第34話 ナガミチの賭け 上
チャ子がアルベルトの傍に来ると、インシュアもその場に寄ってきた
腕組みをしているアルが「ちっ。」と舌打ちをする。
それを聞いたインシュアが「…どうした…」と問う。
「…あのクソガキ…勝つ気になってやがる」とつぶやいた、その言葉を聞いて、インシュアが不敵な笑みを見せた。
間合いを守って、相手の出方を見る…。と、ゴブリンが一歩引くと同時に飛びかかって来た。
…ここだ!と、アサトは、剣先を下に下ろすと刃を上に向け振り上げる。
〖
ゴブリンが
ゴブリンが後ろに跳ねる。
…そう、このタイミングだ!。と思った瞬間。
肉に…刃が入る感覚が伝わって来た。
ゾクゾクする感覚が体を走ると、その感覚が命を感じさせた。
止める?いや…生きる為…生きる為…生きる為に…殺す!!
殺さなきゃ、殺される。命を奪う。
奪う…奪わなければ生きられない…奪わなければ……。
その瞬間に、アサトの中で多くの衝撃が色々な角度で試行錯誤をしていた。
その試行錯誤は、永遠に続く闇に堕ちていく感覚がアサトを
その感覚を振るい落とすように目を閉じ、そして…、アサトは声を上げた。
「う…、うわぁ~~~~。」と叫びながら、肘を折り、右足を大きく踏み出し、そして、力強く地面を蹴り上げて肘を力一杯伸ばした。
剣先がゴブリンの体の奥へと入りはじめる。
その肉の感覚は、固いようで柔らかい…骨に当たり、スピードが落ちると体が自然に肘を折り曲げていた。
そのまま、力ずくで体をゴブリンに当てると、ゴブリンの骨が刃で砕ける感覚が柄から感じた。
そして……アサトの刃がゴブリンを貫く。と同時に倒れ込んだ。
「ぐぁ…」と血を吐くゴブリン。
荒い息遣いでその上に重なるアサト。
ゴブリンの息遣いを感じる…、その動きは、早い…まだ…仕留めていない…と思った瞬間「あっ、ギャー」と大きな叫び声をあげる。
アサトは怯んだ、そして、下にあるゴブリンの顔をみる。
その顔は、目から涙が出ているが消えてはいない。
どす黒い血を口から唾液と共に流している。
…臭い…、肉が腐ったような匂いがする、青物の魚が腐食している匂いがしている。
…吐きそうだ…。
汚物の…匂い…。
糞の匂い…。
これはゴブリンがしている小便、そして糞…、下半身が濡れている。
たぶん…アサトにもしみ込んでいるだろう…。
手が震えている。
柄を握っている指に余裕がない…。
ゴブリンが苦しそうに目を閉じ、歯を食いしばる…そして、片目を開けアサトを見ると。
「あっ、でぃあぁぁぁぁぁ~~」と、アサトが悲鳴を上げて左肩をみる、そこには、ゴブリンが持っていた短剣が刺さっていた。
余りもの痛さに柄から手を放し、右に転がりながら逃げる。
それを見ていたインシュアが一歩踏み出した。
「待て」と、アルベルトがそれを制止する。
「…バカやろう。あれじゃ…」
「…今、あいつは命のやり取りをしている。ココを乗り切れなきゃ、この先は無い。俺たちは狩猟人だ、誰かに守られてやるような仕事ではない。あいつがここで死ぬのなら、それまでだ。黙って見ていろ」と冷ややかな視線で
その言葉に、インシュアは踏みとどまり大きく深呼吸をした。
チャ子は目を覆っている。
ナガミチは目を細めて見ているが、杖の柄を握っている手は力が込められていた。
アサトは痛みをこらえて頭を地面につけ
痛い、痛い、痛い…冗談じゃない。
信じられない…ほんとに痛い…シャレになんない…くらいに痛い…。
これは、これは…冗談を抜きにして…無理…。
…無理…無理……。
狩猟者なんてできない…殺される。
殺される…ほんとに…殺される…。
左肩を触ると、そこには、大きく感じる短剣が根本まで刺さっていた。
少し体を動かしただけでも激痛が走る、見た目よりも大きく見える短剣…。
これは…どうすればいいんだ…。
短剣の柄を見て抜こうとした時にゴブリンが、痛みの苦痛の表情をみせながら立ち上がろうとしている。
