第31話 事後

「うぐ」

「おいっ! 大丈夫かアデム」


 痛い痛い、痛くて冷たい、まるで全身が槍で貫かれている様な、まるで全身が爆発したような、まるで全身が氷漬けされた様な。

 無限の傷みと冷たさを、俺は魂で味わっていた。


「どいて下さい」


 神父様の声がする。そして俺の胸に暖かい掌が当てられる。


「いきますよ、アデム」


 そして衝撃。


「がはっ!」


 胸を中心に押し込められた衝撃は、全身に広がっていき。痛みや悪寒を吹き飛ばした。


「うっげぁ」


 そして全身に広がる新たな痛み。火の様な傷みが全身に広がっていく。


「いっつつおうううがががががが」

「ふぅ、これで大丈夫ですね」

「おいおい神父さん、俺には地獄の苦しみでのたうち回っているようにしか見えないんだけど、ホントに大丈夫なのかよ」

「ええ、おっしゃる通り。先ほどまでアデムは敵の死に引きずられて致死的状況でした、ですが、今の処置でなんとか現世に返ってくることが出来ました」


 レンドから見れば、神父の攻撃でアデムが派手に吹き飛ばされたにしか見えないが、まぁ彼の高名な聖戦士ロバートの言う事ならそう言う事なんだろうと、納得したのであった。


「ふぅ、それにしても。酷い有様ですね。これでは王都の地下水路は壊滅的なダメージを受けてしまいました」


 ボカンボカンと拳1つで道を切広げながら、ロバートはそう呟く。


「そうですね、こりゃしばらくは不便な暮らしが続きそうで」

「うー、面目ない。どうやら僕がダウンしている間に全部解決したみたいだね」


 神父の活で目を覚ましたルクコは頭を振りながら、よろよろと歩を進める。


「まぁ生き残れただけめっけもんだ。まったくとんでもない大取物になっちまったもんだ」


 レンドは気絶したアデムを背負いながら、削岩機と化した神父の後を付いて行くのであった。





「まったく、酷い事になったもんだ」


 国王チムリークは執務室で頭を抱えていた。


「うふふふ、手痛い出費だね国王陛下」


 その傍には、にやにやと笑いつつ、事務仕事に勤しむ魔女の姿があった。


 オリバ・メイヤーの起こした事件は最早災害と呼べる規模であった。何しろ都市の地下が丸ごと使い物にならなくなったのである。


「まぁ大分老朽化の進んでいた地下水路だ、改築するのは好機であったが、全部丸ごと同時にで行うなど正気の沙汰ではないぞ。一体いくら予算が必要なのか余には想像もつかん」

「まぁお金の事なら何とかするさ、僕が手掛けている新事業も軌道に乗りそうだしね」


 眉根を寄せるチムリークに対し、魔女は愉快そうにそう笑う。


「んー、やっぱり僕は内政向きだね。こんな未曾有のアクシデントなんてワクワクが止まらないよ」

「まったくそちは呑気なものだ。とは言えこれで計画は練り直しだ。いったん全てのリソースを王都復興に当てなければならない」

「うふふふふ。まぁ国の心臓は王都だ、その判断は正しいよ。例え末端が壊死することになってもね」

「ええい、分かっておる。そちはこれで国境の警備が手薄になってしまうと言っておるのだろう。だが背に腹は代えられぬ」


 これからしばらくは、大規模な工事を行わなければならない、その為には人員資源等のリソースを国中から集める必要がある。金の問題に糸目が付いたとしても。その影響は多岐に渡る。

