第10話 私は少しもずるくない 普通を卒業した者たち


「団長、ただいま戻りました」


 マルクスは両手にスーツケースを持っている。

 ここは《月花》拠点の古城。謁見の間。

 マルクスたちが大金を持って帰るということで、みんながそこに集まっていた。


「任務ご苦労」


 アスラは太陽のように明るい笑顔でマルクスたちを迎えた。

 正確には、マルクスの両手のスーツケースをお迎えした。

 ちなみに、マルクスたちを迎えに行ったのはゴジラッシュとブリットである。


「団長! オレ! オレの案だよ! 乳首引っ張っていい!?」

「いいともレコ。好きなだけ引っ張りたまえ。私は怒らないよ?」

「やったぁ!」


 レコがアスラに飛びかかるが、アスラはヒラリと身を躱す。

 更に、躱した時に当て身を一撃入れた。

 レコは「ぐへぇ」という変な悲鳴を上げた。


「怒らないけど、避けるし反撃もする」アスラは笑顔だ。「君が君の能力をふんだんに使って、私を押し倒しても、私の乳首を引っ張っても、私は怒らない。ほら頑張れ!」


「ず、ずるい! 何か分からないけどずるい!」


 レコは半泣きで言った。


「ずるくない。君が私を超えればいいだけの話だから、簡単だろう? それに私は怒らないと言ったら怒らない。早く私より素早く動けるようになればいい。あとは、私を押さえ込める腕力を身に付ければいい」


