尋問と救出作戦開始

『……で、何でこんなことをした?』


 海外ドラマにあるような、室内の様子が見えるマジックミラーが張られている隠し部屋で、高林と現行犯逮捕した同僚が身柄を拘束した男に事情聴取をしているのを、腕を組みながら見聞きする。同僚が座って聴取し、高林はその後ろに立っている。

 拘束された男は二人で別々の部屋で取り調べをしているが、一人は既に聴取を終えて似顔絵作成に入っており、今はもう一人の主犯格らしき男を問い詰めているところだった。二人とも、悪さをすることに憧れているようなチャラ男、といった雰囲気だろうか。

 悪化すればクズに成り下がるような男たちだ。


『単にナンパしただけだってば!』

『ほう? 三人ナンパしておきながら、連れ去られたのか? 一緒にいた友人たちや野次馬は、お前たちが前をふさぎ、通り抜けられないようにしながら、彼女を連れ去りやすくするために邪魔したと言っていたが? ……おい、嘘をつくならもっとマシな嘘をつけ!』

『ひいっ!』


 強い語気と共にドン、と机に握り拳を思い切り叩きつけた同僚に、その音で男の肩がビクリと跳ねる。もう一人の男といい、この程度でビクつくなんざ小物もいいところだ。


『で? 本当はどうなんだ?』


 叩きつけた拳をそのままに、苛ついている、さっさと吐けやゴルァ! とばかりにわざと人差し指で机をコツコツと叩く同僚も人が悪い。高林は高林で腕を組み、男を睨んで殺気を出し、威嚇……いや、威圧している。

 百戦錬磨のゴツい男二人に威圧されたら、ただでさえ細い体格の小物にはたまったもんじゃないよなあ……なんて考えていたら、いとも簡単に口を割った。

 おいおい……チョロすぎるだろ。


『に、二週間くらい前、一緒にいたやつと居酒屋で酒を飲んでる時、く、黒服の男が声をかけて来たんだよ。最初は胡散臭くて話をスルーしてたんだけど、行く場所行く場所で顔を会わせて話しているうちに意気投合して……』

『……ほう、それで?』

『昨日、また別の居酒屋で会ったんだけど、何か疲れた顔をしてて……。どうした? って聞いたら、あの女の子の写真を出してさぁ。ちょっと前から自分の主が娘さんを探している、お嬢様が自宅から姿を消したから心配して探していたけど、ようやく見つけたって。でも、自分たちだとお嬢様の友達がガードしてて近寄れないし、姿を見られただけで逃げるからって言って……。その場所に案内するから、声をかけて足止めしておいてくれって言われて……。頼みを聞いてくれたらここの飲み代の支払いをしてやるし、小遣いを百万やるからってい……』


