第5話 神性を持った人間など存在するのだろうか? そもそも神を信じていないよ、私は


 翌朝、目覚めるとベッドにレコとサルメがいた。

 アスラは少し考えて、「ああ」と頷いた。

 昨夜、MPの認識を教えていて、そのまま一緒に寝たのだ。

 ベッドから降りると、床にアイリスがいた。

 アイリスは縛られたままだが、スヤスヤと気持ちよさそうに眠っていた。

 アイリスの服は当然、破れたままなのだが、傷口は塞がっていた。

 痕が少し残っているが、このぐらいなら自然に消える。

 マルクスとルミアの回復魔法がなければ、あの鞭の傷跡は一生残る。


「神経は太いみたいだね」


 ムニャムチャと寝言を口走ったアイリスを見て、アスラは一人呟いた。

 床に転がっているアイリスから少し離れた場所に、アイリスの剣が置いてある。

 アスラはその剣を鞘から引き抜く。


「ほう。片刃の剣か」


 人を殺さないように、という配慮か。いわゆる峰打ちができる剣。

 しばらく眺めて、剣を鞘に戻した。


「さて、と」


 アスラはベッドに近付く。

 サルメとレコはどっちもまだ寝ている。


「起きろガキども! 顔を洗って朝食だよ!」


 アスラが叫ぶと、最初にアイリスが飛び跳ねるように起きた。


「あ、朝ご飯いる!」


 アイリスがキョロキョロと周囲を見て、そして自分が縛られていることを思い出す。

 ついでにここがどこで、どういう状況なのかも思い出した様子。

 アイリスはアスラを睨んだ。


「ああ、君の分も用意させてる。縄を解くが暴れないように。暴れたらまた鞭でしばくよ?」


       ◇


 朝食を摂ってから30分後。

 傭兵団《月花》のメンバーは全員フル装備で宿の前に集合していた。

 いつもの黒いローブに、短剣までは全員共通の装備。

 ルミアとマルクスは背中に剣を背負っている。マルクスは一般的な片手剣で、ルミアのはクレイモアと呼ばれる両手持ちの大剣。

 ユルキは片手斧を腰に差し、背中には矢筒、右手で弓を持っている。

 イーナは弓と矢筒。

 サルメとレコには、まだ武器を持たせていない。扱い方を教えていないからだ。

 しかし二人とも矢筒を背負っている。それは予備の矢で、二人に使わせるためじゃない。


「また皆殺しにするの?」


 アイリスが機嫌悪そうに言った。

 もう縛っていないので、アイリスは自由に行動できる。

 ただ、仕事の邪魔をしたら鞭打ち、と脅してあるので、積極的に邪魔はしないはずだ。


「いや、幹部を少し生かしておく。憲兵の尋問用にね。私たちは本当に憲兵の仕事をやってる。だから合法なんだよ、私たちの殺しは。まぁ、殺しのライセンスってとこだね」


 スパイ映画を思い出しながら、アスラが笑う。


「アーニアの憲兵……最低……」

「麻薬をばらまく連中の方が最低でしょ?」


 アイリスの呟きに、ルミアがムッとしたように言った。


「その通り。我々は珍しく正義の味方をやっている。おや? 正義の味方って響きいいね」


「団長には最高に似合いませんな」とマルクスが笑った。


「ぶっちゃけ団長って正義の敵っすよね」

「……史上最高の悪党……」

「最低の犯罪者でも……更正の余地はあるんだから……」


「ほう。私に言っているのかなアイリス?」アスラが肩を竦める。「残念だが、私は更正しない。なぜならこれが私だからだよ。前世じゃ、反社会性人格障害なんて診断されたこともあるよ」


