第20話 オオサンショウウオのちり鍋風

 ドラム缶の中に山椒魚が浮いている。

 1メートルくらいある奴だ。

 とぼけたツラでプカプカ浮いているのは実に間抜けで、どこぞのゆるキャラにいてもおかしくなさそうだ。

 こんな着ぐるみを好んで着る奴の気が知れないが。


「ほう。これは美味そうな山椒魚であるな」

「美味そうなって、食うのでござるか!?」

 恐竜とニンジャか。こりゃ珍しい組み合わせだな。


「いや、珍しいとかで無いでござるよ。この爬虫類、食うとか言ってるでござるぞ。大丈夫でござるか」

「山椒魚は食うものであろうが。貴殿こそ大丈夫か? 特に頭が」

「そんな酷い事をよく言うでござるよ。そうでござろう?」


 いや、おれに同意を求められてもな。

「第一印象が、美味そうは酷いでござろうに。言われたら心に傷を負うでござるよ」

 まあ、美味そうには見えんが。


「知らんのか? 頭から食うと美味いのだぞ」

 生で食うのかよ。

「肉は生が一番美味いのだぞ」

 腹壊すわ。

「だから、食う事前提で話を進めるのはどうかと思うでござるよ」


 つっても、うちの実家から珍しく送って来た食い物なんだよな。

 送るなら、せめて絞めてからにしてくれんかなぁ。

「……食い物として来たのでござるか、こいつ」


 何だと思ったんだよ?

「てっきり、新しい住人かと思ったでござる」

「こんな住人がいるはずがなかろうに」

 お前が言うんかい。


「我は普通であろう」

 おれらからするとお前は大分こいつ寄りだぞ。

「これだから毛玉は。鱗の民と泥食いの区別もつかんか」


 そういやお前、ワニとかは食わんのか。

「恐竜はむしろトリに近いと聞いた事があるでござるよ」

「どちらでも良い。貴殿らも豚や牛は食うであろう」

「確かに。そういうものでござるか」


 そーいや、昔いた半魚人も平気で魚食ってたな。

「半魚人で魚食えないでござるなら、普段何食ってるんだって話でござるしな」


 んで、こいつだ。オオサンショウウオ。

「何故に先輩の実家はこんなモン送ってきたでござるか」


 爺さまが昔食って美味かったんだと。で、いいのが入ると実家に送られてくるって話だ。

「祖父殿は食道楽なのだな。確かにこれは中々のものであるぞ」


「ちなみに、爺さまはどうやって食ったのでござるか」

 生きたままでっけえ鍋に入れて火にかけて、這い上がってきたのを棒っこで殴って落とすんだと。

「酷い絞め方でござるな」


「やはりここは頭からバリバリとだな」

 お前しかできんだろ。そういう食い方。


「しかしでござるな。サンショウウオはハンザキと言われるくらい、生命力が強いと言うでござるよ」

 真っ二つに裂いても生きているってか。

「蛇も二つに裂いても生きている物がおるぞ」

 それも頭からバリバリか。

「で、あるな」

 そこまで行くと逆に便利かもなぁ。

「ものぐさもそこまで行くと大したものでござる」


「我は獲物の血の味が甘露に感じるが、毛玉はそういうものでもないだろう」

 大量に飲むと吐き気がするらしいな。

「血のソーセージとかは食べてみたいでござるが」

 折があったら作ってやるよ。

「本当でござるか。約束でござるぞ」


 約束って言うとあいつが出て来そうでイヤだなぁ。

「血も採る場所によって味が違うので、奥が深いのだぞ」

 奥が深いんか。どこも一緒だと思っとったわ。


「本当に違うんでござるか?」

「まず、静脈と動脈で味が同じなはずがなかろう」

 まあ、確かに。

「他に血中に溶け込んでいる組織の味があるのだ。まあ、毛玉には分からぬ違いやもしれぬが」

 そこまで行くと分からんだろうなぁ。


「とりあえず、血液ソーセージは期待しているでござるよ」

 オオサンショウウオで作ってやろうか。

「何かまずそうでござるよ、これ」

「だから美味いと言っておるだろう」


 どうやって絞めるかなぁ、こいつ。

「やっぱり、首を落とすのが安定ではござらぬか」

 恐竜に頭だけ食わせるか?