 そこまで聞いて、音声のスイッチを切る。取り調べはまだ続いているが、そこまで聞けば十分だった。


「どう思います?」


 同じように腕を組んで話を聞いていた課長に話をふれば、ふむ、と一言呟いて話し始める。


「もう一人の男と同じことを言っているな。口裏を合わせたわけでも嘘をついているようにも見えない」

「そうですね。あとはあの男たちに話をした黒服の存在ですが……」

「十中八九組織の奴らのうちの誰かだろうな。その辺りは似顔絵を作成しているから、面が割れればすぐにでも判明するだろう。あとは彼女がどこに連れて行かれたかだが……」

「それは、彼女に身に付けてもらっているGPS次第ですね。ダミーも含めて、アクセサリーは必ず身に付けるように言ってありますし」

「そうだな。例の場所に連れて行かれたんなら、救出も楽なんだがなあ……」


 そんな話をしている時だった。扉がノックされ、課長が許可を出すと暁里のGPSを追っていた同僚が入ってくる。


「どうした?」

「彼女の居場所が割れました。奴らが買い取った例の廃ビルです」


 その言葉に、課長と二人で顔を見合せる。


「ダミーはどうだ?」

「別の者が念のために追跡していますが、メインと一緒に移動してますし、今のところ捨てられた形跡もありませんね」

「はぁ……。バカというか、残念思考というか……」


 ダミーのイヤリングやネックレスは捨てられる可能性があったから、メインを腕輪にしたのだが……捨てもしていないとは、バカとしか言いようがない。

 本当に国際的に有名な犯罪組織なのかよ、と呟いた課長に同意するように、三人揃って溜息をつくと、その部屋を移動した。


 その三十分後、潜入していたやつから連絡が入り、彼女は傷ひとつなく今は眠らされていること、ダミーの装飾品もそのままであること、三日後の夜に船が来るのでそれに乗せることを連絡して来た。本来なら明日の夜に来る予定だったらしいが、海が時化ていて思うように進まず、足止めをくっているらしい。

 そしてさらにその一時間後にまた連絡が入り、時化ているのは事実だが、それ以外にもどうやら海上保安庁の巡視艇に見つかり、不審船として取り調べを受けているという。


「……不運、なんてもんじゃないな。まるで神がかってる」


 暁里に傷がないことに安心しつつ、課長の言葉にふと思ったのは。


(駅向こうって氏神様の敷地内だっけか? それとも、暁里が商店街で買い物をしたり、俺が護衛していた影響で暁里にも氏神様の加護がついたとか? ……まさかね)


 それだった。商店街の近くにある神社は霊厳あらたかだと噂になっているし、妹夫婦も『子供ができるように』と願掛けしていた。その直後に妊娠したというのだから、間違いはないだろう。

 それはともかく、そんな思いなど綺麗に隠し、「そうですね」とだけ返しておく。


「ともかく、時間はできたが有限だし、救出は早ければ早いほうがいい。準備を整えて救出に向かう。ライフルの許可も出すから、特殊部隊はそのつもりでいろ」

「了解」


 特殊部隊のリーダーが返事をする。


「高林は突入班のリーダーをやってくれ。篠原は高林とコンビを組め。二人を含めた五組が先に潜入、そのあとを追うように三組が潜入、残りは待機し、外からの応援に備えろ。発砲は許可するが、できるだけ殺すなよ。そして突入班は彼女を救出し次第合図を出せ。追跡班は追いかけた奴らに連絡、その場で待機するように伝えてくれ。動きがあった場合は、私と高林、遠藤に連絡するようにと、向こうにも伝えてくれ。以上だ。……質問は?」


 課長の確認に、誰も声をあげない。全員を見回した課長は「よし、十分後に出るぞ」と声をかけ、それぞれ準備して行く。

 突入用の装備に着替え、その上に防弾と防刃を兼ね備えたチョッキを装着する。肩かけタイプのものと腰、予備として右の足首にホルスターをそれぞれ身に着けて銃を装備し、他にもペンライトをはじめとした諸々の物を装備、それらを全て用意して出発した。


 現地に到着すると、周囲を固める。待機していた追跡班によれば、建物から出てきたのは潜入していたメンバーの一人だけで、あとはビル内に篭って出て来ていないらしい。それらの様子は、潜入者があちこちに仕掛けて来た盗聴機から聞こえて来ているそうだ。

 建物は五階建てのビルだが、周囲は更地になっている売地があるだけで、民家などはない。昔はいくつか作りかけのビルがあったそうだが、倒壊の危険があるからと解体し、更地にしたようだ。

 奴らが買った時は廃墟のようだったそうだが、外観はそのままに、中だけ掃除して使っていたらしい。……衛生面とか大丈夫か? おい。


 周囲の包囲も終わり、緊張感が漂う中、それぞれが合図を待つ。


(俺が暁里を助ける)


 そう決意し、深呼吸をして、銃の安全装置を外す。


〈……時間だ。突入する〉


 高林の無線の合図で、俺たちは銃を構えながら静かにビルの中へと突入した。


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