…あいつも…同じなんだ…生きようとしているんだ。僕よりも重症なのに…
…逃げるのか…、…それとも…僕を、殺そうとしているのか…
…いや…痛いけど……このままだと、殺される…かもしれない。
…殺される…なら…逃げる…そう…逃げるとインシュアやアルベルトが助けてくれるはず…と思った時。
『お前は弱い。なら、弱いなりの戦いを身に着けろ…』
『…んじゃ、弱いなりに勝て。』
冷ややかな瞳で見るアルベルトが脳裏に現れた。
アルベルトは、絶対に助けてくれるはずがない…。
…そう、甘く考えていた。
安全な所で…安全な場所で…、誰かが何とかしてくれると…
でも、これが現実…、こんな状況でも誰も助けてくれない…
『あと3秒遅かったら、俺の堪忍袋が、どえらい事になるところだった。』
これが現実…、アサトは後ろにいるアルベルトを見る。
アルベルトは冷ややかな視線で見ている、眉間に皺が寄っている。
…試している…
『…昨日の俺に向かってきた意気を見せろ。』…
そう…決めたんだ。
僕は…、狩猟人で生きるんだ…。だから…
アサトは後ろ足を立て、右手を伸ばすと、前傾姿勢のままで前に動く、…そして。
何かが体の中で弾けたような気持ちでいた。体が…体が…。
「くっそぉ~~」といいながら、駆けだす。
……
一体のゴブリンが腰に巻いていた布を取り、女神官を四つん這いにさせた。
女神官は泣きながら助けを求めていた風景を思い出す。
……
あの時。僕は…無力だった。今も弱い…でも……。
……
「『助けてやりたい』と言う気持ちを忘れるな。強くなる、強くなりたいと思う心の根源には何かが必要だ。今までやっていたことは無駄ではない。ただ、用意も何もできていない状況で、なにか出来るなんて、都合のいい現実なんてない。耐える事も修行。自分の弱さを知るのも修行。」ナガミチが言った言葉を思い出す。
……
……そう、助けられないかもしれないけど…僕は…。
……
起き上がり始めたゴブリンに駆け寄ると、左足でゴブリンの胸を踏みつけた、
右胸に突き刺さっている太刀を抜くと、
…強くなる、強くなりたいと思う……
立ちの剣先を下にして、大きく腕を上げる。
ナガミチの言葉
「だんだん良くなってきている、大丈夫だからな…お前は…大丈夫、ちゃんと狩れるようになるから、自分を信じろ。」
を思い出しながら細い首に突きさす。
「ぎゃ!!」と、ゴブリンは小さな断末魔を上げて目をカッ
刃が肉を通り抜ける軽い感触、そして、地面に突き刺さる大地の重み。
それが、現実に戻った瞬間の感触。
今、進行している命を懸けた争いの現実へ。
そう、これが現実。
なにはともあれ…命を奪う現実…。
口から血を吐き、そして、少し痙攣を見せながら、口と首の切り傷からどす黒い血を大きな息と共に吐きだすゴブリン。
息が…息が出来ないくらいにつらい…つらい…なにかが…つらい…。
太刀の柄から伝わってくる、命の
弱る体は徐々に吐く息に力がなくなり、肩で息を始めると静かに息を吐ききった。
肉片に化したゴブリンを見る。
ほんの数分前までは動いていた肉片…。
例えがたい異様な感覚が体を押さえつける。
身動きが出来ない。
ほんの少し前までは、目を開け、息を吸って、吐いて、生きていた。
このゴブリンと言う種族が、今ではただの肉片。
この感覚は…命の重み?…なのか……。
この例えようも無い異様な感覚…それは、命を奪う重みの感覚なのか…。
胃から何かが込み上げてくる感じがした…、そして、なぜか、涙が出てくる…。
…僕は、…僕は…、命を…奪ったんだ…と、もう戻れない現実を感じた。
震えが…止まらない…吐きたい…吐きたい。
泣きたい…泣きたい……ごめんなさい…と心で言葉を発していると…。
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