 その中で最大の懸案事項が。国境の警備問題だ。


「話は変わるが、そなた件の異変で、何か感じたことは無いか。余にはあれがとても単独でなしえた事とは思えないのだが」

「ふふふふ。そうだね、そうだね。言いたいことは分かっているよ。君はこの異変に門の力が使われたと睨んでいるんだね?」


 チムリークは無言で頷く。


「ああ、その意見は全くの同感で、しかも確証を得ている。確かに例の魔術師が地下水路と同化した時、そんな魔力の流れを感じたよ」


 魔女は楽しそうにそう嗤う。


「ふむ、となると。奴を排した今、門は正常に機能していると言う事か?」

「んふーふふふふ。あの子は偶々門に接続することが出来ただけ、門の機能云々とは関係ないと思うけどね」

「む? 彼奴が、そちの代わりに門番をしていると言う訳ではないのか?」

「あはははは。門とは無限のエネルギーを秘めた根源へと至る通路。それはとても狭くて高い関門であるけど、原住民1人が偶々制御できるような品物じゃないよ。君だって広大な海を独り占めなんて出来っこないだろ?」

「海の力を独り占めしていたそちが言うと、説得力があるのやら無いのやらだな」

「はっはっは、僕だってそんな事は出来っこないさ、精々川の上流にダムを作って好き放題にしてただけさ」


 その事にどれだけ技術的な違いがあるのか。魔術師ではないチムリークには判断は容易では無かったが、そもそも彼は国王だ、枝葉にこだわるのは彼の仕事ではない。


「それでは結局、誰が門の制御を行っているのかは不明なままなのか?」

「んーふふふふ。ところがどっこい。僕だってそう間抜けじゃない、幾らか当りはつけているよ」


「ほう」とチムリークは少し身を乗り出した。


「あの一連の騒動の間、それをつぶさに観察していた原住民が居たんだよ」


 そう言って魔女は口角を上げたのだった。





「結局13班以外は全滅と言う事ですか。あそこまで追い込むまでにケリをつけれなかったことが悔やまれます」


 オリバ・メイヤーの最後の追跡、その為には数百人規模の人員が動員された。地下水路へと投入された人員はその一部だが、その損害は決して軽視出来るものでは無かった。


 今回の大取物、その指揮を取ったのはミクシロン情報部王都支部だ。彼らは事後処理に頭と胃を悩める日々が続くことになる。


「しかし、オリバ・メイヤーとは一体何者だったのでしょうか」

「ふむ、この事件を起こすまでは、奴はうだつの上がらない三流魔術師だった。必ず何かがあったはずだ。とてもじゃないが奴独りで起こせた事件とは思えない」


 偶然門にアクセスする事が出来た。それは天文学的確率とは言えありうることだ。だがそれだけではソウルイーターの様な高度な魔術を編纂することは不可能だ。


「魂の魔術について、誰かに師事した、あるいは盗み出したと言う事ですか?」

「ああ、例え無限のエネルギーを入手できたとしても、そこらの三流魔術師には宝の持ち腐れ。それを有効活用するにはとてつもない技術が必要だ」

「おいおい、お前ら。与太話はそれ位にして事務処理に戻るんだ」


 黒茶片手に真相探りに花を咲かせていた職員へ上司が水を入れる。現実逃避したい気持ちは彼も同じだが、今は目の前の事務仕事に全力を投じる時間だった。何しろ仕事は腐るほどあるのだ。





(彼は外れだったな。私の研究のヒントとしては不適格だった)


 男は暗く締め切った部屋でそう1人回想していた。

 不老不死、高々その程度の事ならば、彼ならばもっと効率よく、もっと人知れずに行える方法ならごまんと浮かんでいる。


 彼の手元には赤く光る宝石があった。それには柳眉にして華麗な文様が刻まれている。


(ソウルジェム、これが唯一の成果と言うべきか)


 それは魂を収める器。とは言えオリバ・メイヤーの作成した、歪で不快なものとは雲泥の差があった。


 男が求めるのは、一を無限へと変える方法ではない。零を一へと創造する方法だ。それも唯の一ではない。完璧な寸分たがわぬ一を創造する方法だった。


「私は求める、完璧を。その為にはあらゆるものを利用しよう」


 ころりと、男は手の中で赤い宝石を転がすのであった。

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