(第二稿)悪魔どもが愛の果て
汎野 曜
1. 暴虐の王と殺戮姫
バキッ!
「だからお前らに反論を許した覚えはねぇんだよ」
若い男が唸る。椅子に深々と身を沈め、両足をテーブルに投げ出した男の姿は傲慢そのものである。
「おい、返事は!」
彼が怒鳴ると、正対して座っていた者たちは震えあがった。
よく見ると彼は人間ではなかった。灰色の髪の間から覗くのは、大きく太い二本の角である。整った顔立ちは怒りと軽蔑に歪み、その目に憤怒の光を宿らせながら再度足を大理石へ振り下ろす。今度は暴力的な音と共に大理石の破片が飛び散った。
「…ま、待ってくれ!我が国にも誇りというものが」
「そう言う事を聞きてぇんじゃないんだよ!なあアマルガム!」
彼の背後に控えていたミニのメイド服姿、長身の美女が小さく頷いた。見れば彼女も艶やかな黒髪の間から大きな角を覗かせている。
腕を組み睨みつける彼の姿は、悪魔という言葉では留まらない凶悪さを湛える。それでも彼に対する者たちは、国を背負って立つ責任を勇気に変えて必死で口を動かした。
「如何にお前たちが我が国の宝たるエリーザ姫を人質にしているとはいえ、…今すぐ降伏しろなどと言われて従うものがどこに」
「ここに居るだろ。お前らだよ」
再び足を振り下ろした。とうとう大理石のテーブルは中央から真っ二つに割れて崩れた。相手が呆気にとられた一瞬の隙を突いて、彼は目の前に座る二人の頭を両手で掴んだ。
「このままここで殺してやってもいいんだぜ」
「…ま、待て!待ってくれ!分かった…お前たちの提案を議会にかけて」
「それで良いのかぁ?」
必死に言葉を絞り出した太った男の頭がゆっくりと左に回ってゆく。
「や、やめろ!やめ…!」
ボキッ…不気味な音が鳴ると共に、太った男の首が有り得ない方向へ曲がった。まるでゴミでも捨てるかのように彼は左手から死んだ男を手放した。
「お前はどうだ?同じ答えか?」
もう一人の男は半泣きになりながら必死で声を振り絞る。
「あ、悪魔ども…ここから生きて帰れると思うな」
そう言うと男はいつの間にか懐から小さなベルを取り出し、死に物狂いで手を振って鳴らした。
「そうか、お前も死ぬ事にしたか」
怒りに任せに腕が回る。男の首は絶望の表情を浮かべたまま容易く胴体から離れた。噴水のように血が飛び散るのも構わず、部屋の扉に目を向ける。大人数が走ってくる気配があった。
「
「
「んじゃお前に全部やるわ、殺し尽くせ」
「仰せのままに」
そうメイド服が言うと同時に三つある部屋のドアが同時に開け放たれた。武骨な鎧に身を包んだ兵士たちが手に手に剣を構えてドアから殺到してくる。兵士たちは瞬く間に広い部屋の中を埋め尽くし、若い男とメイド服の女を囲んで剣を構えた。
「男は殺せ、その女はお前らの好きにして良いぞ」
兵士たちの中でもひときわ派手な鎧を身に付けた者がそう言った。指揮官であろうと容易に分かる格好だったが、それにしては下卑た笑みを顔に浮かべている。
「ああ…気が変わった。俺も
エイジと呼ばれた悪魔の男は両の拳を打ち鳴らす。到底人の拳から鳴る音とは思えぬ硬い音に兵士たちは気圧されて一歩下がる。
「
「…好きにしろ」
エイジが消化不良だと言わんばかりに拳を下ろすと、メイド服は短いスカートの端を摘まんで目を伏せ、優雅にお辞儀をしてみせる。滑らかな白い肌と太ももに男たちの目線が集中する。
「魔人王エーレイジオンが
そう言い終わるが早いか否か、アマルガムはスカートの下から両手に刃を手に取った。優雅な湾曲を描く黒い短刀が光った時には、指揮官一人を残して室内の兵士たち全員の首が落ちていた。
あまりの速さに誰もその姿を捉える事はできない。返り血一つ浴びずに佇む彼女の周囲で、首を失った胴体が血を噴き出して崩れ行く。部屋中に鉄臭い血の香りが満ちて行くと、彼女のメイド服は初めて血を吸って染まり始めた。
「こいつは俺にやらせろ」
