第36話 魔女との共闘

「まぁいいや、それでは話はまとまったようだね」


 そう言って魔女がパンパンと手を叩く。こいつが音頭を取るのは心底気に食わないが、国王様の手前、どうしようもない。


 魔女は俺の殺気をにやけ面で受け止めつつも、いけしゃあしゃあと話を進める。


「うふふふふ。いい気迫だねアデム君、その力をハリス君に向けて思う存分発揮してくれたまえ」

「喧しい、俺はお前の指図なんか受けない。今日の所は国王様の顔に免じて見逃してやるからとっとと帰らせてもらう」

「うふーふふ。ところがそう言う訳にもいかないんだな」


 そう言って魔女がベルを鳴らすと、ドアの外からある一人の人物が待っていた。


「……貴方は」


 それは、紫髪をした眼鏡の女性、今日の昼間に地下水路で出会った王宮錬金術師の女性だった。


「国王陛下失礼いたします」


 彼女はそう言って深々とお辞儀をしてから入出すると、机の上に資料の山を並べる。

 その準備が終わった彼女は俺たちの方を改めて振り向くと無機質な視線を俺たちに向けて挨拶を行った。


「王宮錬金術師主任研究員シオン・アルトラムと申します。今回の件の任されている者です」

「はっはー、彼女は原住民ニンゲンにしとくには勿体ない演算能力の持ち主でね、色々と面倒くさい事を任せているんだ」


 魔女は満面の笑みでそう言った。

 このくそ魔女に信頼されていると言うのは、良い事なのか悪い事なのか俺には判断が付かないが、ともかくすごい人であるのは間違いないだろう。


「分かったよ、今度はその人を窓口に動けばいいんだろ。アプリコット帰るぞ」


 俺は魔女を睨みつけながらそう言ったが。


「だーかーらー、せっかちは良くないぜアデム君。事態は君が思っているより遥かに深刻なんだ」

「深刻なのは分かってるよ、いつ帝国が進攻して来るか分からない今、もたもたしている暇はないって事だろ」

「うふーふふ。僕もそのつもりだったんだけどね。彼女が言うにはそれよりもっと身近に迫る危機があるって話さ」


 魔女はそう言ってシオンさんに話を促す。


「その通りです。悠長な準備期間などは残されておりません、今すぐにでも動かないと、この王都は焦土に帰す可能性があります」

「……は?」





 シオンさんは山の様な資料から抜粋して、俺に説明をしてくれた、俺の理解が及ばない所はアプリコットが助けてくれたり、魔女が小ばかにしたりもした。

 その結果はこう言う事らしい。


「要はハリス先生の工房は何時爆破してもおかしくない状況って事か」

「その通りです、ようやく理解いただけたようで安心いたしました」


 シオンさんは分かりの悪い俺に落胆した様子も無く、淡々とそう言った。

 専門用語や複雑な計算式が入り乱れる説明は勘弁してほしい。最初からこう言ってくれれば良かったんだ。


「うふーふふ。そうさ、これは僕が挨拶しに行った時のデータを彼女に解析してもらって分かった事なんだけどね、彼の家は今や巨大な火薬庫だ、しかもそこら中で漏電しているとびっきりのビックリ箱さ。

 おまけに使っている火薬はニトロやTNTなんて可愛らしいものじゃない。反物質もかくやと言うとびっきりの派手な奴だ」


 魔女の例えはよく分からないが、兎に角危険な状況なのはよく分かった。


「それにしても、王都丸ごと吹き飛ばすなんて……」

「いえ、その試算は最低限のものです。上限を仮定すると王国全土が人の住めない場所になるでしょう」

「王国……全土が……?」

「はい、今はハリス教授と言う稀代の天才が、神業とも言える制御を行っているので、ギリギリ保っている状態です。我々は一刻も早くこの不自然な状況を改善しなければなりません」


 スケールが大きすぎてよく分からないが、住宅街の真ん中で先生はとんでもない事をやっているらしい。


「あっはっはっは。いやー傑作だよ傑作。流石の僕でもこうはいかない。これも彼が門の力を全力で稼働させている結果だね」


 王都、いや王国全部が吹っ飛べば自分だって粉みじんになるだろうに、魔女はケタケタと楽しそうに大笑いする。

 魔女は俺が殺した、確かに確実に殺した。それなのにこうして復活していることがこの余裕の正体なのだろう。いや今はそんな事を考えている場合ではない。


「ヤバイのは十分わかった。それで? 実際にどうすればいいんだ。俺がこいつの次元魔術を敗れたのは、こいつが俺を引き込んだからだ、先生ならそんなへまはしないと思うが?」