「調理道具扱いは流石に心外であるぞ」


 まあ、調理したモンも食わせてやりたい所だしな。

 爺さまの言う通り、頭を棒っこでぶったたいて、吊るして血抜きかね。


「この手のヌルヌルだと、熱湯ぶっかけて煮殺すのも良いのではござらんかな」

 爺さまが試した時には、全然死なんらしいぞ。

「ハンザキ言うくらいでござるからな」


 つうことで、棒っこ持ってくるから、ちょっとニンジャ抑えてろ。

「拙者が持つのでござるか? 攻撃力的には拙者が殴る方が良いでござろう」


 こいつ結構獰猛なんだよ。

 動いているものが見えると噛み付いてきてな。


「それなら余計に拙者イヤでござるよ!」

 おれもイヤなんだが。

「貴殿らは本当にどうしようも無いな」


 おう、それじゃ恐竜頼むわ。

「丁度鱗もある事でござるしな」

「本当に。貴殿らはどうしようも無いな」


 さもなきゃ、死ぬまで適当にぶん殴り続けるかだな。

「それは味が落ちそうでいかんな」

「お爺さまのやり方は如何でござるかな」

 んなでかい鍋どこにあるんだよ。

「探せば有ると思うでござるが」

 うーん、確かに。ちょっと探してみるか。


「ああ待て。我が掴み上げてやるから、心置きなく絞めるが良い」

「それなら、拙者が殴るでござるよ。ニンジャの手技を思い知るが良いでござる」

 首飛ばしてもいいぞ。血抜きになるしな。


「それならば、頭を下に持った方が良いな。少々待つが良い」

 ガブっておい。食いついててどうすんだよお前。

「いやいや甘噛みでござるよ。この御仁、手を使うより口で咥える事の方が多いでござる」

 まあ、手よりよっぽど前にあるが。


「では、いい位置に頭がある事でござるし。拙者のクビキリジツを見るが良いでござるよ。キェエッ!」


 おー。ホントに首が飛んだわ。大したもんだな。

「実は発動確率70%くらいでござるから、イケるかドキドキしてたでござる」

「成功した時はそういう事は言わなくて良いのだぞ」

 まあ、うまく行きゃ万々歳だろ。血がある程度抜けたらバラすかね。


「これだけでかいと野山の獣解体するのと変わらんでござるな」

 肉を冷やさなくていい分、こっちのが楽かもしれんな。

「内臓も中々の美味であるからな。腑分けは慎重に頼むぞ」


 へいへい。肉斬り包丁持ってきてと。しっかし、ここまでぬるぬるしてると切りにくいな。

「それこそ、ここで湯通しするのはどうでござるかな」

 そいつはいいな。ついでに塩でもんでやるか。


「構わぬが、そろそろこれを置いて良いかな」

 あー、ちょっと待て。枝に吊るすわ。ニンジャ片足にロープ巻け。うし、こんなモンか。


「いやぁ。結構本格的になったでござるな」

 じゃあ、こいつ入れてたドラム缶の再利用だ。こいつで湯沸してやるか。

「ドラム缶風呂みたいでござるな」

 後で風呂に再利用するか。


「出来たら我も使わせてもらおうかな」

 お前は入り切らんだろ。


「ドラム缶風呂というのは浪漫でござるが、あれは足元熱くならないのでござるか?」

 何だ、知らんのか? あれは蓋代わりにすのこを浮かせておくんだよ。

 で、入る時にはそのすのこを沈めて足場にするんだ。


「ほー。よく考えてあるのでござるな」

 下駄履いて入ったなんて笑い話もあるけどな。


「さて、湯も湧いた事であるし湯通しと行こうではないか」

 湯をぶっかけるにしても、どうすっかな。

「お玉で一杯ずつかけ流すしか無いのではないでござるかな」


 船幽霊みたいだな。

「いっそ、一度頭から湯に浸してみるかな?」

「それをやると、何かダシとかも流れ出てしまうでござらんか」

 バラした後も何回か湯を変えて煮直さないといかんらしいぞ。

「面倒だな、やはり生で丸ごとが一番である」

 それで腹壊さないのはお前くらいなんだよ。


「毛玉はひ弱でいかんな」

「胃袋は鍛えられんでござるからなぁ」

 昔、鍛えている奴いたなぁ。

