第32話 …弱いなりの…戦い方 上

 「ほぉ~」とアルベルトは感心していた。


 木刀を腰に置いた状態で、少し腰をおとしたアサトは、冷ややかな視線のアルベルトを黙って見ていた。


 いずれにせよ、この3人にはどうやろうと勝つことはできない。なら、この4日間で学んだことを一つ一つ試してみる。と言っても、全てがうまく行く訳ではない事もわかっていた。

 上体が高いから隙のある懐に入られる、なら…上体を低くすれば…、少なくとも一歩目に入られる事はない…はず、でも、相手はアル。…アルベルト。


 インシュアが言っていた、アルベルトは、アサシンの剣技を持つ男。

 孤高であり、単独での戦闘を好む。

 パーティー主体の今、アルベルトは主たるパーティーを持たずに、ギルドの依頼状況に応じて、色々なパーティーに参加して実績を上げている。

 パーティーの戦略をしっかりと理解したうえで、戦略に沿った攻撃補佐役、サブアタッカーをこなす。

 このように行動できるのはアルベルトだけであり、その適応力は天からのギフトとまで言っていた。

 言わば、ギルド、パイオニア最強狩猟者と言っても過言ではない男。

 いや、この街でも最強なのかもしれない。


 アルベルトの名は、この街では有名であり、誰もが一目置く男であった。


 どのギルドも欲しがる男は、パイオニアのナガミチにひかれて入ったとの噂もある、最近、毎日ナガミチの家に来て、アサトの訓練を手伝っている事を考えれば、あながち嘘ではないと思える。

