第10話 今日の予定

「それじゃあねアデム。次合う時はもっと素敵なレディになっているから、それまで浮気するんじゃないわよ」


 とびっきりの一言を残して、エフェットは王都を去って行った。


「へー、ふーん。アデムは逆玉の輿狙いなのねー」

「アデム君は少女趣味なんですか」


 両脇から強烈なプレッシャーを感じつつ、俺はわき目を振らず誠心誠意見送った。恋だの愛だのそんな事よりも、俺にはサモナー・オブ・サモナーズになると言う大事な目標がある、わき目を振っている暇はないのだ。


「さぁ! これであの日の戦いは全て終わりだな!」


 俺は最後の心残りを果たした事で、晴れやかな気持ちで空を見上げた。


「あら、皆様お疲れ様」


 4人そろってホテルの前に立っていると、よく知る声が聞こえて来た。


「シャルメル、お前、昨日はよくも」

「あらあら、これもアデム自身が招いた種ですわ」


 シャルメルは楽しそうにころころと笑みを浮かべながら俺の手を取った。

 俺は疑問符まみれにその手を眺めていると、彼女はこう言ってほほ笑んだ。


「さて、それでは、今日の予定に参りますわ」

「えっ、いや、そんなこと聞いてないんだけど?」


 昨日は夜遅くに呼び出されて、一晩針の筵だったんだ。帰って寝かせてくれ。

 俺が充血した目でそう訴えると、シャルメルはキョトンとした顔でこう言った。


「あら、じゃあキャンセル致しますの?」

「いや、だから何の用事か俺は全く聞いてないんだが」

「ああそうですわ、わたくしとしたことが昨日伝えるのをすっかりと忘れておりました」


 シャルメルはいけしゃあしゃあとそう言うと、とんでもない爆弾を投げ込んできた。


「今日の予定は新国王へ極秘の謁見ですわ、急いで着替えないと間に合いませんわよ」





「なぁ、俺場違いじゃないか?」

「とんでもありません、良く似合ってるわよアデム」


 全く何度着ても燕尾服と言うのは窮屈でしょうがない、ジム先輩はこんなものを着込んで良く生活できるものだ。


 俺はそう思いつつも、やたら目ったら豪華絢爛な王宮を歩く。気のせいかそこらに立つ歩哨が俺の事を服に着られている田舎者と馬鹿にしているかのように思えてしまう。


 そんな風に思いつつ、フカフカの絨毯の上を進んでいると、俺はとある一室に通された。


「さ、お入りになって」


 いよいよ王との謁見か、俺は緊張で硬くなりつつも、シャルメルに促されて、そこへ入室する。


「ってなんだ、ゲルベルトの爺さんじゃねぇか」

「なんだとは何だ貴様! 儂に出会えてがっかりするなんぞ貴様ぐらいなもんじゃ小僧!」


 その部屋にいたのは見知った人物、シャルメルの祖父であり、俺と狩り対決をしたゲルベルト爺さんだった。

 そしてその隣にはもう一人。


「ははっ、ゲルベルトの爺さんか、これは良い」

「ああ、フィオーレ翁もお久しぶりです」


 ゲルベルトの爺さんとは対照的な知的な老人、エフェットの祖父であるフィオーレ翁もそこにはいた。


「お久しぶりだねアデム。ウチの孫とはもう会えたのかね?」

「知ってるんでしょ、朝まで付き合わされましたよ」


 俺は欠伸をかみ殺しつつそう言った。フィオーレ翁は前回合った時とは違い、ポーカーフェイスの中にも幾分リラックスした様子で肩を揺らす。


「俺は、国王との謁見って聞いて此処に連れてこられたんですけど」


 窮屈な蝶ネクタイを弄りつつ、2人に向かって視線を飛ばすと、2人はやれやれとばかりに目を見合わせた。


「貴様はバカか小僧。幾ら極秘の謁見とは言えどこかに記録は残さにゃいかん、今回は、儂らと国王との謁見のついでに貴様が紛れ込んだと言う形をとるのじゃ」


 ああなる程、極秘扱いの魔女案件だ、俺が合うのにも色々と体裁を整えなきゃいかんと言う事か。


「ついでに、最低限のレクチャーをと思ったのだけどね。予定以上に家の孫が君を引き留めてしまったようだ」

「って事は?」


 俺がそう聞き返すのと、部屋のドアがノックされるのは同時だった。二人の老人は、静かに、だが素早く椅子から立ち上がった。


 ちょっ、まだ心の準備が。

 俺が無言でそう訴えるも時すでに遅し。


「チムリーク国王陛下のご入室でございます」


 この国最高権力者、新国王の入室を告げるメイドの声が聞こえて来たのである。