「どういう奴でござるかそれ」

 大食いでメシ食ってるやつでな。

「まさにメシを食うだな。これは愉快」


 やたら駄洒落を言うようになるのがおっさんの証だって言うぞ。

「それなら先輩は立派におっさんでござる」

 実際おっさんだからな。


 まあ、一度湯にぶっこむか。で、ヌルヌルをタワシで削ぐと。

「何か刺激臭がしてきたでござるな」


 山椒魚ってくらいだからな。

「中々に強烈な匂いでござるな」

 煮立てると屋敷が山椒の匂いで充満するそうな。

「超絶面倒でござるな」


 これが口の中に充満すると思うと吐き気がするな。

「本来はそのための匂いでござろうな」

「生で食う時には丁度良い薬味なのだがな」

 内臓が強靭というより、単に鈍いだけなんじゃねえのかお前。


「紳士に対して心外な事を言うものでは無いぞ」

 爬虫類だしなぁ。

「恐竜はむしろ鳥に近いとか聞いたでござるよ」

 大して変わらんだろ。

「変わらぬとは言わんが、毛玉ほどの違いは無いな」


 んで、塩でゴリゴリ削ってと。ま、こんなモンか。

「それでこれからどうするでござるか?」

 バラした後はひたすら煮込むんだと。

「どれくらいでござる?」

 半日は煮込まんと固くて食えんそうな。

「それはまた、時間がかかるでござるな……」


「そこでボクの出番という訳さ!」


 久しぶりに現れたのはトコヨ荘の古株のテイさんだった。


 おかえんなさい。

「うーん。中々遠くまで行ってしまってね。帰ってくるのに難儀したよ」

「珍しいお土産とか無いでござるか?」

 お前は子供か何かか。

「まあ、いくつか見繕って来たけどね」


「その土産物の中に何か、肉を柔らかくするものがあると言うことですかな」

「いや、無いよ」

 無いんですかい。

「そんなに便利なものはそうそう無いって事だよねぇ。じゃあ圧力鍋用意しようか」

 結局それっすか。


「時間短縮にはあれが一番だからねぇ。ニンジャくん達は山椒魚を捌いていてもらおうかな」

「それでは、拙者のハサミ捌きをご照覧あれでござるな」

「調子に乗って我ごと切るのは勘弁願いたいぞ」


 後、アレだ。固くて食えんっていうなら、食わない分は重曹漬けてみるか。

「タマネギとかヨーグルトも良いねぇ」

「パイナップルも良いと聞いたでござるよ」


 酢豚でも作る気かお前。

「酢豚というか酢山椒魚? でござるな」

「酢の豚にパイナップル? なんだその料理は」


 酢を入れた餡掛けで豚肉とか野菜を炒めた奴だ。で、味のアクセントにパイナップルが入ってるんだが。

「我には想像もつかんな」

 今度作ってやる。


「酢豚のパイナップルの存在が許せない人は一定数いるんだよねぇ」

 甘味は旨味なんすけどねぇ。

「それは流石に舌バカではござらんかな」

 違いが分かるほど高尚な舌しとらんだろ。おれもお前らも。


「まあ、そうでござるがな。それで、圧力鍋で煮たらどうするでござるか?」

 煮た湯は捨てて、を何回か繰り返すんだよ。

「ダシとは一体……でござるな」


 野生の肉はそうでもせんと臭くてかなわんぞ。

「特にこいつは山椒の臭いが酷いでござるからな」

「やはり手間だな。やはり生食が一番だ」


 その分、味は中々だっつう話だぞ。

 曰く、濃厚なふぐだとか。


「それじゃ、ちり鍋風にしようかね」

「こんなグロいのが、そんな美味になるでござるかなぁ」

 グロいヌルヌルは大抵美味いもんだぞ。手間もかかるが。

 ウナギとかアンコウとかそうだろ。


「やはり生が一番では」

 お前はそればっかだな。


 山椒の匂いが漂い広がる。

 それに誘われて、目ざとい奴らが寄ってくる。

 こりゃあ、白菜を刻むのも手間になるなぁ。

 シュコシュコと、圧力鍋の錘が揺れていた。

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