第22話 スコーンとオレンジと小豆のジャム
「夏みかんとオレンジと。甘くて酸っぱい果物刻んで、砂糖と一緒にくつくつ煮れば。苦くて甘いマーマレードのできあがり~」
何唄ってんだよ、お前。
「ええやんか、鼻歌くらい。てか、勝手に聞いていやらしいわ、アンタ」
勝手に唄ってたの聞いただけじゃねえか。なんでおれがいやらしいんだよ。
「乙女に恥ずかしい思いさせたらあかんのやで」
それは最低限の自衛をしてから言えよ。
「乙女の心情は全てに優先されるんやで。そんなんわからん男はモテへんで」
別にお前にモテたかぁねえよ。
「割と酷い事言っとる事わかっとる?」
その場の勢いって奴だから許せよ。
「まあ、ノリツッコミくらいは許したる。ほんで、何やっとん?」
小豆茹でてるんだよ。
「なんや、アンコでも作っとるんか。何の気まぐれなん?」
最近来た恐竜がいるだろ。
「あの紳士っぽい奴やな?」
そうそう。あいつが良くスコーンとか持ってくるんだよ。
「それとアンコがなんか関係あるんか?」
乾パンみたいじゃねえか、アレ。それならアンコにも合うんじゃねえかと思ってな。
「乾パンをアンコで食う奴も見たこと無いわ、ウチ」
割と美味いぞ。
「乾パンは一緒についてる角砂糖で食べるもんやろ?」
角砂糖は先に食っちまうからなぁ。
「子供かいアンタは」
美味いもんは先に食う主義なんだよ。
「非常事態で真っ先に死ぬタイプやなアンタ」
残念ながら死んだ事はねえな。
「そんで、他の鍋となあらへんかな?」
マーマレード作るんか。珍しいな。
「なんで珍しいねん。ウチの趣味はお菓子作りやで。乙女らしく」
買った方が早いだろ。
「ゆうたら、アンコも同じやん」
小豆から作った方が安いんだよ。
「侘しいなぁ。自作の方が美味しいとかそういうの無いん?」
最近の出来合いは美味いからなぁ。
「こだわり無い男やなぁ。ウチのマーマレードは拘りがたくさん詰まっとるんやで」
お前アレだろ。隠し味とか入れるタイプだろ。
「そやけど、あかんのか?」
隠し味なんか意味ねえぞ。
「それは流石に舌バカやろ」
特にお前、ジャムなんかの味の濃い食いもんにいくらか違う味つけても意味ねえだろ。
「こう、後味に残るちょっとしたアクセントとかがええんやないか」
ジャムで味が分かるくらい入れるっつうのがどれくらいの量ぶっこむかは分かるだろ。
「まあ、あの砂糖の量を考えるとな」
最初にジャム作っとるの見た時にはちょっと引いたわ。
「特に本式のジャムは砂糖でとろみ作ったりするからな。そらもう、とんでもない量やど」
話聞いてるだけで胸焼けがするわ。
さて、煮えた小豆をそろそろ構ってやるか。砂糖をぶっこんでと。
「アンコも負けず劣らずの砂糖の量やな」
なんか、ヨーロッパに小豆ジャムとか言うアンコがあったって聞いたぞ。
「ノストラダムスやな」
あれか。預言書の。
「あの人、本業は薬剤師やん」
いや知らんわ。
「んで、栄養士みたいな事もしとって。その中の著作にお菓子作りの下りがあんねん」
そこに小豆ジャムか。
つうか、なんで栄養士がお菓子なんだよ。
「あの当時の病気は大半、栄養失調が大本だったみたいやで。糖質ぶっこんで体力つけて病気治療せえって話やろ」
どこぞの薬売りの万能薬が、ニンニクの素揚げみたいな話だな。
「実際、ニンニクは栄養価高いしな。ビタミンB1は病気予防にもええんやで」
マーマレードにニンニクでも入れてやれ。
「不味そうやなそれ」
うし。砂糖も溶けたし塩も入れてやるか。
「おい、隠し味否定派はどこに行ったんや」
別に隠し味じゃねえっつうの。この量見ろよ。完全に隠してねえ味付けだぞ。
「こう見ると、結構調味料でギトギトやな」
美味いもんは健康に悪いっつうこったな。
「マーマレードは微糖にしよかな……」
砂糖ケチったマーマレードは苦くて不味いぞ。
「うーん。人工甘味料とかどうなんやろ?」
サッカリンとかか。おれはなんかダメだな。薬臭い気がしてな。
「ラカントとか言うんは、砂糖より甘み濃い目でカロリーゼロやって話やで」
気になるなら使ってみりゃいいじゃねえか。
「びっくりするくらい高いんやもん。後、糖質オフ甘味料は余計に砂糖欲しくなるだけやって話もあるんやけど」
知らんが、身体が糖分欲しい時に糖分入ってない食い物いくら食っても意味ねえだろ。
「せやろなぁ」
ちょいと混ぜてやるくらいが丁度いいんじゃねえの?