震えて動けない最後の一人にいつの間にかエイジは肉薄していた。あまりの恐怖に腰が抜け、部下の死体の山に仰向けに倒れた哀れな指揮官は、必死で自らが生き残るための叫び声を上げる。
「お…俺のせいじゃない!俺は命じられただけだ!俺、俺は…おごぉっ!」
エイジの脚が男の腹を踏みつけた。大理石すらも砕く脚が無慈悲に男の腹を蹴り付ける。
「やめっ!ぐぼぉ!やめ!ぐえ!」
男の口からは声にならない悲鳴と吐瀉物があふれ出し、やがてそれは血に変わった。
「ごぼぉ!やだ!やべで!だずげで!ぐばぁ!」
エイジは怒りをその目に光らせて男の腹に脚を踏み下ろし続ける。
「お前はアマルガムに何と言ったぁあ?」
「わるがった!たすけて…ぼぐぁ!」
「
最早男の胴体は下半身と完全に分かれていた。飛び散った自らの臓物を拾い集めようとするかのように必死に男の手が動く。
「…う、うげぇ…たす…け…」
「アマルガムは」
エイジが男の頭に狙いを定める。
「俺の女だ!」
そう言うとエイジは男の頭を蹴とばした。一瞬で男の首から上は血の霧になって消し飛んだ。
「…エイジ、いくら何でも恥ずかしいです」
俯いたアマルガムは血塗れの頬を紅潮させて呟いた。
「帰るぞ、後はお前が斬れ」
「お任せください」
開けっ放しのドアへ向かって無造作に歩き始めたエイジの前に出ると、アマルガムは凶悪な微笑みを顔に浮かべながら両手の短刀を構えなおした。血塗れのメイドを先頭に歩く魔人王を止めようと兵士たちは束になって襲い掛かったが、幾ら集まろうとアマルガムの敵ではない。
最愛のエイジと共に歩く
***
王都城壁外に待たせていたダークロードの一人であるゼーディエックの下へ辿り着くまでに、アマルガムはたった一人で街の住民たち八十人と王都の守備軍八百人を斬り伏せた。
「ひゅう、おっかねえ。どれだけ斬ったらそんなに真っ赤になるんだ」
ゼーディエックが墨のように黒い顔に驚きを湛えて彼女を見つめた。紅潮したままの顔に吹き付ける風の冷たさを感じながら、アマルガムは血でべったりとよごれた髪をかき上げる。
「百から先は覚えていません」
「何か嬉しい事でもあったのかね。我らがメイド姫がこんなに大暴れするとは」
「秘密です」
可愛らしく微笑むメイドの背後、やれやれと言わんばかりにエイジは首を振ると、アマルガムにつられて笑みを浮かべるゼーディエックに号令をかけた。
「転移門を開け。グルーゼックの軍に略奪させろ。この国は最悪だ」
「分かった、お前らはどうする」
エイジは未だ顔を緩ませているアマルガムを背後から一瞥すると、溜め息をついた。
「…アマルガム、臭えぞ。今すぐ城に帰って湯を浴びろ。それまで俺に近寄るんじゃねえ」
ビクリと肩を震わせると、メイドは一転してしゅんとしたように肩を落とした。
「おいおい、あまり我らが姫君を泣かせるもんじゃねえぜ」
ゼーディエックが呟くように言った次の瞬間、ヒュッと風を切る音を立ててエイジの拳がゼーディエックの黒い顔の目の前に突き出される。
「お前も俺に殴られたいか?」
「…分かった分かった、グルーゼックはもう部隊を準備して待ってるから、お前らは同じ転移門で城に帰れよ」
そう言うと
暗闇の中でエイジはアマルガムの手を乱暴に掴み、歩き出す。やがて向こう側に光が見えてくると、その中から白く不気味な巨体を震わせるグルーゼックが現れた。
「久々…略奪…酒…女に火……感謝するぞ我が主…」
そうぼそぼそと呟くグルーゼックがすれ違って、エイジ達が来た方向に向かってゆく。色も形も姿も様々な悪魔たちが欲望に身を震わせながらぞろぞろと続いた。
エイジはアマルガムの手を引いてなおも暗闇の中歩き続ける。
「お前は血で汚れすぎる」
ぼそりと一言だけ呟くと、次の瞬間エイジとアマルガムは暗闇の中から抜けた。
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