★気づいた気持ち

 籐志郎さんが迎えに来たのを見られた翌日。


「暁里! あの人は誰? いつ知り合ったの?!」

「え、えっと……」

「そうよ! いつの間に?!」

「そ、その……地元の商店街で、落とした扇子を拾ってくれたのがきっかけなの」


 護衛とは言えないから、本当に出会ったきっかけを話す。あれが始まりと言えば、始まりだから。それで止むかと思ったらそうなることはなく、更に質問をしてくる友人たち。


「一回だけ?」

「ううん、二回」

「二回も? 結構鈍臭いわね、暁里は」

「余計なお世話よ!」


 それ以上突っ込まれることはなかったけれど、鈍臭い認定をされてしまった。それ以上は秘密と友人たちを煙に巻き、なんとか逃れる。ただ、毎日送り迎えしてくれているからなのか、偽りの関係だというのは、バレていないようだった。

 そういう意味でも、恋人設定は有効なんだと思った。


 そして、籐志朗さんに護衛をしてもらうようになってかなり時間がたった。護衛中は本当に恋人みたいに接するから、時々勘違いしそうになる。


 彼との接触は必要最小限だし、朝夕の仕事の往復とか、病院について来てくれるとか、私が一人で出かける予定の時は必ずついて来てくれる。夜は私を狙っている組織の人間が尾行しているらしく、籐志朗さんは然り気無く私を誘導しながら彼らを撒いていたし、耳がいい私でも尾行に気付かないのに、彼は易々とそれを察知していた。

 気付かなかったと言った私に、


「いくら暁里の耳がよくても雑踏の中にいながら尾行に気づけってのは、そういう訓練をした奴と実践経験者じゃない限り無理だ」


 と、事も無げに話していたっけ。

 確かにそうだ。何年も国際警察官として、日本よりも治安の悪い国や銃社会の国にずっとにいて訓練を重ねた彼と、何の訓練もしてない耳がいいだけの私とじゃ比べらるべくもない。それを純粋にカッコいいなと思ったのは、どうしてなんだろう。


 そんな日々を繰り返したある日、ちょっとした仕草とか、普段は強面であまり笑わないのに、他愛もない話で盛り上がって笑顔を見たりとか。些細な仕草やそんなギャップでドキドキする私に気づいた。気づいてしまった。

 私を狙っているという組織がいなくなったら、籐志朗さんの護衛は終わってしまう……それを寂しいと感じたある日のことだった。


 いつものように彼が迎えに来た。


「なんか腹減った。暁里、飯食ってから帰らねえ?」


 珍しくそう誘ってくれた。職場近くで食事したことなんて今までなかったし、母のお見舞いに行くにしてもまだまだ時間があったからそれに頷き、食事をしたあとの帰り道。

 人通りがあまりない道を歩いていた時だった。足音に混じって「カチッ」という、どこかで聞いたことがある音がした。

 なんだっけ、と考えてそれを思い出した時、思わず籐志朗さんのコートの袖を引っ張っていた。


「……どうした?」

「今、ピストルの引き金を引くような音がしたの」

「ピストルの引き金を引く音……? リロード音か? そんなの一体どこで聞いたんだ?」


 急に雰囲気が変わった彼に驚きつつも説明すると、彼は頷く。


「わかってる。ちょっと先の路地を左に曲がるぞ。曲がったらできるだけ壁に背中を預けて耳を塞げ。いいな?」


 ひどく真剣な、そんな声が返ってきた。それに返事をすると「曲がるぞ」と私を促し、曲がった途端に女性の声がした。


『シノ!』


 そう叫ぶと同時に「ヒュンッ」という風切り音がし、もう一度カチッという音がした。


(え……何? 何なの?!)


 言われた通りに壁に背中を預けて耳を塞ぐと、彼が私の頭を抱えながら体を捻った。


「ぐあっ!」


 そんな声と転んだような音、何かよくわからない音や人の話し声がして怖くなり、思わず籐志朗さんのコートを握りしめてしまった。


(怖い……何で私ばかりこんな目にあうの……)


 そう思ったら体が震えていた。


「暁里……大丈夫か?」


 籐志朗さんの優しい声が耳に届く。


「だ、だいじょばない……っ」


 ああ、変な日本語になっちゃったよと内心がっかりしていたら、ゴツゴツとした大きな手が私を包み、コートを掴んでいた指先をゆっくり離してから私をコートで包むように、抱き締めてくれた。それが暖かくて……籐志朗さんに守られてるんだとなぜか安心できて、言葉に詰まる。


「……っ」

「大丈夫だ。俺たちが……俺が護ってやるから」


 震える背中をゆっくりと撫でてくれる、籐志朗さんの大きな手。そして、護ってやると言ってくれた言葉が、とても嬉しい。


 ああ……籐志朗さんが好き……こんなにも好き……。そう自覚する。


 その手が、コートと彼に密着している体が暖かくて……怖くて強ばっていた体の力が自然と抜けて行く。


 ずっとこのままでいたい……ずっと彼の側にいたい。


 そう思ってしまった。今の二人はこんな関係だけど、何もかも終わったら……。



 ――貴方に告白してもいいですか?



 彼から与えられる温もりにどこかホッとしながら、そんなことを考えていた。


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