 俺は反射的に絨毯の上に片膝をつく。礼儀作法など知りもしない俺が出来る最高級だ。


「はっはっは、ここは謁見の間でもない、ましてや君は今回のゲストだ、起立して顔を上げたまえ」


 思ったよりも若いその声に、俺が恐る恐る顔を上げると、そこにはこちらを眺め込む青年と言ってもいい顔があった。

 年の頃は30代と言う所だろうか。だがそれは年若く頼りないと言うよりも、若々しく覇気があると言うのがふさわしい人物だった。


「あっ、あのどうも、初めまして。自分はアデム・アルデバルと言うものです」

「ははは、そうかしこまることは無い。貴殿はこの国を救ってくれた英雄なのだ、もっと胸を張るがいい」


 国王様はそう言って、フランクに俺の肩を叩く。


「陛下、あまりその者を甘やかすのはおやめ下さい、この者は私の事を爺呼ばわりするとんでもない小僧ですぞ」

「はっはっは、それは良い。かの鉄壁将軍ゲルベルトを爺呼ばわりするとなれば、余の事はおっさん呼ばわりかな?」

「とっとんでもございません」


 恐縮する俺の横を笑いながら通り過ぎた国王様は、どかりと上座に座った後、皆に着席する様に指し示す。


「うむ、皆忙しい中時間を割いて良く集まってくれた」


 この中で誰よりも忙しいであろう国王様は、俺たちの顔を見ながら上機嫌でそう言った。


「ゲルベルトよ、改めて礼を言おう。よくぞわが父を、魔女の間の手から救い出してくれた」

「国家に、国王に忠誠を抱く身として当然の事でございます」

「フィオーレよ、改めて謝罪しよう。あらぬ言い掛かりを掛け、家名と領地に混乱を抱かせ済まなかった」

「全ては魔女の企み故」

「そしてアデムよ、よくぞ魔女を打ち滅ぼしてくれた、其方はわが国、いや世界の英雄だ。魔女の存在を公の者とするわけにもいかぬ故、大々的に公表する訳に行かぬ事を許してくれ」

「そっ、そんな、俺はただ自分に出来る事をしたのみです。俺なんかよりも、あの戦いで犠牲になってしまった方達の為に、その祈りを捧げてください」

「うむ、勿論。聖教会には既にそれ相応の寄進をしてある。彼らの事も国難と戦った聖戦士として国を挙げて葬儀を行いたいところだがな、ここでも魔女の事を公に出来ない事が壁になる」


 国王様は難しそうな顔をする。

 魔女は、帝国との大戦の折、国家の最終兵器として秘密裏に召喚したものだ、それを公にすれば大問題になってしまう。

 今となっては何処までも隠し通していくしかない国家の恥部と言う事だ。


「いずれ折を見て公表すべきことではあるが、それはまだ先の話であろうよ」


 国王様の話に、ゲルベルトの爺さんは眉間のしわを深くしながら頷き、フィオーレ翁は表情を変えずに僅かに首肯する。


「しかし、幾ら公にできないこととは言え、信賞必罰は欠かせぬもの、アデムよ何か望むものはあるか?」

「えっ、おっ、俺ですか!?」


 急に話を振られて、俺は困惑する。別に褒美が欲しくてやった訳じゃない。火の粉と言うには余りにデカくて凶悪なものだったが、俺はそいつを払っただけみたいなもんだ。


「いっ、いえ、そんな事急に言われても……」

「む? 遠慮深いものだな、余はこの国では多少の力を持っている、なんでもと言う訳にはいかぬが、ある程度の物なら叶えてやることが出来るぞ?」


 王様ジョークは小市民には厳しすぎる。とは言え、これと言って思い浮かばない物また事実。


「国王陛下、アデムはわたくしと同じく学生の身、少しは手心を加えてくださいまし」

 

 俺の背後に立っていたシャルメルがそう助け船を出してくれた。正直初めて連れてこられた宮廷で、いきなり王様に対面しといて頭なんか回りやしないので大助かりだ。


「ははは、余としたことが急ぎ過ぎたようだ。それではアデムよ、何か褒美を思いついたならシャルメルに言っておけ」

「はは、ありがとうございます」


 これが俺に会いたかった理由だろうか、ともあれ最高権力者の圧迫面接はこれですんだと、肩の力を抜こうとした時だった。


「やれやれ、これであの日の戦いは清算できた、ところで、ここからは最重要な余談なのだがな」


 国王様は、ニヤリと笑って俺を見つめて来たのだった。

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