「それやったら、ハチミツもええんやで。7割くらいの量で砂糖と同じくらいの甘味らしいで」
ハチミツ最近高いんだよな。
「さっきからそればっかやな」
金があったら出来合い食うって言ってるだろ。
「甲斐性無いなぁ」
「それで、イチャつくのはいいんだけど。アンコまだ? スコーンはもう焼けてるよ」
イチャついてねえよゲームチャンプ。
「イチャついてないわー。どこを見たらそんな思うんや」
「人ふたりが仲良く話していたらイチャイチャしてるって嫁が言ってた。男限定だけど」
「なんでそないな事になっとるんや」
「腐女子だからねー。うちの嫁」
「そもそも、ウチは男やないやん。乙女やん」
そう思うなら、女っぽい格好しろよ。普段着から阪神ユニフォームとかどうかと思うぞ。
「ええやん。ファンのこだわりやで」
「それって、やっぱり同じのいっぱい持ってて着回してるわけ?」
オバQみたいだな。
「同じやないで。背番号ちゃうもん」
その日の気分で背番号変えるとんのかい。
「せやけど。それが何か?」
「……よく分からない世界ってのは割と近くにあるんだなー」
同じ服、順繰りに着てるだけの方がまだ可愛げがあったな。
「てか、アンタら人の事言える格好しとらんやんか」
「俺はちゃんとしてるだろ」
お前も黒ずくめのシャツとパンツばっかじゃねえか。
「アンタは何日、同じ服着とるんや。臭くなっとるでホンマ」
まだ2日目だぞ。
「汚ったな! 服は毎日洗濯するもんやろ」
「いやホントマジマジ。その通りだって。ちゃんと洗濯しようよ」
ゲームチャンプも割と二三日同じ服着てる事あるだろ。
「あれは寝てないから1日換算なの」
「ならんわ。ちゃんと洗わんかい」
コインランドリーは金がかかるのが難点だな。
「トコヨ荘の裏に洗濯機あるやん」
いつも誰か使ってるだろ。それ見ると面倒になってな。
「俺が使おうとすると、大体洗剤が無んだよね」
「洗剤くらいは買い置きすりゃええやろ」
昔はタライで踏み洗いとかしとったけどな。
「今もやりゃええやん」
面倒くさいんだよ。
「ヒマやろアンタら」
「なんか一纏めにされた件」
ヒマなのは否めんが。
「俺は割と普段から仕事してるんだけど」
「いっつもゲームしとるやんアンタ」
「ゲームが仕事だからね、俺。遊んでる訳じゃないからね」
「遊ぶのが仕事とか結構なご身分やなぁ」
嫌な思いをしないと仕事と思わないってのは、日本人の悪癖だぞ。
「アンタはもうちょい嫌な思いすべきやと思うわ」
「それは同感」
うっせ。
おいじゃ、そろそろアンコが上がるぞ。オレンジ切るか?
