第5話 挨拶

「な、なぁ奏汰。本当に、やらなきゃダメか?」

「当たり前だろ。大丈夫だって。お前ならできるって、俺は信じてるから」

「で、でも……。やっぱり無理だ」

「おい。お前、本田さんと仲良くなりたいんだろ? だったら、朝教室に入って皆に挨拶、ぐらいはできないと話にならないぞ」

「う。でも、ほら、挨拶なんて、本田さんにだけでよくない? なあ、いいって言えよ」

「ダメだ。考えてみろ、仮にお前が本田さんと仲良くなれたとして、クラスの人はどう思う? なんであんな奴が本田さんとってなるぞ絶対。だから、早いうちに皆ともっと打ち解けておいた方がいいって」

「今更だよ」

 朝、教室前。

 僕は葛藤していた。

 今の会話を見てわかるとおり、教室に入って皆位「おはよう」の一言を言うか言わないか、というのがないようである。

 ちなみに奏汰はこうみえて友達が多く、毎朝「おはよーっす」なんて言いながらやってくる。

 それを僕もやれという話なのだが。

「やっぱ無理だって」

「慧斗さあ、本田さんと仲良くなりたいんじゃないのかよ。もしかしてそれも、本田さんを助けたいっていうのも嘘だったのか?」

「嘘じゃねえ。でも、だからといって皆に挨拶する必要、なくない?」

「何回も言わせるな。これは、今後のお前の身を守ることなんだぞ。それに、こんなことができないようじゃ、本田さんと仲良くなるなんてとてもとても」

「ぐ」

「じゃあこうしよう。慧斗が先に入って皆に挨拶をする。そのあとすぐ俺が入って挨拶する。こうすれば、皆もさほど慧斗のこと気にならないんじゃない? まあ、朝挨拶をする人がいて、誰が不思議に思うかって話だけど」

「僕の場合は違うんだよ。でもなあ。うーん。分かった、わかったよ。そ、その代わり、なんかあったらちゃんとフォローしてくれよ」

「分かってるって」

「それじゃ、入るぞ」

 ゆっくりと、教室の扉に手をかける。少し立て付けの悪い引き戸が、ギギギと音をたてながら開いていく。

「あああやっぱ無理だああ」

「いやはやく入れって」

「行くぞ」

「おう」

 もう一度扉に手をかける。

 思い切って、バンと扉を開ける。

 教室に一歩踏み込む。さあ、言え、言うんだ僕、「おはよう」と。

「ぅお、おはよぅ」

 ……。

「おはよーっす」

「おい」

「はい」

「噛んだ」

「知ってる」

 奏汰がにやにやしている。

 マジでやめてくれ、恥ずかしさで死ぬ。

 速足で自分の席へ向かうと、奏汰もついてきた。

「奏汰、皆が僕のことを笑っているように感じるんだけど」

「気のせいだ。慧斗の声は小さかったから、多分誰にも聞こえてない」

「そうか。ならよかったんだ……けど……」

 教室の前の方。

 神田ひまりと大宮颯。そこから少し離れたところに、本田さん。

「ねーはやてぇ。いまの聞いた? マジウケるんですけど」

「ああ、聞いた聞いた。あれはやばい」

「てゆーかあの人、最近奇行増えてってるよねえ」

「だな」

「……なあ奏汰。あれは僕のことだよな」

「……さあ?」

 あの二人がいる限り、いやいなくても、僕が本田さんと仲良くなるのは、とても難しいようだ。

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