第13話 覚めない眠りは君の安息 暖かい日差しとティナの愛が子守歌


 ルミアがジャンヌの代理として、ジャンヌの死と敗北を宣言した。

 けれど、ルミアはジャンヌ軍に投降しろとは言わなかった。

 各自、力の限り逃げるように命令した。

 投降したら確実に死刑だからだ。

 これだけの侵略を行ったのだ。

 凄まじい数を惨殺したのだ。

 生きていられるはずがない。

 そんなこと、誰だって知っている。

 ならば、投降するぐらいなら戦って死ぬと言い出す者も出てくる。


「ゲリラ戦になったら中央は地獄だよ」


 自称、数多の戦場を渡り歩いたアスラの言葉。

 ルミアはゲリラ戦を知らない。


「遊撃戦のことだよ。待ち伏せ、騙し討ち、奇襲。要するに、私らになる可能性がある。ほら、地獄だろう?」


 この説明で、ルミアはジャンヌ軍に逃げるよう命令したのだ。

 戦争を続けないように。


       ◇


 ジャンヌの死から数日後。

 中央フルセンの古城の敷地内に、アスラたちは足を踏み入れた。

 サンジェスト王国にジャンヌの首を届け、戦後処理を少しだけ手伝ったのち、拠点とともに移動した。

 アスラの後ろに乗っていたティナが、馬から飛び降りる。


「ぼくと姉様の家ですわ」

「こんなところを根城にしていたとはね」


 中央フルセンのやや北側。

 古城の正面は平地だが、背後が山になっている。

 古城そのものは、簡素な作りで、あまり大きくもない。

 今は滅びた小さな国の残滓といったところか、とアスラは思った。


「まずは墓を作りますか?」


 マルクスが拠点から埋葬用の樽を担いで出てきた。

 その樽は完全に密閉されている。


「手伝ってくださいますのよね?」


 ティナが少しだけ不安そうな瞳でアスラを見た。


「そう約束したからね。手を合わせて冥福を祈ってあげるよ。それから、君らの保護も続けるよ」


 アスラは馬に乗っているルミアに視線を移した。


「助かったわ」とルミア。


 ルミアは世間的にはジャンヌの右腕。

 サンジェストに行っている間、ルミアとティナが誰の目にも触れぬよう、アスラたちが隠していた。

 そして当然、2人とも死んだことにしている。アスラたちが殺した、と伝えてある。疑う者はいなかった。

 と、空から奇声。

 アスラたちは即座に戦闘態勢へ。


「大丈夫ですわ」


 そう言ったティナの隣に、ドラゴンが着地した。

 緑の鱗に、大きな尻尾と翼。

 アスラはこのドラゴンに見覚えがあった。

 ドラゴンがティナの顔をベロリと舐める。


「ゴジラッシュ、ただいまですわ」


 言いながら、ティナはドラゴンの顔を撫でた。

 ドラゴンは嬉しそうに表情を緩ませ、甘えた声を出した。


「ビビッったー!!」


 ユルキが叫んだ。


「自分もビビッた。まさかのドラゴン戦かと思った」


 マルクスがホッと息を吐いた。


「……正直、何日か休みたい……」


 イーナがげんなりしたように言った。


「ドラゴンってかっこいいね!」

「ゴジラッシュという名前なんですね」


 レコとサルメはドラゴンに興味津々だった。


「ふむ。君らがコトポリまで乗って来たドラゴンか」アスラがドラゴンに近寄る。「しかし、ゴジラッシュというのは変な名前だね」


 アスラが言うと、ドラゴンが唸り声を上げてアスラを威嚇した。


「あ? 私に喧嘩売る気かね? ドラゴンの串焼きにするよ?」


 アスラがドラゴンを睨むと、ドラゴンはビクッと身を竦ませてから小さくなった。