 と言う事は、ナガミチも以前は、パイオニアに入っていたのか…。


 アサトは、これだけではダメな事を知っている、相手は、最強と言われるだけの男。

 どうせ…負けるなら…と思うと、前に大きく踏み出して、鯉口を切るから逆袈裟懸けを繰り出す…。

 アルベルトは、その攻撃に小さく後ろに下がる。

 下がったアルベルトめがけて踏み込み、すぐさまに袈裟懸けで力強く振り切る。


 木刀が空を切る音がする。


 再び逆袈裟懸けを繰り出すと、アルベルトは再び小さく後ろに引く。

 空を切る音と共に木刀の剣先が高く上がりきる前に、柄を耳元まで引いて剣先をアルベルトにむけると、必殺の剣技『突き』を渾身の力を込めて繰り出した。


 その突きの攻撃をアルベルトは右によけると、突き出し切っていた木刀の下をくぐり反対側に出て、大きく回し蹴りを繰り出す…。


 その攻撃に、アサトは側頭葉が揺れる感覚を感じながら倒れた…。そして…。


 「死んじゃう所だった」と、チャ子が話しかけてくれた。

 そばには、テレニアが優しい微笑で見ている。


 どうやら気を失っていたのか、それとも昇天していたのか…、倒れた後の記憶がなかった。


 起き上がると、アルベルトが腕組みをして、冷ややかな目で見ていた。

 「ぼく…」と言葉にすると

 「あぁ~、死ぬところだった。」とアルベルトが言う。

 「でも…殺しは…」

 「あぁ?おまえは、俺が殺さないと思っているのか?」と言葉にすると、アサトの近くに歩み寄り。

 「そう思っているから、インシュアやデブ髭に勝てねぇんだ。…甘いんだよ、クソガキ。」と優しくない言葉を投げかけてきた。


 …その通りだ、僕はこの安全な壁の中で、安全な方法で、安全な訓練を受けているだけだったんだ…と思った。


 アルベルトの目を見る。


 この人に、どんな言葉を求めていたんだろう。

 大丈夫か?ごめんなぁ?やり過ぎたよ…って言葉なのか?インシュアやポッドは、倒れると手を差し伸べてくれていた、でも、アルベルトは絶対に差し伸べてくれない。

 少しでも当たり所が悪い時は、インシュアもポッドも心配してくれていたが、アルベルトは、あの不気味な冷ややかな目で見ているだけ…。

 そうなのだ、この人に勝てない気がするのは、最初から負けていたのだ。

 この人の前で動けなかったのは、最初から負けていたのだ。アルベルトではなく、自分に…。

 この安全な場所に…安全に生きている事に…。

 あれから、多くの誘われし者が来てギルドに入り、アカデミーで技能を取得して、壁の向こうで狩りをしている。命をかけて…、命…をかけて…。


 「僕が間違っていました…。」と言葉にすると立ち上がり、アルベルトに対峙する。

 「生きる為に狩りをするんですよね…」と言いながら、木刀を拾い上げる。

 「あぁ~、生きる為だ、狩りをしたくないなら、もうやめろ。」と冷たくアルベルトが言う。

 「…いえ…やめません。なんで、こんな事をしなきゃならないのか、分からないけど…。今はやめられません。」と、木刀を握り中段の構えをする。

 「ほぉ~。」と感心の声をあげるアルベルト。


 周りには、インシュアとポッドが立ってこの状況を見ていた。

 今日は、昼からポッド…、ポドリアンが訓練に付き合ってくれていた。

 アルベルトがデブ髭と言っていたのは、ポドリアンの事だった。

 実際、ポドリアンも強かった、インシュアも強い、そして、それよりも、アルベルトは心から強い。


 テレニアとチャ子は、牛を見ながら何かを話して笑っていた。

 ナガミチは杖の柄に顎を置いて、アサトとアルベルトの会話を聞いている。


 アサトはナガミチを見る。そして、インシュア、ポドリアンを見る。


 自分の為に何日も付き合ってくれている、インシュアが目を細めて見ている。

 この世界に誘われた日に、戸惑っていたところに手を差し伸べてくれた、ポドリアンがそこにいる。

 そして…、この剣技を教えてくれたナガミチがいる。

 多くの手に、今まで安全に生かされていた事に無性に腹が立ち、無力さを感じ。そして、弱さを感じた。


 …このままでは、いけない…。


 「生きる為に狩る。狩る以外の仕事もある。だから、無理に狩らなくても、少しの銅貨でも生きていけるならいい。…でも、…やめるわけには行きません。」

 その言葉に、冷ややかな目をしているアルベルトの瞳が細くなる。

 「…おいクソガキ。おまえが何を言いたいのか、分からないぞ。」とアルベルト。


 …そう、自分で何を、どう伝えればいいかわからないけど…でも、今引いたら…


 「…僕も…はっきり言えないけど…。引けないような気がします。今まで僕がやってきたことを、ここで捨てる訳にはいかない気がしています。僕よりも後に来た者が、ただ生きる為に狩りにでて死んでいる。この状況で、時間をかけてくれた方々の思いを踏みにじる事は出来ない…。だから…やめない。…だから、狩猟人になる…そして…」と力強く木刀を握る。

 「そして…。死なない為に、死なない力をつける!ぼくの前に立ちふさがり、敵と名乗る者を…斬る!」と言ってアルベルトに踏み出す…そして…。


 ………。

 見上げていた空は夕焼けに染まっていた。

 オレンジ色の夕日に染まっている雲が、ゆっくりと流れている。

 「…僕は…」

 「…おまえはバカか、クソガキ…」と言葉が聞こえる、アサトはその方を見ると、アルベルトが倒れているアサトの横に座っていた。


 「…狩りが好きな人間なんていない。でも、生きる為に狩る。俺もここに来た時にそう言われた。生きる為に狩る。…でも、その狩りを続けている内に自問自答を始めていた。これでいいのかと…、でも、ちょっとしたきっかけでその向こうに目的が見えてくる。」

 アサトは上半身を起こして、不気味な目で遠くを見ているアルベルトを見た。

 「目的ですか?」

 「…あぁ。それは個人の自由だが、どこかで生きる為の目的を見つけなければならない…、いや、皆がそうだとは言わないが、そう思わなければどうしようもならない時が来ると思う…。…誰もがその事に気付く時が…。」

 「思わなければどうしようもならない時がある…んですか?。」

 アルベルトはアサトを見る。

 その冷ややかな視線は、やっぱりゾクゾクっとした。

 「…明日、狩りに出る。お前は弱い。なら、弱いなりの戦いを身に着けろ」と言うと立ち上がり、その場を後にした。

 アサトは、去ってゆくその後ろ姿を見ている。


 …弱いなりの…戦い…かた……。

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