第二十四話(二)「とびら?」


  無事に橋を造り終わった後、探索隊御一行は地底湖を離れ、さらに数十キロメートルの行程を踏破した。そろそろ第九出口が見えてくる頃合いだ。

  大洞穴はある程度目安になる地図が元からある上に、クモの巣のような単純な道すじだから、探索は割とスムースな方なんだろう。これがRPGによくある地下迷宮のようにくねくねして幾度も右に左に分岐したものだったなら、ぼくには到底手に負えなかったに違いない。

 旦那、そろそろ外じゃ日没の頃合いですねぇ。メシ食って休んだ方がいいですねぇ」

  まぁ、ここが本当にむちゃくちゃに入り組んだ迷宮だったとしても、ブンゴンがいてくれたなら何とかなりそうな気がしている。

  ランタンの小さな光の範囲でしか取れない視界でも、昼も夜も分からない闇の中でも、彼は方角も距離も正確な地図を描くことができ、また体内時間を狂わせることがない。ヘザがそこまで彼の力量を把握した上でメンバーに加えたのかどうかは知らないが、この探索において欠かせない人材であることは論をまたない。

 そんなこと言って、あの『スープの素』が食べたいだけなんじゃねぇのか?」

 へへ、そりゃあもう。でももう夕方を過ぎてるのは、ウソじゃねぇよ」

  ナホイに図星を突かれて、ブンゴンは歯を見せて笑った。『スープの素』はあらかじめフリーズドライ製法のメモ書きをヘザに託してマランの水精霊術師たちに実践させていたが、実現には相当苦労していたとヘザから聞いた。

  凍らせたものの水分を、水を経由せずに直接蒸発させろという指示が、概念としてなかなか理解できなかったようだ。……まぁ、意味が分からないっていう気持ちは分かる。

  しかしさすがは精霊術先進国、マランのエリート集団だ。彼らは我々の、特にブンゴンの期待に応え、今回の探索に足る十分な量の試作品を用意してくれていた。ヘザが言うには、彼らはすでに防衛隊全軍に行き渡らせるための量産体制の構築に入っているとか。実にありがたい。

 ブンゴン。申し訳ないが、もう第九出口が近い。夕食は出口付近の調査を終えてからだ」

  眉根を寄せ、ぼくは首を振りつつ言った。

 え、しばらくお預けですかい」

 敵に占領された砦が間近にあるのだ、先に安全や状況を確認しておかねばならんだろう。そんなことも分からんのか」

  肩を落とすブンゴンに、ヘザがまたチクリと苦言を呈した。

  またケンカになるぞ、これは──ぼくはマーカムの存在が恋しくなり、ふーっと低くため息をついた。

  

 ただいま。おー、これはよくできてるなぁ」

  ぼくは感心してほーっと息をもらした。第九出口に到着し、ぼくはブンゴンを連れ闇夜に紛れて馬槽砦まぶねとりでの偵察に向かい、その間に出口周辺がつる草の茂った緑地帯だったことから残ったメンバーに出口を偽装するための工作を頼んであった。

  出口は丁寧に絡み合わせたつる草で覆い隠されていた。注意して見なければ、ここにほら穴が口を開けているとは思えない。

 だろ?  こういうのは得意なんだ。──偵察の方はどうだった?」

 うん。砦は特に警戒している様子はない──やはりここの大洞穴は、敵方には知られていないみたいだ。第二区画の城門までの距離はおよそ二千ネリ、 騎兵ならあっという間に攻め入れられるだろう」

  ナホイが得意げに鼻を鳴らし、ぼくはうなずいて答えた。

 そりゃスゲェな。攻める時は俺に一番槍を任せてくれよ」

 ああ、いいとも。でも、君には楽勝すぎてつまらない戦になるかもな」

  ぼくは笑顔を浮かべて、もう一度うなずく。その時、脇に立つブンゴンがぼくの袖口をちょいちょいと引っ張った。

 旦那、もうメシにしてもいいでしょう?  早くあったけぇスープにありつきてぇですよ」

 ああ、ゴメン。じゃあみんな、洞穴に戻ってご飯にしようか」

  ブンゴンは真っ先につる草のカーテンをかき分けて洞穴へと飛び込む。一同は苦笑し、その後をゆっくりと追っていった。

  

  食事と休息のあと、ぼくたちは第十二出口の路線へと戻り、さらに第十四出口へのルートを目指した。その洞穴は鹿屍砦ししかばねとりでの攻略に重要な拠点となるため、これまた先に調査を進めておきたい場所だ。

 あれ?  何だこりゃあ?」

  先頭を行くナホイが立ち止まり、おかしな声を上げた。次いでヘザが急停止し、ぼくは彼女の背中に軽くぶつかってしまった。

  前によろけたところを、背中から抱きとめて支える。

 おっと、ゴメン。大丈夫だった?」

 あっ、はい!  申し訳ないです、大変失礼しました……」

  ヘザが小刻みに身をよじったので、ぼくはあわてて腕を離した。彼女を守ろうととっさにやってしまったこととはいえ、大変な失礼をしたのはむしろぼくの方だ。

 あ、あの、ヘザ──」

 ……ナホイ!  急に変な声を出して、何があったのだ!」

  ヘザの大声も十二分に出し抜けで、ぼくはビクッと身体を小さく震わせて驚いてしまった。

 ああ、その、たぶん……扉、だと思う」

  とびら?