「ゴジラッシュは大人しい子ですわ。そんなに威嚇しないでくださいませ」ティナがアスラに言った。「ちなみに、ゴジラッシュの名付け親は姉様ですわ」


「ジャンヌのセンスは壊滅的だね」


 アスラが肩を竦めた。


「では、ジャンヌの墓を作りましょう」


 マルクスが冷静に言う。

 この古城に墓を作りたいと言ったのはティナだ。

 思い出の深い場所に、ジャンヌを埋めたかったから。


「それが終わったら、古城で休んでもいいかね?」アスラがティナを見る。「できればアイリスが戻るまで」


 アイリスは現在、西側に出現した超自然災害《魔王》の討伐中。

 もしくは、もう倒して戻っている最中か。

 最悪は殺されてしまったか。

 アスラたちには分からない。


「いいですわよ。でも、アイリスはこの場所分かりますの?」


 ティナが小さく首を傾げた。

 アスラたちは沈黙した。


「……アイリス、ここ知らない……」

「だよなー」


 イーナとユルキが引きつった表情で言った。


「手紙を出して待ち合わせをしよう。リヨルール……は分割統治されるらしくて、混乱しているからサンジェストがいいね」


 中央の地図は大幅に書き換えられる。

 いくつかの国が滅びて消えたから。


「それがいいでしょう」


 マルクスが樽を持ち上げる。


「ティナ、ジャンヌどこに埋めるの?」とレコ。


「中庭がありますの。ですから、中庭の日当たりのいい場所に作りたいですわ。姉様、暖かいのが好きですので」

「よし。作業にかかろう。終わったら今日と明日はオフだよ!」


 アスラの言葉で、みんな小さくガッツポーズ。

 なんだかんだ、みんな疲れているのだ。

 ジャンヌが戦争を起こしてから今日まで、ずっと忙しかったから。


       ◇


 土を深く掘って、樽をゆっくりと降ろす。

 それから土を被せて、最期にクレイモアを突き立てた。

 古城の中庭には、色とりどりの花が咲いている。

 いくつかの樹木と木漏れ日。

 木製のベンチに絡まる蔓植物。

 古城の外壁は所々ヒビ割れていて、ベンチと同じように蔓植物が茎を伸ばしている。

 半分廃墟のような場所。

 落ち着いた雰囲気と静けさが、アスラの心を満たす。

 ティナが中庭で摘んだ花を墓標代わりのクレイモアに添えた。

 ゴジラッシュが天を仰ぎながら、悲しそうに鳴いた。

 ああ、きっと彼にもジャンヌの死が分かったのだ。

 アスラはゴジラッシュの性別を知らないので、便宜上、彼とした。


「まぁ、なんつーか」ユルキが言う。「すげぇ敵だったと思うぜ? なんせ、世界を滅ぼそうとしたんだからな」


「……うん。たぶん……もう二度と……こんな敵には……会えないと思う」


「実にキツかった」マルクスが言う。「色々な意味で、この戦争は自分たちを成長させた。もっとも、自分はジャンヌを素晴らしい人物だとは思わないが」


「別にユルキもイーナも、素晴らしい人物だとは言ってないよ?」レコが小さく首を傾げた。「ティナには悪いけど、ジャンヌはクソ女だよ。団長の背中斬ったし」


「賛成です」サルメが言う。「ただ、もう死んでしまったので、今は特に嫌悪感はないですね」


「クズだったことは確かね」ルミアが膝を折って、両手を組んだ。「尻フェチの変態で、人間を殺すことが生き甲斐で、一時期はティナを虐待していたし、とにかく、ジャンヌは歴史上、最も多くを殺した人物で間違いないわね」


「なるほど。尻フェチだったのか」アスラが小さく笑った。「まぁ、確かに敵としてはなかなか楽しめた。後半、精神的な意味で少し弱くなっていたがね。それでも、これほど大規模な戦争を仕掛け、更に《魔王》にまでなろうとする奴はそうそういない」