「前世?」


 アイリスが首を傾げた。


「気にすんなアイリス。団長の大ボラだぜ?」


 ユルキがアイリスの頭を撫でた。


「子供扱いしないでよ」


 アイリスがユルキの手を振り払う。


「さて諸君。気を引き締めて征こう。相手は何せ、犯罪者たちだからね。兵士より弱いが、兵士より何でもやる。元々名誉もクソもない連中だからね」


 ハハッ、とアスラが笑う。

 団員たちも笑った。

 と、アーニアの憲兵が数人、アスラたちのところに走って来た。


「《月花》のみなさん! 作戦行動を中止してください!」


 憲兵は肩で息をしながら言った。


「間に合って良かった……」


 別の憲兵も肩で息をしている。


「何があった?」アスラが聞く。「ああ、どうせ良くないことだろうけど」


「シルシィ団長が昨夜、誘拐されました。奴らの要求は、《月花》の身柄です」

「24時間、警護するように言ったはずよ?」


 ルミアが目を細め、咎めるような口調で言った。


「連中はアサシン同盟を使って、護衛を皆殺しにしてから団長を攫いました」


 更に憲兵の数が増える。

 アスラたちはすでに囲まれている状態。


「なるほど。それで? 私たちを差し出すのかい?」

「……申し訳ありませんが……」


 憲兵は気まずそうに言った。

 まぁ気まずいだろうなぁ、とアスラは思った。


「別に構わないけど、シルシィはもう死んでるんじゃないかな? こういう時は、人質は死んだと仮定して動くものだけど、君らは違う?」


 アスラの言葉の途中で、ルミアが踵を返して少し離れた。


「死んだと仮定するって、あんたなんでそんなこと言うのよ!? 自分の仲間だったらどうなのよ!?」


 アイリスが怒ったように言った。


「私の仲間だったら? もちろん死んだと仮定して動く。みんなそうする」


 アスラが言うと、団員たちが頷く。


「あの、それで……」憲兵が申し訳なさそうに言う。「我々はシルシィ団長を救いたい……。ですので……」


「俺らを生け贄にするってか? つーか、なんで俺ら? 俺らがカジノ潰したって知ってんのか?」


「バカ、ユルキ」アスラが言う。「シルシィが一晩で吐いたからだろう?」


「あ、そっか。拉致られてんっすよね」


 ハッハー、とユルキが愉快に笑った。


「まぁいい。大人しく捕まってあげよう。更に特典だよ? 私たちはなんと、シルシィが生きていると仮定して動いてあげようじゃないか!」


「まぁ、そうしないなら捕まる理由がありませんからね」マルクスが言う。「依頼主が死んでいたら、我々はもうここに何の用もない。普通に彼らを突破してさようなら、でいい話になってしまいます」


「というわけだ憲兵諸君。我々は捕まる。みんな武器を置け。私たちはシルシィの身柄と交換でフルマフィに差し出される。それから、連中を皆殺しにしよう。どちらにせよ、やることは変わらない」


「ごめんなさいアスラ」ルミアが言った。「ちょっとお先に失礼するわ」


 ルミアが助走を付けて、憲兵たちに向かって飛んだ。


「おいルミア、作戦行動中だよ?」

「別の案があるの! 気に入らないならあとで罰を受けるわね!」


 ルミアは憲兵たちの肩を蹴りながら、軽やかに囲みを突破した。


「え? 何、今の動き……おばさんの動きじゃないでしょ……」アイリスが目を見開いた。「あの人、何者なの?」


 ルミアがすでに遠くで良かった、とアスラは思った。

 おばさんなんて言ったら怒るぞルミアは。


「君、もしかしてルミアに叩かれるのが癖になったんじゃないだろうね?」


 アスラはアイリスの将来を心配して言った。

 もちろん半分は冗談。


「は?」とアイリス。


「……やった!」イーナがガッツポーズ。「……副長が命令違反……ふふっ、副長にお仕置きできる……ふふ、ふふふ」


「あー、すまない憲兵諸君。副長が逃げた。でもまぁ、いいだろう? 残りはみんな捕まってあげるから大目に見てくれたまえ」


 アスラが両手を広げた。


「うわぁ、副長マジかぁ……。俺、副長お仕置きすんの嫌だぜ……なんか副長エロいからやりにくいんだよなぁ……」

「うむ。何をされていても副長はエロい。自分は純潔の誓いが揺らぎそうになる」

「君ら変態の上級者だね」


 アスラは笑ったが、確かにルミアは痛めつけられている姿が扇情的なのだ。

 元々、ルミアが色っぽいから半泣きになって上目遣いをされるとやられる。


「オレも副長にお仕置きできる?」

「もちろんだレコ。こういうのはみんなでやる。基本的にはボコボコにするんだけどね。ただまぁ、別の案とやらが良かったら、酌量はする。それに、正直な話、今更殴ったところで、って感じなんだよね。みんなも私も拷問訓練受けてるからねぇ」


