」というコトバにある。「天才」とは要するに、天性の才、生まれながらに優れた技術や知能、感性などを持つ人物のことである。ところが、人はまったく正しい意味で「天才」と口にするわけではないらしい。

 話が行き詰まったとき、ある人がふと妙案を思いつくと「テンサイ!」

 あることが得意で、それについて右に出るものがいないと「テンサイ!」

 ちょっとでも知っている言葉が多くて、解ける問題が多いと「テンサイ!」

 本来の意味よりもずっと気楽で、軽々しく使われる。時には皮肉として、だいたいは些細な出来事に対する賞賛として、程度を誤って。

 ――図に乗ったぼくが悪いのは確かだ。しかし「天才」とあだ名されたら誰だって多少は気分が良くなるもの。そうしてもてはやされて温室育ちをしたぼくは、結局のところ自分自身の実力を正確に見極めることができず、無謀にも「超名門」などとセンセーショナルに呼ばれる一流高校を片っ端から受験した。案内や要綱などはカタログの如く斜め読み。過去問題集もレベルの高さを言い訳に、低い水準の成果で満足して準備万端と決めつけて。

 その結果、ぼくは地元大阪を離れることになった。

 幸か不幸か、大阪の高校はことごとく不合格になったのに、東京にある一流大学の附属校――中等部、高等部ともに受験でも進学実績でもトップレベルの進学校――にだけは合格してしまった。その天保てんぽう大学附属高等学校は、大阪で受けた学校よりもずっと偏差値が高く、それこそ全国から大学進学を視野に志願者が集まってくる。正直なところ、大阪での結果を鑑みるに、ぼくが入試をパスするなんて奇跡としか言いようがない。

 えらいことになった。きっと天罰か何かだ。罰ゲームだ。

 それこそ「天才」と呼ばれるべき生徒たちと、ぼくは同格に扱われてしまう。本物の「天才」たちは、正直言ってわけがわからない。クイズ番組で天体間の距離を計算で求めてしまったり、数学オリンピック代表のうちの何人かだったり、ナントカ検定の一級に満点で合格してしまったりと、離れ業を簡単にやってのける。それでいて、この学校は多くの部活が全国レベルだし、内部進学の特権もあって大学進学率はほぼ百パーセントだ。

 なるほど、天から授けられた才能であるならば、ぼくをはじめとする凡人には到底手の届くものではないし、場合によっては理解不能でも当然の話かもしれない。

 恐ろしさのあまり、受験対策で使っていた参考書や問題集をすべて東京へ送る荷物へ入れてしまった。天保高校にいるあいだ、常に受験勉強を続けているくらいでないと周囲の知能レベルを前に呆然とするばかりなのではないか、と。

 異郷の地で始まる、過酷な高校生活――先が思いやられる。

「それになあ」

 電車の揺れる音に隠れる声で、やるせない気持ちを吐き出す。

 新生活のため息のタネはもうひとつ。下宿先のおばさんから届いた手紙に同封されていた写真を、封筒から取り出す。

「まさか、女の子と一緒に住むことになるなんて……」

 写真に写っているのは、家入才華いえいりさいか――ぼくと同い年で、遠い親戚。はとこの女の子だ。

 東京の学校に進学し、下宿生活を送ることにそこまで抵抗がなかったのは、両親が東京出身であり、しかも細やかな親戚の付き合いのおかげで住まいに心配が少なかったからだ。これからお世話になるのは父の従姉にあたる女性の家で、夫を亡くし子どもも独り立ちしたことから下宿受け入れを快諾してくれたのだ。

 とはいえ、まさか女の子がすでに暮らしているなんて、合格発表まで知らされていなかった。父さんによれば、家入さん一家と話し合っても結論がなかなか出なかったところ、親戚一同でまだまだ相当な権威を持つおばあちゃんの鶴の一声で決定してしまったらしい。

 もちろん、ぼくも親戚の女の子と間違いを犯すことはしない。

 でも、その家入さんが容姿端麗なものだから複雑だ。「かわいい」とも「綺麗」とも褒めることのできる整った顔立ちで、目、眉、鼻筋、唇、どのパーツを見ても美人のそれなのだ。ウェーブのかかったセミロングの髪は艶やかに輝いている。少々きつい印象もあり、実際会ったら近づきがたいかもしれない。どんな子なのだろう。

 やっぱりこの子も、天保にふさわしい「天才」なのかな?

 写真以外に知っている情報は少ない。聞いているのは、天保の中等部に通っていて、ぼくと一緒に高校に進学することくらいだ。あとはプラスであれ、マイナスであれ、身内の評価だからあまりアテにならないだろう。

 幼いころに何度か会って一緒に遊んだことがあるらしいけれど、ぼくの一家は大阪に住んでいることもあって、小学校入学以降は家入さん一家とほとんど交流がなかった。そのため、ぼくは彼女に関することを全然記憶していない。下宿先のおばさんの手紙によれば、彼女のほうもぼくのことを知らないと言っているらしい。以前下宿の挨拶と下見のため東京に来たときには、運悪く出かけていて会えなかった。

 写真は二枚。一枚は生徒手帳に使う制服姿の写真。もう一枚は旅行に出かけたときの写真なのか、おしゃれな格好で滝をバックに佇んでいる。

 こんな子と共同生活をするなんて、正直なところちょっと嬉しい。仲良くできればいいのだけれど。しかしそれ以上に、緊張して仕方がない。

 そのとき目的地、窪寺くぼでら駅到着を告げるアナウンスが放送された。



 下宿先は高校にほど近い住宅地にある。入試当日と、合格発表、そして今回、春から通う高校を目にするのは三度目だ。

 東京といっても郊外で、新幹線から乗り換えて三〇分以上かかる窪寺市。住宅街へ入っていくと昔からあると思しき門構えの家もちらほらあって、小規模な畑や田んぼも多い地域だ。交通の便がいい駅周辺は、お店が並んでそこそこ栄えているけれど、かといってやかましすぎない。いわゆるベッドタウン。案外、心地よい場所かもしれない。

「ああ、でも、わからん。どこやったっけ?」

 ぼくはそんな住宅街の路地を出たり入ったりしていた。

 おばさんの家を訪ねるのは今回で二度目。前回はおばさんの案内があったから、さすがに、手書きの地図だけではどうやって辿り着くかわかったものではない。迎えの約束を取りつけておけばよかった。重いボストンバッグを抱えて、「秦野はたの」の表札を探す。うろうろ、うろうろ。

 そんなとき、不意に後ろから肩をつつかれたりしたら、びくりと跳ねあがってしまう。


「ねえ、久米弥くめわたるくんだよね?」


 振り返ると、そこにはグレーのブレザーを着た女の子――あ、これって確か、天保高校の中等部の制服だ。

 いや、そんなことより!

「ええと、悪いんだけど、誰かな? それにどうしてぼくの名前を?」

 と、訊いてから思い出す。そうだ、この子――

「あの、ひょっとして……家入才華さん?」

 そうだよ、と彼女は笑顔で頷いた。

 あかん。実物はめっちゃかわいい。

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