「あいはーい。さくさく皮むきしたってやー」
「マーマレードは苦くて苦手なんだよなー」
お前は味覚がお子様だからな。
「あの苦味がええんやないか」
「お子様は、味覚が鋭いから苦味とかの刺激がダメなんだってネットで言ってたよ」
お前は単なる偏食だけどな。
「ゆうか、苦いのダメならちょっと皮を減らすか。入れんかった分は砂糖漬けにすりゃええやろ」
「砂糖漬けのオレンジの皮は結構好き」
やっぱただの偏食じゃねえか。
「というか、砂糖足りないんじゃないのマーマレード」
まあ、甘くすりゃ美味いと思うが。
「ホンッッット、舌バカばっかやな」
甘みは旨味だぞ。
「マーマレードに旨味関係ないやん。というか、何で普通にウチのマーマレード食う前提で話しとるん?」
あるモンは使うだろ。
「なんか、折角作ったジャムが凄い勢いで無くなると思うたらそういう事か」
勝手に食われるのがイヤなら名前書いておけよ。
「知らんわ、そんなルール」
集団生活の常識だぞ。
「流石に名前も書かないで占有権主張するのはどうかと思うよ」
「今度、アンタの名前の書いてないカップラ食ったるわ」
「俺のカップラは名前付きのダンボールに突っ込んでるから。後、出納簿も作ってるから」
変な所でマメだよなお前。
「データ化は攻略の基本だよ君たちィ」
「こいつムカつくわー」
「ムカつくように話してるからね。当然だね」
「いやホンマムカつくわ。もうちょい悪びれるとか無いんか」
悪びれるようなら生きていけない生活しとるからなこいつ。
「俺が悪いんじゃないんよー。世の中が悪いよー」
「悪い環境がこんなの作ったか、こんなのだから周囲の環境が悪いのか分からんなぁ」
両方だろうなぁ。
「さて! ここでボクの出番だ!」
あー、テイさん。スコーン冷えてきたんでレンチンお願いします。
「最近ボクの扱い軽くないかなぁ」
「元々重く扱われてないんじゃないかなぁ」
「ウチが最初に見た頃からそんなん感じやったな」
元々古株なだけだしなぁ。
「生き字引と呼んでくれてもいいんだよ?」
「別に攻略Wikiが必要な所でもないし、ここ」
「昔の話とか聞いてみたいけどな」
その内話してやるよ。色々いたぞ。
「言葉通じない人が半分占めてた時は地獄だったねぇ」
あー。あの頃は酷かった。
「どういう時代や、それは」
後はやっぱりバブルの頃は狂っとったな。
「やっぱ、万札広げてタクシー呼んだりしてたの?」
「割と普通に廊下に札束が転がってたりしてたねぇ」
「その札束を残しておいたら、今頃もっとええ生活出来たんやないの?」
金ってのは気付くと無くなってるんだよなぁ。
「諸行無常だねぇ」
「やっぱりリアルはクソだね」
さて、アンコはいい感じに出来たな。
「次はマーマレード煮詰めんとな」
この砂糖の量がな。
「乙女の敵やなぁ。美味しいからしゃあなし」
太るぞ。
「その分動くからええんや」
そう言って痩せた奴は見たことねえぞ。
「くっそ、絶対痩せてやるわ」
スコーンの香ばしい匂いと紅茶の香りが漂ってくる。
「紅茶言うとアールグレイくらいしか知らんけど」
おれもオレンジペコくらいしか知らんぞ。
「英国紳士様はもっと色々知っとるんかなぁ」
「お貴族様は、その時の気分を家令が察して丁度いい茶葉を用意するから別に茶に詳しい必要は無いんだよ」
「はー。いい身分ですなあ」
貴族様だからな。
「羨ましい話やなぁ」
スコーンに山盛りのアンコは、まあまあ結構美味かった。
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