  ヘザが奥に向けて光を差し向けると、突き当たりにぼんやりと木目のある壁が浮かび上がった。それは黒い鉄の金具で補強してあり、ぼくの腰の高さ辺りには輪状の取っ手がくくりつけられている。

  確かに、扉だった。洞窟の全面が土壁によって塞がれていて、そこに木製のドアが付いているという形だ。

  明らかな人工物の突然の登場に、誰もが戸惑いを見せている。

 ……普通に考えて、古代の王族らが造ったものに違いないが……扉で仕切るということは、この奥の何か重要なものを守っていると見てよいだろう」

 すると、まずは罠を警戒しないとねぇ。王子様、あっしが調べてきやす」

  ブンゴンが答え、グークはうなずきで返した。

  元盗賊はすり足で慎重に扉に近寄ると、周囲の岩壁や取っ手の周りに手をゆっくりと這わせて罠を作動させるギミックを探し始めた。

  息がつまるような数分間が経過し、ブンゴンはすっと立ち上がると、こちらに振り返った。

 罠はねぇです。ただ、鍵がかかってますねぇ」

 解錠できるか?」

 古い造りの単純な錠前なんで、アクビが出るほど簡単でさぁ」

  ブンゴンはふところから細長く、先端が鉤状になった棒状の道具を二本取り出した。

  取っ手の下を軽くこそぐと、砂埃で見えにくくなっていた鍵穴が露出する。そこに二本とも差し込んで、少し角度をつけてからひねる動きをした瞬間、カチリと小さな金属音が聞こえた。

 もう開いたのか」

 だから簡単だと言いましたねぇ。さて、扉の向こう側に仕掛けのある罠もありやすんで、ここからまた慎重に参りやすよ」

  取っ手に手をかけ、ミリ単位でじわじわと引き開けていく。半分近く開いた隙間に顔半分とランタンの光を差し込んで、時間をかけて観察し──

 罠はありやせんねぇ。中に入りやしょう」

  誰かが長いため息をついた。最初にブンゴンが押し入ると、ぼくたちは次々に扉をくぐった。

 何だここは……まるで、大広間みたいだ」

  グークがうめきに似た声を上げた。そこは今まで通ってきた洞穴よりずっと開けた空間で、彼の言ったとおり魔王城のホールぐらいの大きさがあった。

  広間の右手には石を半円状に積み上げたものが数個並んでおり、左手には紙の束が乱雑に積み重ねられている。そして床には、何かを詰め込まれて膨らんでいる、皮製の大きな袋があちこちに転がっていた。

 さてグーク、どうする?  ぼくはここの調査に時間を割くべきだと思うが」

 ……時間がないとうるさく言いすぎたかな。さすがにそれには俺も反対しない。手分けして調べることとしよう」

  グークとヘザはうず高い紙束の山へと向かい、ナホイは石を積んだ小さなオブジェを見に行った。ぼくとブンゴンが袋の調査だ。

 ……死体とか、入ってねぇですよねぇ?」

 怖いこと言うなよ。割と軽いし──感触がふかふかしている?」

  袋の口を開いてみると、羽毛や羊の毛を混ぜたものが入っている。

 うーん。旦那、こりゃ要するに寝具ですねぇ」

 みたいだね。洞穴のごつごつした床じゃ、こういうものを敷かないと痛くて寝られないからな」

 おーい、そっちはどうだった」

  振り向くと、ナホイが近づいてきていた。

 ああ。これはたぶん、布団だと思う」

 こっちのは、内側にススがついていた。ありゃただのだ。総合すると、ここは宿泊所だった、ってところか」

  古代の遺跡と言って間違いない場所だが、発見されたものが生活じみていると、何だかロマンに欠ける気がする。

  こうなると、あの紙束もトイレットペーパーとかってオチじゃないだろうな。

 ヘザ、何か見つかったか」

  三人でヘザたちの元に向かい、あまり期待を持たずにぼくは訊いた。

 はい。これはおそらく──大洞穴に関する記録です」

  真剣なまなざしで見上げるヘザに、ぼくは面持ちを固くした。

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