僕は、ドラゴンになった

ケンジロウ3代目

短編小説 僕は、ドラゴンになった


僕は辰野風知たつのふうち

今僕は体の至る所に機械を取り付けている

そして全身は、大きなカプセルの中だ


これは、僕の実験だ


「ホントに・・・いいの?」


作動開始のボタンに手を添えながら聞いてくる

声の主はもう一人の研究員

ボタンに触れる手は、心無しか震えている


「・・・あぁ、大丈夫だ茉里奈。」


短い間の後、覚悟の言葉を添える自分


「・・・分かった。」


彼女は小さな声でそう言うと、作動開始のボタンを押した



ピッ―――









『プログラムが、完了しました。ロックを、解除します。』


機械の冷たいその声で、僕はふと目を覚ます

意識は眠ったままの状態なので、体感時間は目のまばたきほど

実際は2日も経っているのに


「・・・どう?」


カプセルの扉を開けながら、彼女はそう尋ねてきた


「あぁ、試してみる・・・」



僕は全身に力をため込んだ



ッ!!?



体が段々と膨張していく

全身から固いうろこが生え

手からは鋭い鉤爪かぎづめが現れ

もう一人の研究員が小さく見えるようになるまで巨大化した




「すごい・・・すごいわ!成功よ!実験成功だわ!!」



僕を見て、彼女はそう言いながら喜んでくれた




僕は、大きなドラゴンに姿を変えた









♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


ここは火影研究所

周りは花という高原の中央に佇む、小さな研究室

研究員は僕ともう一人、天童茉里奈まりなの二人だけ

僕たちはここで日々研究をしている


「気分はどう?体調とかは・・・?」


「あぁ、今の所は問題ない。仮定通りだ。」


「そう・・・」




風知の研究は、ドラゴンの力を人間の中に取り込むというものだった

力を組み込むと、その人間はドラゴンに変身できるのだ

しかし実験前には、成功後に伴うリスクが多く挙げられていた

その中でも、ドラゴンの力の大きさ故に人間の身体では制御できないのではというリスクが最有力だった

酷い場合だと、身体がそのまま破裂するという仮説も考えられた

しかし



「それくらいのリスクなら小さいことだ。この世界を救うためなら仕方ない。」



風知はそれでも実行した






この世界は、このままだともうすぐ滅んでしまう

研究所の近くの火山は、噴火すると一瞬で世界中を業火で包み込む

正確な時間は不明だが、100年以内には噴火すると計算された


風知たちは何とかその噴火を止めようと、とある言い伝えを参考にした

それは、一匹の竜が強力な息吹でマグマを抑えたというものだ

それを見て、僕たちは思いついたのだ

以前に発掘した竜の化石のDNAを取り出し、それを人間の身体に取り組む

そうすれば再び竜を生み出し




世界が救える、と―――







「ここの花、今日咲いたのか。」


「そうみたい。綺麗だね。」


二人の目には、小さな白いスズランの花

小さなスズランたちは、それぞれが連なって、火影研究所を包み込む

ついこの前までは何もなかった茶色の場所に

今は白が一つ、優しく風に揺れている


「・・・なんか早く感じるな。」


「何が早いの?」


「花が咲くの。あれからもカプセルに入ってたから。」


「・・・」



風知は、あれからもカプセルの中に入って、ドラゴンの力を取り込んでいる

風知の身体はその実験毎に大きくなっていき

実験にかかる時間も、今では1か月もかかるようになり


そのたびに風知は少しずつ








人間の感情を、忘れていく










ある時、研究室にて


「グフッ・・・!ウッ・・・・ゲホッゲホッ!!・・・


風知を、突然の発作が襲った

風知はそのまま地面に倒れ込む


「どうしたの風知!?大丈夫!?」


隣で研究していた茉里奈が駆けつけてきた


「ハァハァ・・・・・!?ゲホッ!・・・」


突然の発作は、あまりにも重大で

勢いで口を押えた手には、大量の深紅の血が見えた


「風知!?」


風知の様に驚きながら茉里奈がさらに接近すると



「ク、グルナッ!!!」



風知は茉里奈を払いのけた


「キャッ!!??」


茉里奈は研究室の壁まで飛ばされた


「うぅッ・・・!」


茉里奈の腕には、衝撃で大きなあざが出来ていた

しかし茉里奈以上に、風知の身体は悲鳴を上げていた


「ふう、ち・・・・!?」



風知はその場にうずくまり

必死に激痛に耐え続ける

そんな風知の目は、人間のそれとは大きくかけ離れ

竜のような鋭い眼からは、小さな赤い眼光が見えた



「ウグッ!!ヴヴヴ・・・・・!!!」







風知は、そのまま気を失った






茉里奈は風知をベッドに寝かせ、風知の異変を調べる

今までにない程強い発作は、茉里奈を激しい焦燥感に追いやり

次第に茉里奈の顔色を変えていく



「これって・・・!?」




~~~~


『異質能力混入による、極度の拒絶反応』


『余命 2日』



~~~~





しばらくして、容態が落ち着いた風知が茉里奈の元へ


「茉里奈、僕の身体は・・どうなってた・・・?」


そんな風知に、茉里奈は涙をためて




「風知・・・あなた、2日後に死ぬって・・・」






詳細はこうだ

風知の身体では、今やドラゴンの力が風知自身の意識までにも侵食を始め

仮説通り、ドラゴンの力が風知の体内で爆ぜようとしているのだ