「姉様はずっと悪夢にうなされていましたの。寝ても覚めても。だから、姉様にとって、唯一の安らぎが死ぬことでしたわ。ぼくは姉様を愛していて……だから自殺願望も尊重しましたのよ……。でも」


 ティナの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。

 太陽の光に反射してキラキラと輝いた。

 ああ、この中庭は本当に日当たりがいいんだね。


「本当は、ぼくと……生きて欲しかったですわ……復讐も、憎しみも、絶望も、何もかもを忘れて……」


 ティナが両膝を地面に突いた、


「でも忘れられなかった」アスラがティナの頭に右手を置いた。「葛藤はあっただろうね。私と違って、サイコパスじゃないからね。ルミアと再会してからは、昔の自分を取り戻そうと必死だったようだし」


 アスラは右手をワシャワシャと動かした。


「……ぼくは、姉様なしで……どう生きればいいか分かりませんわ……」


「ふむ。そのことで提案がある」アスラが言う。「ティナさえ良ければ、この古城を私ら《月花》の拠点にしたい。私は君を保護すると約束したし、君は大家みたいなものだから、生活費は《月花》が出そう。どうかな? 寂しくはないと思うけどね」


「それいいっすねー」ユルキが明るく言う。「俺らもやっと落ち着けるし、普段はここで訓練して、依頼があったらメンバー選んで任務に当たる。ティナも寂しくねーし」


「ティナは嫌かも」レコが言う。「オレたち、なんだかんだ、ジャンヌ殺したしね」


「……だから、団長は……ティナが良ければ……って言ってる……」


 イーナが苦笑いしながら言った。

 ティナがグシグシと涙を拭う。


「ぼくはその案を歓迎しますわ。今のぼくには、友達もいませんし。ゴジラッシュと2人で生きるのは、やっぱり寂しいですわ」

「わたしは友達だと思っているけれど?」


 ルミアが言った。

 ティナは少し驚いたような表情を見せた。


「たくさん話をしたでしょう?」ルミアが微笑む。「友達よ」


「はいですわ」ティナが微笑む。「友達ですわ」


「私らとしては、ルミアは裏切り者だけど、許すと約束してしまったから、君の今後についても話しておこう」アスラが言う。「うちに戻るかね?」


 ルミアは少しだけ考えるような仕草を見せて、

 それからゆっくりと首を横に振った。


「探したい人がいるのよ。だから、わたしもここを拠点にして、人捜しの旅をするわ」


「ほう」アスラが言う。「男かね?」


「べ、別にそんなんじゃないわ。ただ、ちょっと心配なだけで……」


 ルミアの頬が赤く染まった。


「男だな」とユルキ。

「自分は少し悲しい」とマルクス。


「……あたしを捨てて……男と付き合った……」

「元々イーナとは付き合ってないでしょ!?」


 ルミアがビックリしたように言った。


「……もちろん、冗談」

「それにしても、いつの間に恋人を作ったんです? というか、どんな人ですか? 興味あります」


「だからサルメ、恋人じゃないんだってば」ルミアが言う。「ちょっとその、色々あるだけよ?」


「年下の彼氏ですわ」


 ティナが言った。


「ほほう。年下ね。誰だい? 詳しく聞きたいね。ついに処女……本来の意味での処女を捨てる気になったんだね」


 アスラがニヤニヤと言った。


「オッサンみたいな表情しないでよアスラ」

「私の中身はオッサンだよ」


 アスラが左手を小さく広げた。


「銀髪でしたわ」


「おいおいルミア」アスラは相変わらずニヤニヤとしている。「いくら私が好きだからって、男に私要素を求めたのかい?」


「求めてないわよ! アスラよりずっとまともな子よ!? いえ、まぁ、変わってると言えば変わってるけれども……」

「よーしみんな、今からオフだけど、とりあえずルミアを問い詰めよう!」


 アスラが楽しそうに言って、

 団員たちも楽しそうに頷いた。

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