 言ってから、アスラはマルクスに向き直った。

 マルクスが小さく頷いてから、スーツケースを床に置いた。


「サルメ。スーツケースを開けたまえ」


 アスラが指示を出すと、サルメがサッとスーツケースの前に移動。

 そしてしゃがみ込み、スーツケースを順番に開けた。

 中にはドーラ札がぎっしりと詰まっている。

 1人用の湯船でなら、お湯の代わりに札束を張れそうな量だ。


「わぁお」とアスラ。

「……あぁ、あたし、今ちょっと濡れた……」とイーナ。


「すっげぇ!」


 ロイクは飛び上がりそうな勢いで言って、スーツケースの中身を凝視。


「それだけあれば、引き抜きと最初の村ぐらいは作れそうです」


 ホラーツ・ブラントミュラー、通称ラッツがアスラの隣で言った。

 国家運営大臣となったラッツは、城の中に住むことを許されている。

 ラッツは40歳の男性で、黒髪のツーブロック。

 元々は中肉中背のラッツだったが、アスラの訓練メニューをこなすうちに、いつの間にか筋肉質な肉体になっていた。

 服装は警備隊の制服だが、現在アスラがデザインしたスーツを仕立て中。

 ティナにも働く女性用の簡易なドレスを仕立てている。

 今後、2人は傭兵国家《月花》の顔となるので、身だしなみは大切だ。


「お米村ですわね」ティナが言う。「次に野菜村と小麦村、それから牧場村と漁村でしたわね?」


「そう。まずは食糧の自給率を高める」アスラが言う。「村人たちのための交易所も必要だね」


 村人が育てた作物は全て国、つまりアスラたちが買い取る方針だ。

 しかし当然、村人たちの食事も必要だ。そこで、各村に交易所を設置し、他の村の作物や魚などを売買するのだ。


「その辺りは、お任せください! 行商人にも、うちに寄るよう声をかけておきます!」


 ラッツがドンッと自分の胸を叩いた。


「いいだろう。ではこの1000万は全てラッツとティナに任せる」

「了解しました団長、いえ、自分の立場では陛下と呼んだ方が?」


 ラッツがアスラをジッと見詰める。


「あー」アスラが思案顔で言う。「その辺りどうしようかな? 対外的には陛下の方がいいんだろうけど、なんかこう、団長の方が好きなんだよね」


「では、普段は団長と呼びますが、外では陛下と呼ぶ方向で」

「うん。それがいいね。そうしておくれ」


「アスラを陛下と呼ぶのは」ティナが言う。「激しく違和感がありますわ」


「陛下! 陛下! 淫乱陛下!」


 レコが楽しそうに言った。


「おい、淫乱はどこから出てきた?」とアスラ。


「オレの願望!」


「あ、ああ。そうかい」アスラが苦笑い。「とりあえず、国家の運営を頼むよ2人とも」


「お任せあれ!」

「ボチボチやりますわ」


 ラッツは嬉しそうに、ティナは普通に返事をした。


「よし、では札束も見たことだし、イーティスに向かうとするか。500万のうち、マルクスたちに20万ずつ。あとは団の金にする」

「20万も!?」


 グレーテルが驚いて目を丸くした。


「いらないなら……」

「いりますわ」

「そうか。ではイーティスに向かう私のお供をしたい奴は?」


 アスラが問うと、レコとサルメが手を挙げた。


「レコ、君は任務が終わったばかりだ。休め」

「はぁい」


 レコは聞き分けがいい。


「他にいるかね?」


 特に誰も手を挙げなかったので、アスラはサルメを連れて中庭に向かった。

 そこでゴジラッシュがゴロゴロしていたからだ。


       ◇


「あー、いい湯だったわ、ありがとメロディ」


 神王城の風呂から出たアイリスは、夕食を食べようと城の食堂へと移動した。

 ラウノも一緒である。


「どういたしまして。ゆっくりしていくといいよ」


 先に食事をしていたメロディが、ニコニコと笑った。

 アイリスとラウノは、メロディの前に座る。

 ちなみに食べているのは3人とも日替わり定食だ。


「アイリスが風呂ではしゃぐから、僕は少し疲れたな」


 やれやれ、とラウノが小さく首を振った。


「だって! 久しぶりのお湯だったんだもの!」


 アイリスはカトラリーをカチャカチャさせながら言った。


「え? ちょっと待って。2人一緒に入ったの?」メロディが言う。「え? そういう関係なの? お風呂で種付けするのはやめて欲しいんだけど?」


「違う違う」ラウノが言う。「はしゃぐってのは、そのまんまの意味。バシャバシャしたり、ヤッホーって叫んだり、小さい子みたいなはしゃぎ方をしたって話だよ」


「だぁかぁりゃぁ」

「食べてから喋ろうね?」


 ラウノが言うと、アイリスは口の中の物を飲み込む。


「だーかーら! 仕方ないでしょ? 気分が高揚するのは。ずっと汚くて臭かったんだもん」


「ねぇちょっと待って」メロディが言う。「そういう関係じゃないなら、どうして一緒に入ったの? 私も種のもらい方は知ってるし、下界では強い弱い関係なく恋愛で種付けするってのも知ってるし、逆に言うと、恋愛関係にない男女は裸で一緒に過ごさない」


「時間をズラす意味が薄い」とラウノ。


「ぶっちゃけ、あたしだって魔法兵じゃなかったら男の人と一緒に入ったりしなかったわよ。でも、ここって敵地みたいなもんだし、2人一緒の方が安全でしょ?」


 アイリスにせよラウノにせよ、全裸でも余裕で戦える。

 僕のモノが見たければ好きにすればいい、どうせ殺すし、というのがラウノの思考。

 アイリスに深い考えはない。単純に訓練で慣れたというだけ。


「敵地ってほど敵地でもないと思うけど」メロディが苦笑い。「てゆーか、敵地だと思ってる場所によく『お風呂貸して』って気軽に来れるね。さすがの私もビックリ」


「背に腹は代えられないって言うでしょ?」


「僕たちは傭兵だから、利用できるなら何だって利用するさ」ラウノが肩を竦める。「それに君の言う通り、敵地ってほど敵地でもない。戦争状態ってわけじゃないからね」


 もし仮に戦争状態なら、アスラから連絡があるはずだ。

 イーティスは通るな、と。


「へぇ。ある意味感心する」

「もっと褒めてくれていいのよ」


 ふふん、とアイリスが胸を張った。


「ところで、アクセルは元気かい?」とラウノ。


「元気だよ」メロディが言う。「元気すぎて今は山に籠もってる。スカーレットも今なら好きにしていいよって」


「ほう。どうして今は好きにしていいんだい?」

「予定通りのところまで侵攻したから、しばらく内政するの。パパに内政ができると思う?」

「ああ、そりゃ無理だね。山羊が逆立ちする方が簡単だろうね」


「山羊の逆立ち!」アイリスが楽しそうに言う。「想像したら面白い!」


「思い付いたことをテキトーに言ったんだよ」ラウノが肩を竦める。「アスラに『日頃からもっと冗談を言いたまえ』って怒られるからさ」


「そうなんだ。それはそうと」メロディが言う。「その侵攻にアスラたち関わったよ? 知らないでしょ? 大森林にいたなら」


 ラウノたちは神王城を訪ねた時に、事情を説明している。

 最初はエステルを呼んだが留守で、次にアクセルかメロディを頼むと門番に言ったのだ。

 そして出てきたのがメロディというわけ。


「え? アスラ、スカーレットの仕事受けたんだ……」


 アイリスは複雑な心境で言った。

 傭兵だから仕方ないのは理解できるが、可能なら侵略者の味方はしたくない。少なくとも、アイリスはスカーレットの仕事には参加しない。

 メロディはスカーレットが依頼した仕事と、それをどう解決したか、知っている限り説明した。


「ふぅん。結局は金で解決したわけか」とラウノ。

「まぁ、血の雨が降らなくて良かったわ」とアイリス。


「メロディ様、神王様がお呼びです」


 城の警備兵が食堂に入ってきて、メロディの近くまで寄ってから言った。


「はぁい。何の用か言ってた?」

「アスラ・リョナが来たので、謁見の間まで案内したのち、護衛として側に付いていろと」

「護衛ってアスラの?」

「まさか。神王様のです」

「絶対に要らないと思うけど、まぁ命令には服従する約束だから行くね。アスラはどこ?」

「待合室です」


 警備兵が言って、メロディが立ち上がる。


「あ、待って」


 踵を返したメロディを、アイリスが引き留める。

 メロディがアイリスをジッと見詰める。


「あたしもアスラに会って行くわ。久しぶりに顔見たいもの」

「あ、じゃあ僕も行く。よくも大森林に僕たちを捨てたな、って恨み言を言っておかないとね」

「オッケー。じゃあ一緒に行きましょ」


 メロディは軽く了承した。

 警備兵は苦い顔をしていたが、口を挟まなかった。立場を弁えているのだ。

 まぁ、普通は何の事前連絡もなく、王の前に傭兵を連れて行ったりしないものだ。しかしメロディは普通ではないので仕方ない。

 そしてアイリスとラウノも、以前はどうあれ今はもう普通の領域からは逸脱している。

 

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