第26話 スカウト

週末の日曜日、日差しが燦々と照り付け気温が上がり始める頃、僕は自転車に乗り隣町まで来ていた。

小学生の僕は、自転車で校区外まで出かけることがそれほど無かった。

久しぶりに見る景色は、高校時代に見ていた所と違うこともあり、三人組を勧誘することが出来るか少し不安になりながら、自転車を走らせていた。

もちろんアポ無しでの訪問のため、会えるかどうかもわからない状況だったが、とりあえず彼らの家をまわり、会ってみようと考えた。


まず最初は、僕の家から一番近いスエッチョの家に行くことにしていた。

高校時代の記憶では、線路沿いの道を進んだ先にある踏切を越え、ゆるやかな下り坂を降りてゆくと左手の田園風景の向こうに住宅地が見え始める。

そのハズだったが、そこには田園風景のみで住宅地が存在していなかった。

まさかという感じだったが、スエッチョの家は、まだ建てられていなかった。

恐らく、宅地造成前の風景を見ているようだ。


確かに記憶を思い返して見ると、彼の家は新しい匂いがしていたような気がする。

さすがに引っ越す前の家までは知らないため、スエッチョに会うことは断念せざるおえない状況だ。

幸先の悪いスタートとなった。


気持ちを切り替え、次のケンタの家に向かうことにした。

ケンタの家は、スエッチョの家から自転車で5分くらいの所にある。

右手に見えるバスの整備工場を過ぎ、住宅街に入っていった。

ここは、以前と変わらない風景があり、ケンタの家も前と変わらずそこにあった。

玄関横に自転車を止め、前のカゴに乗せてきたボールを取り出し、インターフォンを押した。


「は~い」


しばらくすると、奥から女性の声がして、玄関が開いた。

ケンタのお母さんだ、


「おはようございま~す」 

「ケンタくん いますか?」


「ケンタ~ お友達~ 来てるわよ~」


「誰~?」


そう言いながら、お母さんと入れ替わるように、ケンタがこちらに向かっていた。

玄関先に現れたケンタは、幼かったがケンタだった。


僕を見て不思議そうな顔をするケンタに、事情を説明しなければと考え、手にしているバスケットボールを両手でクルッと回転させるように軽く投げ上げ、右手の人差し指で、回転するボールの中心を受け止め、指の上でボールを回して見せた。


「おお すご~い」


つかみはOKのようだ。


「はじめまして、岸 かなたです」

「同じ5年生で、ミニバスケットボールをやってます」

「ビックリさせてごめんなさい。今日は、ケンタくんと一緒にバスケをしたいと思って、誘いにきました」


ケンタの小学校には、ミニバスのチームは無いため、ケンタがバスケをするには、隣町の僕の小学校まで通わなければならない状況となる。


「バスケって、うちの学校には無いけど、もしかして隣町から来たってこと?」


そう言って少し難しそうな顔をするケンタに、僕の足のケガの事、チームのメンバーが足りてない事を説明していった。


「ケンタくん、一緒にバスケしよう!」

「僕は、ケンタくん達とバスケがしたくて、ここまで来たんだ」


「達って?」


「あと、末田くんと後藤くんも一緒に誘いたいなぁって」


僕から告げられたあと二人の名前を聞いて、ビックリした表情をしたケンタは、


「もしかして、二人の知り合いって事?」


そう言ってくるケンタに、とりあえず話を合わせて、知り合いということにしていた。

まぁ、これから知り合う予定ではあるので、ウソではない。

ケンタは中学からバスケを始めており、お姉ちゃんがバスケをしていたので、興味があることは高校時代にヒアリング済みだった。

一所懸命に勧誘する僕の熱意が伝わったようで、入部する方向で話が進んでいた。


午後から一緒に彼らの勧誘を手伝ってもらうようにお願いをして、お昼ご飯を食べに家に帰った。


「母さん 母さん 聞いて 聞いて」

「ケンタがバスケ 一緒にやってくれるって」


「ケンタくん?」


不思議そうに返事をしてくるおふくろに、


「ご飯たべたら、あとの二人を勧誘しに、ケンタのところにまた行くから」


そう嬉しそうに話す僕に、お昼ご飯を出してくれていた。


小学生のケンタは、やっぱりケンタで高校時代に転校生の僕を、すんなりバスケ仲間に迎え入れてくれたやさしいヤツだった。

お調子者で、場の雰囲気を和ませる天才のケンタが味方になってくれると言ってくれた。

これほど、心強い味方はいない。

午後からの二人の勧誘に向けて、期待と不安を膨らませながらお昼ご飯を済ませた。


それから自転車に乗り、ケンタの家に向かった。

二人に会う前に、これから会うのが初めてであることを正直に白状した。

少しビックリした様子だったが、一緒にやれるんだったらそんなの関係ないって、笑って許してくれていた。

やっぱり、ケンタはいいヤツだった。


スエッチョ、ゴッケンの家を順番にまわりながら、勧誘を続けた。

ケンタが味方になってくれていることもあり、二人とも好意的に僕の話を聞いてくれていた。

スエッチョ、ゴッケンのあだ名はそのままだった。

二人から入部について少し考えさせて欲しいとお願いされ、その日は帰ることにした。


翌日の放課後、体育館で練習の準備を始めていた時、あの三人組が顔を出した。

プレーの出来ない僕と一緒に見学しようということで、見に来てくれたらしい。

嬉しくて、嬉しくて、胸がいっぱいになりかけながら、


「ケンタくん、末田くん、後藤くん、来てくれてありがとう」

「仲間を紹介するね~」


すぐに見学に来てくれた三人に、チームメイトを紹介してまわった。


女バスの練習の合間を見ながら、三人にボールを渡してコート脇のゴールを使って、シュートやパスのやり方を教えた。

初心者ということで、なかなかシュートが入らなかったが、三人とも楽しそうだった。


それから数日後、三人が入部した。

これで男バスも僕を除いて12名となり、試合が出来る状態を取り戻していた。

すぐに試合が出来るレベルではなかったが、チームとして成立することが出来たことをとても嬉しく思っていた。

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