第33話 工事
オリバ・メイヤーの起こした事件のおかげで。王都の地下は今までの地図など全く通用しない複雑怪奇なダンジョンと化していた。
それを整備改修するために多くの動員がなされることになった、その中で最も重要なのは錬金術師である。
彼らはゴーレムを製造し、人力など比べ物にならない労働力を供給した。
突貫工事の大工事。莫大な臨時予算のつけられた工事現場には、アデムの姿もあった。事件の早期解決に失敗した責任感半分、多額の工賃に釣られたのが半分の欠食児童だ。
「シュッ! ハッ!」
鉄製の手甲足甲を装備したアデムは、削岩機の様な勢いで、硬い岩盤に穴を開けていく。
「いやー、すげぇもんだな坊主。おめぇさんは、名のある戦士様かなんかなのか?」
「あはははは。俺はただの召喚師ですよ」
「はんれまぁ、召喚師?」
「ええ、今度魔術学園の二年生になります」
「はぁー、最近の召喚師ってのは不思議なもんだべなぁ」
俺が現場監督のベテラン鉱夫と話しながらも掘り進んでいると、紫色の髪を長く伸ばした眼鏡の錬金術師が廃材運搬のストーンゴーレムを連れてやって来た。
「なんだ、ここは随分と進捗が早いようね」
「これはこれは、錬金術師様。ええこの小僧が良く働くおかげで、大助かりです」
錬金術師は冷徹な目を俺に向けつつ、鼻息を一つ上げて、下僕のストーンゴーレムたちに作業を命令する。
「あっはっはー、そんなことないっすよ。親方の指示が的確だからこっちは何も考えずに掘り進むだけで済むんです」
「無駄話は良いです、作業の手を緩めないでください」
「あー、済みませんでした」
主要現場では、掘削、運搬共にストーンゴーレムの人海戦術で対応している。しかし俺ならストーンゴーレム数体分の働き位朝飯前だ、神父様との修行はこんなものでは無かった。
「この工事には王都全住民の生活が懸かっています、手を抜かずに作業に集中してください」
錬金術師はそのセリフを残し、大量の土砂を下僕に運ばせ去っていった。
「……なんっすか親方、あの偉そうなの?」
「滅多な事を言うんじゃねぇ、あの人は王宮の錬金術師様だ、俺達庶民とは格が違う」
「へー、そうなんっすか」
彼女が操っていたストーンゴーレムは20体にも及んだ、命令を出来るだけ単純化しているとは言え、同時に20体ものゴーレムを操るのは確かに至難の技だろう。
「なる程ねぇ、威張り散らすだけの実力はあるって話ですか」
召喚師とは違い、錬金術師は零から壱を生み出すことが出来る。その代表格がゴーレムやホムンクルスの創造である。召喚師ではどうあがいても不可能な芸当だ。
「けど土砂の運搬位、俺たちだって出来ますけどね」
力作業が必要ならば、それ相応の召喚獣を呼べばいい、たったそれだけの話だ。だが人が入り乱れるこの現場では許可ない召喚は禁止されている。北方のラサ砂漠に生息していると言うサンドワームと契約をかわすことが出来ていれば、もっと作業は楽に進むんだろうな。
俺はそう思いながらも親方の指示通りの場所を掘り進んで行った。
「あれが、噂の召喚師ですか。どう見ても力自慢の戦士にしか見えませんでしたが」
アデム達から離れた場所で、王宮錬金術師シオンはそう呟いた。
(身体能力は上級戦士並でしたが、魔力は人並み、特に言うべきことも無しでしたが)
彼女の観察眼は群を抜いている、特にそれが魔術に関わる事ならばことさらだ。また、彼女は若くして王宮錬金術の一部門を任されている天才だ、当然魔女に付いての知識もありアデムのレポートも閲覧許可が下りている。
(時間が許せば、彼に尋問したいところですが、今はそれどころではないですね)
アデムが強力な同調能力と言う天性の才を授かっているのと同様に、彼女には類まれなき並列思考能力と言う天性の才を備えていた。
無数のストーンゴーレムに複雑な作業を任せながらも、余ったリソースで別の事に思考を巡らす事など造作も無い事である。
「それにしても召喚師ですか」
彼女ははぁとため息を吐く。彼女はC工区の責任者に任命されている。実はこの工事でも、当初は召喚師の力を当てにしていたのだ。
それは土竜の召喚師と名高いとある召喚師の話だ。彼はクラス3魔獣であるサンドワームを召喚できることで有名な召喚師であった。
サンドワームは天性の穴掘り屋。その力を十全に管理できれば工期の大幅な短縮が期待されていたのだが。
「出来ないとは、王命に抗うと言う事でしょうか」
「いや、違うんだ。なぜか召喚に答えてくれないのだ」
シオンの詰問に、その召喚師は肩を落としてそう言った。クラス3魔獣を召喚することは現代では最難関な事だと言われている。だがそれを成しえたからこそ、この召喚師は名声を得て居る筈なのだが。
彼の魔力は召喚師としては、いや真言魔術と比較しても上位の者、それが出来ないとなると、なにか深刻な事態が起こっているのであろう。
(……門ですか)
アデムのレポートにあった門の話。無限のエネルギーを秘めた根源へとつながる門、それが正常に作動していない事が、原因となっているのだろう。
道具の一つが使い物にならない事が判明し、彼女たちの計画は大修正を余儀なくされた。そしてその事が、事情を知らない多くの関係者に召喚師の悪評となって広がった。
「それで、進捗の方はどうなのだ?」
「んーうふふふふ。悪いね、実に悪い」
不機嫌さを隠そうともしないチムリークに対し、魔女は薄ら笑いを浮かべつつそう言った。
「それにしては其方随分と楽しそうではないか」
「うふふふふふ。これはただの地顔だよ。気にしないでくれたまえ」
ため息を吐くチムリークに、魔女は肩をすくめてそう答える。
「話を戻そう、解決策は浮かんでいるのであろう?」
「うふふふふ。それを言うなら僕の方さ、君だって分かっているんだろう」
「……ハリス・リンドバーグか」
「そうその通り、彼の天才から門の主導権を取り戻す。それが一番手っ取り早い方法さ」
前回は挨拶代りの様子見で押入ったものの、見事なまでに返り討ちに合ってしまった。いや返り討ちと言うレベルではない、もはや敵として見られていないレベルの差があったのだ。
「彼方さんは待ちきれない様子だしね。ここは一つ、実績を上げたものに頼るより他は無いんじゃないの?」
「実績とな?」
「勿論アデム君の事だよ。彼は僕を殺してのけた実績がある。彼ならばなんとかできるかも知れない」
「ふむそれもそうだな、しかしあの少年に何とかできるのか?」
喜怒哀楽の感情のうち、喜以外が壊れた生物、それが魔女だ。それ故に魔女には油断や隙が数多く存在する。それでも圧倒的な戦闘力を持ち他種を手玉に取って来た。
その油断を付く形で何とか勝利を収めることは出来たものの、今度の相手は世紀の天才ハリス・リンドバーグ。かの天才には油断と言う言葉は存在しない。
「んふーふっふっふ。まー困難な話だろうね。彼は僕と違って話が通じない。自分一人で何でもできる彼は、自分の中で全てが完結している」
自分の事を棚に上げ魔女はそう語る。
「それでは、そんな彼奴が門の力を頼るのは何故だ? 彼の天才に何が不足していると言うのだ?」
チムリークのその発言に、待ってましたと言うばかりに、魔女は満面の笑顔を浮かべたのだった。
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