 ルミアはたぶん、

 最初から出し抜く機会を窺っていた。

 この私を出し抜く機会を。


       ◇


 アーニア王国憲兵団、貿易都市ニールタ支部。

 アスラたちは完全に丸腰の状態で、一カ所に集められていた。

 当然だが、英雄であるアイリスはそこにいない。


「まさかの牢屋とは」マルクスが溜息混じりに言った。「逃げる気がないとなぜ分からん」


「まぁそう言うなマルクス。たまには牢も悪くないだろう? 状況を楽しみたまえ」


 アスラは簡易ベッドに腰掛けている。


「さて《月花》のみなさん、ここからは私が仕切らせて頂きます」


 牢の前に、男が1人立っていた。

 そいつは一切の気配を断ち切っていて、アスラたちですら接近を察知できなかった。

 背はそれほど高くない。黒い服に、黒い布で顔を隠している。


「やぁ初めまして。君は?」

「アサシン同盟の者です。我々が間に入って、取引を円滑に進めさせて頂きます」


「落ちたもんだなおい」ユルキが笑う。「恐怖のアサシン同盟が取引の仲介ってか? 殺しはどうした殺しはよぉ」


「みなさんは知らないのです。彼女の恐ろしさを。彼女の神聖さを。彼女の美しさを。彼女の強さを」


 アサシンは恍惚とした声音で言った。


「ははーん」アスラが言う。「君ら、ジャンヌ・オータン・ララを名乗るゴッドに懐柔されたね? だからフルマフィのクソみたいな仕事をやっている。違うかい?」


「懐柔? そんな生易しいものではありません。我々はそもそも、彼女を殺すために数多の刺客を送り込みましたが、誰も戻らなかった。それどころか、彼女の神性にやられて寝返る者も出た。我々は何年も彼女を狙い、そしてとうとう、ついに、諦めたのです」


「諦めたのかよ!?」


 ユルキが驚いて言った。


「そうすると今度は彼女が我々を訪ねてきた。服従か死か。彼女は問うた。私は彼女の神性を前にした時こう思った。踏まれたい、と」


「「え?」」


 アスラを含む団員たちみんなが困惑した。


「彼女に罰せられたい! 彼女にお仕置きして欲しい! 私は心底からそう思った! 彼女こそ神の代弁者! 神の代行人! 神の性質を持つ人間! 神属性! いや、神そのもの!!」


 アサシンは興奮した様子で言った。


「私だけではない。みんなそう思った。だからそう伝えたら、ジャンヌ様は困っていました。その様子がまた可愛い! 神聖でそれでいて可愛い! もはや我々はジャンヌ様の虜! 秒単位で服従を誓った!!」


「おいユルキ、こいつらアサシン同盟というのはアレかね? 普段はお遊戯会でもやっているような連中なのかね?」

「いやー、昔は恐怖の存在だったんっすけどねぇ……」

「というか、ジャンヌはすでに30近いはず。可愛いとはこれいかに」


 マルクスは真剣に思案している。


「愚か者め! ジャンヌ様は100になっても可愛い! 絶対にだ!! まぁ、我々もあれ以降、ジャンヌ様にお会いしたことはなく、どこにいるかも不明。しかし! 我々はジャンヌ様のために動いている!」


「あー、分かったよ。それで? これからどうするんだい?」


「ん? 私はまだジャンヌ様を語り足りませんが、まぁいいでしょう。これからみなさんには移動してもらいます。そこで、シルシィ団長とみなさんを交換。みなさんは組織の連中にグチャグチャにされるでしょう。以上。何か質問はありますか?」


「特にない。急いでくれ」


       ◇


 ルミアは地下道を歩いていた。

 松明が等間隔で灯されているので、暗くはない。

 よくもまぁ、教会の地下にこんなものを作ったものだ、とルミアは感心した。

 ほんの少し歩くと、豪華な扉と見張り役らしい男たちが見えた。

 人数は2人。


「何者だ!」


 見張り役の男が言って、剣を抜いた。

 残りの男も剣を抜いた。


「リトルゴッドに伝えなさい。ジャンヌ・オータン・ララが来たと」


 ルミアは凛とした声で言った。


「はぁ? ふざけんな女! ジャンヌ様がこんなちっぽけな支部に顔を出すわけねぇだろボケが! おい、こいつ中で犯そうぜ!」

「おう、よく見りゃすこぶる美人だぞ? こりゃリトルゴッドもお喜びだろうぜ」

「【神罰】」


 ルミアは何の躊躇もなく死の天使を降臨させた。

 純白の翼に、透き通るような白い肌の天使。

 色素の薄い金髪で、頭の上には光の輪。

 そして、手には大剣。


「死の天使を知らない、なんてことはないわね?」


 男たちは天使の美しさに呆けていたのだけど、

 すぐに我に返った。


「も、申し訳ありませんジャンヌ様! どうかお許しください!! どうか!!」

「こんな場所にジャンヌ様が現れるなど、想像もしていませんでした!!」


 男たちはひれ伏し、通路に額をこすりつけながら謝罪した。


「おい、騒がしいんじゃねか? 何かあっ……」


 扉の中から男が顔を出し、そして固まった。


「し、死の天使……? まさか、ジャンヌ様!?」

「リトルゴッドのピエトロはいるかしら?」


「俺、いえ、自分ですジャンヌ様!」顔を出した男が言った。「どうぞお入りください!」


 言ったあと、男は扉の中に一度引っ込んだ。


「最高級の茶を出せ! 急げ! 茶菓子も忘れんな! 急げコラ! 死にてぇのか!」


 そして男は扉を完全に開いた。

 ルミアは小さく笑って、

 フルマフィ・アーニア支部のアジトに足を踏み入れた。

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