第38話 魔女との共闘

「くっ」


 考えろ、考えろ、もし万が一、億が一。アプリコットがあの空間に耐えられたとしても、先生はあの空間でも次元魔術は自在に使える。回避能力のないアプリコットをあの空間に送り届けても、狼の群れに手足を縛った羊を届ける様なものだ。


 先生の戦闘能力を削ぎ落しつつ、アプリコットと先生を会話させるためには……。


「あーっはっはっはっはっは!」


 俺が次元斬をかわし続けながら足掻いていると、目の前の空間がひび割れて、そこから笑い声と共に、一本の手が現れる。

 その手は即座に粉みじんになり消え去ったが笑い声は消え去らない。


「うふ。うふふふふふふ。いやー凄い凄い、僕は君の力を見誤っていたよ」


 そこから現れたのは、片手片足を失った魔女、いやそれだけじゃない、首が微妙にずれている。


「んー、ん、これでよしっと」


 魔女は残った手で首を整えると、指を一鳴らし。すると瞬時に失ったはずの手足が再生した。


「やはり時間稼ぎにしかならんか」

「んふーふ。いやいやそうでもない、そうでもないぜハリス君。今の僕はボロボロのボロ雑巾、何とか体裁を保っているが、吹けば飛ぶようなガラクタだ」

「おい馬鹿! 自分の弱みを晒してどうすんだ!」

「んふーふ。心配することは無い。ちょっとばかり早めのデザートを頂けばいい話さ!」

「させん」


 先生が魔女に向かって手を振った、魔女の体は見るも無残なバラバラになったが――


「大! 復! 活!」


 さっきよりも遥かに太い魔力のパスがバラバラになった魔女の体を包み込み、魔女は元の姿を取り戻した。


「うふふふふふ。さぁこっからは遠慮なしだ。門のバックアップを十全に得ている君には少し物足りないかもしれないが、今の僕にできる全力、君にとくと見せてやるぜ」


 光の糸が太くなったと言う事は、王国民から強めの魔力を吸収していると言う事だろう。

 さっきのこいつは多少疲れが残るだけと言っていたが、このまま戦いが長引いたら人質燃料となっている王国民にどんな被害が出るか分からない。

 工房がいつ爆発するかという問題に加え、問題が重なっちまった。


「速攻だ! とっととケリを付けるぞ魔女野郎!」

「うふーふふ。野郎はよしてほしいな、このアバターは女形なんだから」


 俺は防御を魔女に任せて、一直線に先生の元へと突っ走る。後の事なんか知ったこっちゃない。今はアプリコットを送り届ける事だけに集中する。


「あはははは、君が突っ込むのかいアデム君? 知的生物がその中に突っ込めば後の保証は出来ないぜ」

「うるせぇ魔女野郎、テメェは防御に集中しろ!」


 魔女の忠告は確かなもの。それは実証済みの出来事だ。だが俺は!


「信じるぞアプリコット!」

「はい! アデムさん!」


 俺はアプリコットを抱いたまま、漆黒の空間に飛び込んだ。





「…………」


 どんなことになろうともアプリコットだけは離しはしない、そう思い彼女の決意を胸に抱いて漆黒の空間に飛び込んだのだが……。


「あれ? 何でもないぞ?」


 そこは上下左右の不確かな空間で、足元こそはおぼつかないが、それ以外の変化はない空間だった。


 いや変化が無いと言うのは語弊がある。俺とアプリコットの体は淡い緑色の光に包まれていた。


「せっ、成功……しました」


 俺が疑問を抱いていると、腕の中のアプリコットが青白い顔をしながら安堵の息を吐き出した。


「アプリコット、これは……」

「詳しい説明は後です、これも何時まで持つか分かりません今はとにかく教授の元へ」


 アプリコットの声に我に帰った俺は、当りを見渡し先生の姿を探す。さっきまではこの空間の中心にいた筈だが……。


「いない?」

「うふふふふ。いやいやいやいや。ここはハリス君の世界だよ、逃げるも現るも思いのままさ」


 背後から魔女の声がする。こいつも無事に侵入できたのか。


「此処は完全無欠の隠れ家って訳さ、ただ僕の前では通用しないけどね」


 魔女はそう言って指を慣らす、すると漆黒の世界の中心に、先生の姿が浮かび上がって来た。


「ふむ、やはり本職の方が一枚上手と言う事か」

「いやいやいやいや。君の工夫も大したものだ。繊細さでは僕を遥かに上回っている。今僕が優位に立てているのは自滅覚悟でぶっ飛ばしているからだよ」


「ふむ、そう言うものか」先生はそう言うと俺とアプリコットに視線を寄越す。


「それよりも、驚異なのはアプリコット・ローゼンマイン。君の方だな」

「お褒めに預かり恐縮です、ですがぶっつけ本番の術式ですので何時まで持つかはわかりません」


 アプリコットはそう言うと俺の手を握ったまま下に降りる。もっともこの空間ではどこが下なのかも分かりはしないが。


「改めてもう一度言います。先生は間違っています」

「不問。我が道に後悔は無く、我が道に躊躇はない」

「それでもです、死はとてもとても悲しいものです、とてもとても寂しいものです。

ですが、ですがそれだけではない筈です!」

「…………」

「教授がその方の死に、どれだけ悩み、憤り、懺悔したのかは私には計り知れません。ですが……ですが!」


 アプリコットはそう言って握った手に力を込める。


「その方の為に費やしたその想いは、その時間は、前に進むためのものだったはずです!あらゆるものを犠牲とし、後ろに進もうとする教授は間違っています!

 無くしてしまった方への想い、今を生きる方達への想い。二つの想いを胸に秘め、前を向いて歩くのが医療の道なのではないでしょうか!」


 アプリコットはそう叫ぶ。小さな手で俺の手をしっかりと、しっかりと握りしめながら。


「…………それは君の意見でしかない。私はその意見を貴いと思おう。だが私は――」


 ハリス先生がそう言った所で、漆黒の世界にひび割れが浮かんできたのだった。

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