 俺は精一杯の皮肉を込めてそう言うが、魔女はあっけらかんとこう言った。


「ああ、その件なら大丈夫さ。次元魔術には次元魔術、僕が何とか相殺してやるさ」

「……お前は次元魔術はもう使えないと言ってなかったか」 


 俺の問いに、魔女はニヤリと笑ってこう言った。


「うふーふふ。そりゃ以前の様に自由自在に使える訳じゃないさ。前回使っていたボディはえーっと、どれぐらいだったっけかな、ともかく忘れる位長い間改良を続けて来た特別性でね。使える魔力量もほぼ無限大だった。

 それに加えて今使っているボディは廉価品の即席品、とてもじゃないが、あんな高出力で面倒くさい魔術を使うことは出来ない。

 そう、通常の手段ならね」


 ニヤリと、魔女は不吉で粘つく笑みを浮かべる。


「てめぇ、また大勢の生贄を使うつもりか!」

「うふーふふ。違う違う違うって、けどまぁ? 半分正解だ。

 僕が行うのは何も知らず知らされず、純粋無垢で無警戒、大爆弾の隣で間抜けに健やかに眠っている王都の住人からほんの少しずつ魔力を分けてもらおうって方法さ」

「……危険性は無いんだな」

「精々朝起きた時に何時もより疲れが取れていない程度の話さ。まぁ失敗すれば木端微塵なのだから全力で吸い取ってもいいと思いはするが、そこは王様に止められちゃったからね」


 魔女はそう言って国王様にウインクを飛ばす。


「さてさて、こうして次元魔術については解決だ、そして次なる関門と言うのが、門の力で満たされた彼の工房をどうやって攻略するかだ」


 魔女の話によれば先生の工房に侵入した兵士は即座に廃人となったと言う。

 その理由はあまりの多くの情報を脳が処理しきれずに精神崩壊してしまったため。

 先生は門の力を全て演算能力に変換し、通常の人間では耐え切れないほどの情報の宇宙を生み出しているのだ。


 常人では一秒も持たない情報の暴風雨。その中で、先生は独り、命題の解を求めて、延々と延々と計算を繰り返している。

 たった独り、人間としての体を捨ててまで。

 たった独り、暗闇の中で。


「うふふふふ。まったく面白い原住民ニンゲンだよ。だけどそれも問題は無い。僕ならばその空間にも耐えられる」


 魔女は胸を張ってそう言い張る。

 しかしなんだ? それならこいつが1人でやればいい、態々俺を呼ぶ意味が無いと思うのだが。

 魔女は俺のそんな疑問に気が付いたのか、俺の目を見てこう言った。


「うふーふふ。君の出番は此処からだ。ハリス君はオリバ君の魔術を改良し自らのコアを何処かへと隠している。僕の見立てじゃ、十中八九工房の何処かだとは思うんだが君にはその捜索を行ってもらおう」

「……でも俺にはその工房は耐えられないんだろ?」


 自慢じゃないが頭は悪い。テスト程度でひーこら行ってるのに、そんな情報の渦に巻き込まれれば人類最速で廃人になってもおかしくはない。


「うふふふふ。そいつは大丈夫、あの時みたいに僕に同調してもらえばいい」


 正直御免だ、何が悲しくて不俱戴天の仇の意識にもう一度入り込まねばならん。


「そんな事しなくても、ズバンと吹き飛ばせばいいんじゃないか?」

「そうすれば王都ごと道連れとなります」


 どうにかして逃れれないかと、無い知恵を振り絞った答えは、シオンさんに即殺される。

 事態は急を有する。その中でお膳立ては魔女とシオンさんが十分に行っている。後は俺がうんと言うだけ。俺に逃げ場は残されておらず、ハリス先生への急襲はこの後直ぐに行われる事となった。


 俺たちが話し合うなか、アプリコットはじっと黙って俺たちの会議を見つめていたのだった。

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