さらに今の風知には、かつての風知の意識はほとんどない

今は人間の意識が働いているが、これがいつ豹変するかは分からない

最近は空を飛び回り、ほとんど研究室にいない風知だから

一日の大半は、ドラゴンとして生きている





よって風知の今の意識は、大半はドラゴンのそれだ



今の風知では、茉里奈を完全に忘れる日はもう近い






「・・・そうか」



二人の間に、沈黙が流れる




「・・・させないわ」



茉里奈はふとそうつぶやいた



「えッ・・・」



「あなたを死なせたりしないわ。」




茉里奈は、今度は強い意志がこもった声でそう言った



「!?でもどうやって?俺の身体は・・・

「何とかして見せるわ。私が安定剤を発見する。」



安定剤は、今の風知の発作を無くすためのものだ

これによって、風知の寿命は2日から大きく延長される

そうすれば、茉里奈は風知を救える



「しかしそれには時間が・・・」


―― 足りないのだ

ドラゴンの力を取り込めたこと自体奇跡に近い出来事

その安定剤の発見など、2日以内で出来るはずがない



しかし、茉里奈は



「だからコールドスリープを使うの。」



「・・コールド、スリープ・・・・」





コールドスリープとは、身体を低温状態にし、老化防止を付与しながら睡眠状態にする方法だ

茉里奈は風知がコールドスリープで眠っている間に、成分を発見するというのだ

風知の身体は、その状態では1秒も老化はしない



風知の、は―――




「俺が・・・それをやっても大丈夫か・・・?」



ドラゴンの力を持つ人間をコールドスリープさせるのは初めてだ

もしかしたら突然事故が起こるかもしれない

でも


「大丈夫。竜の力も眠らせられるの。」






風知は、今はカプセルの中


「次出てくるときに、絶対にあなたの前に安定剤を置いてやるわ。」


「あぁ・・・頼むぞ、茉里奈。」


「えぇ、世界を救うために・・・そして・・




あなたと一緒にいるために ――――






マシンは、冷却を開始した



ピッ ――――










茉里奈は始めから分かっていた

もし安定剤が発見できて

風知が安定剤を摂取して発作を抑えても




私はきっと、殺される




この装置では、風知の意識までも止めることは出来ない



の風知には、もう会えない



私を忘れたの風知は

開錠と共に、私に襲い掛かってくるだろう





それでも



それでも、もし



わずかな確率で






風知が、私を覚えていたのならば ―――












♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


『冷却保存を、解除しました。扉を、開錠します。』



誰もいない研究室に、冷たい声が響き渡る


そのほんの数秒後、カプセルの中から一人の竜人が

その背中には、大きな竜の翼が生えていて


そんな竜人の前には、小さな書置きと二粒の錠剤



「これを飲んで」



竜人は、その書置きをただ眺めている

それを手に取って、また眺めて、裏返して

裏面の一文で、竜人は事を悟る




この人は、もういない ―――




竜人はその書置きを元の位置に戻し

隣にある錠剤を口に含んだ




竜人は姿をドラゴンに変え、火山の方へ飛び立った






火山は、火口から灼熱のマグマが漏れ出し、今にも噴火しそうだ

火口に近づく程に、竜のうろこは高熱を含んで発火する

しかし、ドラゴンは顔色変えずに

ただ一直線に、火口へ向かっていく




ドラゴンは火口の上空に達すると

今にも噴火しそうな火口に、強力な息吹を吐き出した

その息吹は爆発しそうな火山のマグマを無理やり押し戻し

それでも湧き上がるマグマに向かって

ドラゴンは息吹を放ち続ける



噴火は息吹に抑えられているが、ドラゴンは未だ息吹をやめず

今はたった一人のために、命を懸けた

もうこの世界にいない、その人のために



しかし、噴火は突然活動を激化させ

ドラゴンの息吹を、高速で、高温で跳ね返した


するとドラゴンは火口に近づき

火口に身を覆いかぶせて、必死に噴火を抑えつけた

ドラゴンは、悲鳴を上げることなく



一粒の涙を、零しながら





――― ありがとう 茉里奈 ―――








ドラゴンは、灼熱のマグマに身を焦がした





火山は、まもなく噴火した










♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ 


時はあれからかなりが経ち

かつての研究所跡は以前にもまして、白いスズランで囲まれている



世界は、とある一匹のドラゴンに救われた

そのドラゴンの献身で、噴火を抑えた

現在は、そのような言い伝えが残っているようだ



今日もこの辺りは風の音がよく聞こえ

静かな時間が、心地よく流れる


研究所のあのカプセル前の、とある誰かの書置きは

風に飛ばされることなく



の文字を、はっきりと残している







どこからとなく、不思議な声が聞こえる

それは、竜と人が微笑み合う、とても不思議な音




いったいいつから、この時間は続いているのだろう




人々は、それを『風を知る』と呼んでいた ―――







おわり





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